09・ある意味興味はある
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「おう。最近あんまこうやって改めて集まる事無いから良かったよ」
――昼食会も終わり、それぞれに挨拶をして解散した後、お店の外に出た私と成美さんは家に向かって歩いていた。
成美さんの家は逆方向だけど、「送ってくよ」と言われてお言葉に甘えたのだ。
それにしても、かなり有意義な集まりだったなぁ。
別に世界の真相に迫った訳ではない。
むしろ疑問が出て来たりもしたけど、それでもこっちに来た時の状況とかそういうのも何となく分かった。
皆さん家庭や仕事を持ってらっしゃるからそう頻繁に会う事は出来ないかもだけど、やっぱり仲間が居るのって心強い。
料理の話や成美さんのお子さんの話を聞きながら歩いている内に、青い屋根が見えてきた。
あ、家に着いちゃったよ……。
「成美さん、もう家見えてるしここまでで大丈夫ですよ、ありがとうございました」
「あぁ、じゃあまたな。お前とは米買いに来た時に会えるし、何か困った事があったら直ぐに言えよ」
「わかりました」
帰って行く成美さんに手を振り見送った後、私は家の中に入った。
◇
現在時刻は16時半。
時計には何やら妙な記号が書いてあるのは分かるんだけど、ちゃんと私の目には16時半に見えている。
こっちの世界の翻訳機能は視覚にも対応しているんだなぁって、感心をした。
「えぇと、夕飯の準備でもしておこうかな」
朝、お肉をタレに漬け込んでおいたからもう味はしっかり浸み込んでいる筈。
漬けておいた鳥肉を冷蔵庫から取り出し、室温に戻しておく。
片栗粉に似た粉も昨日見かけて買っておいたから、今日は唐揚げにする予定なのだ。
後はポテトサラダと野菜サラダ。
残り野菜くずを使った卵とじスープ。
デューティさんの好きな食べ物とかは知らないけど、取り敢えずこんなもので良いだろう。
「えーと、後はどうしよう。お洗濯もやったし庭の草抜きでもしようかな」
因みに洗濯機は”透水石”と”渦力石”と呼ばれる魔石がはめ込んである箱。
この透水石が意外と高価な物らしく、家事の話をしていた時に女性陣にとても羨ましがられた。
ウチ以外で洗濯機を持ってるのは愛さんと倭さんだけで、後は渦力石のみはめ込まれている箱に自分達で水を汲み、造り出した渦の中で手で洗うのだそう。
スープとサラダは作っておき、土鍋に洗ったお米もセットしておいた。
後はお肉を揚げるだけの状態にして、私は草抜きをすべく家の庭に出た。
プチプチ プチ ブチブチ
――庭に出て、一心不乱に草を抜く。
この草、雑草なんだろうけどこんな葉っぱの形見た事無いかも。やっぱり異世界の草なんだなぁ。
あ、これよく見るとすっごい小さい実みたいなものがついてる。
どうしよう。大量に生えてるからこれも雑草っぽいけど、これだけ生えてる分には可愛いんじゃない?
ふふ、草抜きって案外楽しい。
無心になれるその作業が余りに楽しくて、私は時の経過をすっかりと忘れていた。
◇
「うん、こんなもので良いかな」
立ち上がり、庭の状態を見渡す。
いらなそうな雑草は全部抜き、小さい実の付いた謎の草はそのまま残して置いた。
短い芝の様な草で絨毯の様になっている緑の庭に、ゴマ粒の様に小さな赤い実をつけた草がとても良く映えている。
欲を言えば、もっとバランス良く配置したい所だけど……。
「この小っちゃい実、食べられたりするのかしら」
「食べられるけど、すごく辛いよ?」
――突如として背後からかかった、低くて柔らかな声。
驚き振り返ると、そこには旦那様(仮)のデューティさんがニコニコとしながら立っていた。
「え……!?」
慌てて部屋の中の時計を見る。現在時刻は18時半。
気付くと周りは既に薄暗くなりかけていた。
マズい、草抜きに熱中し過ぎた。
「お、お帰りなさいデューティさん。ごめんなさい気付かなくて。いつお帰りになったんですか?」
「30分程前かな?気にしないで良いよ、草抜きしてくれてありがとう」
「声かけて下さったら良かったのに」
「アハハ、態とかけなかったんだ。ちょこまか動くカノンが可愛かったし、しゃがんで作業してるからパンツ見えないかなぁって期待しながら見てた」
結局見えなかったけど、と悪びれもせず笑う旦那(仮)。
早速の変態発言にメンタルが削られて行く音を聞きながら、私は引き攣った笑顔を何とか浮かべる事に成功した。
「ねぇカノン。お帰りなさいのチューは?」
……あぁ、そうだった。
そんな契約したよね確か。
「あ、お帰りなさい」
つま先立ちで背伸びをし、上体を屈めてくれた彼の唇にちゅ、とキスをするとそれはそれは美しい笑顔で微笑んでくれた。
何となく、気まずい様な恥ずかしい様な気持ちになり、その綺麗な顔からそっと目を逸らす。
「直ぐご飯の準備しますね。先にお風呂に入ってたらどうですか?」
「うん、そうさせて貰おうかな。今日はなかなか手強い相手だったから、ちょっと疲れちゃったよ」
「……そうですか」
でも、その達成感に溢れた顔を見ると、拷問は無事に成功したって事だよね。
「良かったですね」とか言った方が良い?それとも「おめでとうございます」?
……いや、どれも違う。ここは何も言わない方が良い。
そんな私の葛藤を他所に、デューティさんは機嫌良さそうに浴室に向かって歩いて行く。
タオルを持って行った後、私は急いでキッチンへと戻った。
◇
「美味しい!これすっごく美味しいよカノン」
「そうですか?良かったです」
デューティさんがお風呂から上がって来るのを見計らい、カラリと揚げた唐揚げとサラダ、スープとご飯をテーブルに並べる。
唐揚げは得意だからついメニューをこれにしちゃったけど、お口にあったなら良かった。
「あの、デューティさんの好きな食べ物は何ですか?」
「俺?そうだなぁ、子羊の香草焼きとか好きだよ」
……子羊。
ちょっと予想外な食材来た。しかも香草焼き。
異世界の、――の味ってこういうのなのかしら。
(あ、また…)
頭の中に何かノイズの様なものが走る。昼間に、ヤマトで感じたのと同じ感覚。
でも、それについて考えようとすると頭の中に靄がかかっていく感じがするのだ。
「カノン……?」
「え?あ、いえ何でもないです。子羊ですね、今度やってみます」
――彼はありがとう、と子供の様に嬉しそうに笑っている。
1ヶ月の仮の夫婦関係だけど好きな食べ物を用意する、その位はしてあげても良いかもしれない。
私は何となく、大きな子供を持った様な気分になっていた。
「そうだ、カノン。俺の職場見学、不参加届け出したでしょ」
「はい」
神殿を出る時に聞いたアレか。
弥生さんが気を使って不参加にしてくれたんだよね。
いやだって無理でしょ。何で自分の旦那(仮)が他人を拷問してる所見学しないといけないのよ。
何か可哀想じゃない、その、アレされてる人も。
「……どうして?今までそれを断った異世界人はいないんだ。だってそうでしょ?相手の事が良く知れるんだから。カノンは、そんなに俺に興味無い?」
箸を止め、俯く綺麗なその顔を見ながらも私は言葉を発する事が出来ない。
別に興味が無い、とかじゃないの。
ただその、何て言うか、顔が綺麗過ぎてドン引いちゃってるって言うか、それに輪をかけた変態振りについて行ける自信が無いって言うか……。
――と言う事を本人に言っても良いものだろうか。
「あの、そうじゃなくて……私、他人が暴力振るわれてる場面とか見るの苦手で……」
「うん。俺も苦手」
「えぇ、ですよね…って、え……?」
ん?
今、この人「俺も苦手」って言った?
「デューティさん、お仕事拷問官ですよね?」
「そうだよ?」
え、暴力嫌いなのに?
それとも、”振るわれているのを見るのが嫌”なだけで”振るうのは好き”とか?
「えっと……」
どうしよう。ここはどう出れば良い?
聞いちゃう?でも「暴力を振るうのは好きですか?」って聞いて「うん」って返されたら?
旦那(仮)からDV旦那(仮)になるのは絶対に嫌だ。
「ねぇ、だから俺の職場見に来てくれない?頑張ってる俺を見たら、カノンも少しは俺に興味を持ってくれるかもしれないから」
「いえ、ですから興味がある無いじゃなくて」
「明日なんだけど、朝イチで俺のチームの仕事が丁度入ってるんだ。見学申請はその場で出すから心配しなくても良いよ。ね?だから、一緒に行こう?」
「あ、は、はい……わかりました……」
――こういう風にグイグイ来られると流されてしまう押しに弱い自分が憎い。
大体、「俺のチーム」の仕事って何よ。
拷問ってチームでやるものなの?
(どんだけ物凄い場面見せられるんじゃろ……)
職場見学を了承した事により一気に機嫌が良くなったらしい旦那(仮)にお茶を淹れてやりながら、私はエチケット袋を用意しておかないとなぁ……とぼんやり考えていた。