醜い女王
「私はあなたにこのイングランドで最も美しいものを見せるべきなのですけれど、最も醜いものをお目にかけてしまいますね」
わたしは苦笑しながら新しくイングランドに赴任してきたフランス大使のド・メスに話しかけました。
老いてもうすぐ70になろうかという私ははやせて骨ばっており、しわだらけの顔はおしろいで真っ白に塗り、歯は黄色く虫歯の為に虫食い状になってしまっていました。私は未婚の女性が着る胸元の開いたドレスを着ているので、やせてしわだらけの胸元があらわになって、刺繍や宝石で豪華を極めた装いと悪いコントラストになってしまっています。さぞかし醜悪な姿でしょう。ド・メスは思わず私から目を逸らしました。
「いえ、女王陛下は変わらずお美しくいらっしゃいます……」
一見穏やかそうな老婆に見える私だが、外国君主の醜さを肯定するわけにはいかないのでしょう。ド・メスは私の言葉を否定しました。
「はははは、無理をしなくてもよろしいのですよ。これでも30年ほど前までは本当に美しいとほめられたものですが、年には勝てません」
私は汗をかきながら答えるド・メスに笑いながら答えました。きっと彼のお美しいという言葉には『かつては』とか『衣装は』などという言葉が心の中で付け加えられているのでしょう。
ド・メスはこれ以上この話題を続けたくなかったのでしょう、ロンドンの街をほめることにしたようです。
「イングランドの美しい『もの』はもう、港からこちらに来た時に拝見しました。ロンドンの町並みは美しく、ヨーロッパのどの都市よりも華やいでおりますね。市民の身なりはよく、浮浪者の一人も見受けられず、女王陛下の統治のすばらしさを実感いたしました」
ド・メスは多少お世辞の部分もあるようですが、おおむね本心を話しているようでした。
実際他のヨーロッパの都市はフランスにしろネーデルランドにしろ宗教戦争に明け暮れ、都市も人々の心も荒廃しきっています。それに比べてこのイングランドの戦争を微塵も感じさせない人々の賑わいや豊かさは驚嘆すべきものでしょう。彼は『ロンドンの人間のなんと豊かなことだろうか。ロンドン市民がこれほど豊かならば女王の豊かさはどれ程のものだろう?フランスの為にどれ程この女王から引き出せるだろうか?』などと考えているに違いないでしょう。
「ええ、ロンドンの街並みは私の誇りです。他の人の力も随分借りましたが、私は私の人生全てを捧げてイングランドの市民の幸せを築いてきたのです」
私は彼の言葉を堂々と肯定しました。
ド・メスは私との謁見を終えて宮廷の中に用意された私室に戻っていきました。きっと彼は私からどうやって金を引き出すか思案していることでしょう。だが私はもうフランスの為に一銭も支払うつもりはありません。宗教戦争をやめない限り無駄な出費だからです。本当にフランス人はカトリックだプロテスタントだと延々と何十年も国民同士で争い続けていてしょうもない人たちです。同じキリスト教なのだから多少考え方など違ってもどういったことでもないというのに。この国の今日の繁栄はそこから、カトリックとプロテスタントとの争いを収めることから始まったのでした。
私はかつてこの国で起こった争いを思い起こしていました。そう、この国のカトリックとプロテスタントとの争いは私が始まりでした。




