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姉との確執 5


 その後一年くらい経った頃、私は突然監視を解かれ、お姉様の住む宮殿に移送されました。


 「お姉様は私の無実をを分かって下さったのですね?今度こそ面会してくださいますよね?」


 「女王陛下はお忙しく面会の時間は取れません」


 私は役人に訴えましたが、返事は依然と同じままでした。


 お姉様の態度が同じなのに私の監視が解かれ、宮殿に移送されたということは、別の人が私をここに呼んだということです。それもお姉様に意見できるような方が。その人物は……私にはフェリペ殿下くらいしか思い当たりませんでした。フェリペ殿下が私に王位継承権を与えたいと考えて宮廷に呼んだのでしょう。……フェリペ殿下は確かにフランスと敵対関係にあるスペインの王子ですから……私と同じくらい有力な王位継承の可能性があるのがスコットランド女王にしてフランス王太子妃でもあるメアリー・スチュアート陛下だということを考えれば……私に味方をしても不思議ではありません。彼女がイングランドを継承してしまうとスペインは敵に囲まれてしまうことになるのですから。


 宮廷に呼ばれてから一か月が過ぎようとしていた時でした、ついにお姉様が私と面会してくださることになったのです。お姉様との面会は一年半ぶりの事でした。私は役人にお姉様の私室に案内されて行きました。


 「元気そうね、エリザベス」


 久しぶりにお会いしたお姉様はお腹がふっくらしていました。なぜか顔色はお悪く、疲れたご様子でした。


 「女王陛下におかれましては、ご機嫌麗しく。そして遅くなりましたが、ご懐妊おめでとうございます」


 私は当り障りのない挨拶を口にしました。それを聞いたお姉様は不愉快そうに冷たい微笑を浮かべて私に言いました。


 「お前がそんなことを言うなんておかしいわね?私を追い落とそうとしたというのに」


 「そのような事実はございません……!私はいついかなる時でも女王陛下の忠実なるしもべです」


 お姉様の言葉に私は驚いてしまいました。おそらくフェリペ殿下が宮廷に私を呼ぶようにお姉様に勧めたのでしょうが、私に謀反の疑いを抱いたままで、それでも呼び寄せたのだとは思っていませんでした。


 「……相変わらず罪を認める気はない様ね?お前はそうやってお前の言う『真実』とやらにしがみついているのね。お前は私に不当に扱われたとでも思っているのかしら?」


 「私に疑いを抱かれたのでしたら、私の不徳の致すところです……。私は陛下の従順なしもべですから陛下が私を悪く思われないよう、願っております」


 私は勇気を出してお姉様の目を見て言いました。お姉様は冷たく厳しい表情のままで私を見据えていました。しばらく私たちは見つめあっていましたが、お姉様は怒りに震える声で私に言いました。


 「お前は白状しないのね?もういいわ」


 お姉様はそういうと私に背を向けて部屋の奥に行ってしまいました。お姉様に受け入れられていなかったことを思い知った私は宮廷を辞し、自分の領地に戻りました。


 お姉様との関係が改善する気配はありませんでしたが、良いこともありました。ロバート様とそのご兄弟はメアリーお姉様の侍女でいらしたお母さまが根強い嘆願をお姉様にお願いしていたのに加え、スペイン王子フェリペ殿下への熱心な働きかけをなさったことにより、ロンドン塔から解放されたのです。それを聞いて早速私は解放されるロバート様に会いに行きました。



 「お久しぶりです、ロバート様!……本当に本当に良かった……!!」


 久しぶりにお会いするロバート様は疲れた様子もなく、お元気そうでした。


 「やあ、やっと我々も解放されたよ。全ては母上のおかげなのだけれどね。君にも心配かけていたようだね?私の方はもう大丈夫だよ。カトリックに改宗してミサに参加すればいいんだそうだ」


 ロバート様はいつもの明るい調子で言いました。昔と変わらないその様子に私はうれしさが込み上げてきて、思わず泣いてしまいました。


 「すみません、うれしくて」


 涙をぬぐいながら私が言うと、


 「いいんだよ。私の前で我慢することは無いよ。……エリザベス嬢はまだなかなか難しい立場だし、本音を出せる相手も少ないだろう……。私で良ければいつでも力になるからね?」


 ロバート様は私を慰めてくださいました。私は嬉しくて涙がますます止まらなくなってしまいました。そんな私をロバート様は優しく見守ってくださいました。


 しばらくすると、お姉様の出産を知らせる鐘がロンドンで鳴り響いたと聞こえてきました。しかしそれはすぐ誤報だと知らされました。その後もお姉様が懐妊されてからもう一年以上たったころにも、出産の知らせは聞こえてきませんでした。そして出産の知らせではなく、お姉様の懐妊自体が誤報だったという知らせが流れてきました。お姉様は子宮に瘤ができる病気だったのです。お姉様が懐妊されていないことがわかると、フェリペ殿下はイングランドを離れ、スペインに戻られることになりました。スペイン国王として即位されるのです。


 スペイン国王となられたフェリペ陛下はフランスと戦争中のスペインに加勢するよう、お姉様を説得するため再びイングランドにやってこられました。お姉様はご病気が悪くなり、殆ど臥せっておられましたが、フェリペ陛下にお会いするため、起き上がって化粧をし、ビロードの美しいドレスをまとってフェリペ陛下を出迎えられました。国王に即位し、宝石をちりばめた豪華な衣装を身にまとったフェリペ陛下は生気に満ち溢れ、ますますご立派な貴公子ぶりでいらっしゃったそうです。そのフェリペ陛下に手を握られ、熱心に説得されてしまったお姉様は、イングランドが不作に苦しみ困窮しているのにもかかわらず、フェリペ陛下のスペインを足す得るため大陸に軍を送ることを決断されました。


 戦争の結果は惨敗でした。フェリペ陛下は戦費を払いきれず破産し、イングランドは大陸に持っていた唯一の領地を失いました。お姉様は病床でその報告を受けていらっしゃったそうです。もうご病気で起き上がれなくなってから何か月も経っていました。その様子からお姉様はもう長くいらっしゃらないと判断し、フランス王太子妃に国王に即位されては困ると思った枢密院の議員たちはお姉様に何とか私を後継者に指名するよう説得しているそうです。しかし私はお姉様とお会いできないままでいました。最後にお会いしたのは宮廷で会ったあの時です。あんな喧嘩別れのような面会が最後なんて……。そう思って何度もお姉様との面会をお願いしたのですが、何度お願いしてもお姉様は私と面会してくださいませんでした。


    

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