07・召喚者達と自己紹介
「じゃあ行ってらっしゃい」
「うん、行って来ます」
朝、仕事に行くルルスさんを見送りに来た私は約束通りに「行ってらっしゃいのキス」を唇にチュッとした。
本当に一瞬、触れるだけのキスだったけど、ルルスさんはとても嬉しそうな顔をしていた。
そしてその手には、お弁当箱が入った袋を持っている。
中身はおにぎりと卵焼き。
豚肉の生姜焼きとウインナーにブロッコリーに似た野菜を茹でた、完全無欠の平凡なお弁当。
それでもルルスさんはとっても感動してくれていた。
「カノン、今日はヤマトに行くんでしょ?」
「はい」
「……そう。楽しんでおいで」
「ありがとうございます」
ルルスさんは家を出て行き、何度もこっちを振り返りながら通りの向こうに消えて行った。
「はぁ……やっぱり美人過ぎ……」
まるで新婚夫婦の様に手を振って見送りながら、私は大きな溜息を吐いた。
あの軍服みたいな制服もそうだけど、何なのあの踵の高いブーツは。
しかも、ちょっとピンヒールっぽいし。
皆あんな格好してんのかしら、拷問官って。
「ま、いっか。どうせ、アレだもん。1ヶ月後には無事にお別れして、私は別の人と幸せになるから」
勿論、顔は良いに越した事は無いよ?
でもあそこまで美人じゃなくて良いから。
「さ、ヤマトに行く前に夕飯の下拵えはしておこうかな」
お昼ご飯を兼ねて行くつもりだけど、万が一話が長くなったら困るから。
これで手抜きして「家事をやっていない」と判断されたら、罰則を科せられちゃうもんね。
私は冷蔵庫――氷晶石という魔石が埋め込まれた箱――の中から、鶏肉を取り出し調理を始めた。
◇
家の掃除と洗濯、夕食の準備を終えた所で丁度お昼を少し過ぎた所。
急いで着替えて、昨日場所を教えて貰っていた”ヤマト”に走って向かった。
店内に入った途端「香音!」と野太い声がかかる。
あ、この声は成美さん。
声の方を向くと、成美さんが奥の方で椅子に座ったままブンブンと手を振っていた。
胸元で軽く手を振り返しながら、成美さんの方へ近づいて行く。
他の人達の姿は見当たらない。まだ来ていないのだろうか。
「成美さん、昨日はありがとうございました」
「こっちこそありがとな。弁当、上手く作れたか?」
「はい。言われた通りに一式買っておいて良かったです」
昨日はお米とお弁当箱以外にも、お箸やお弁当箱を包む布、専用のバッグに卵焼き器も買っておいたのだ。
お陰でスムーズにお弁当作りが進んだ。
「ま、こっちの食材や調味料は大体が日本にあるもんと大差ねーから。作るのも食うのもそんな苦にはならないと思うぜ」
「はい!」
そうなのだ。
お肉もお魚も、微妙に名前が違ったりするものもあるけど、大体馴染みのある見た目のものばかりだったから、下手に海外に行くよりも余程食生活には困らなそうだと思った。
「よし、じゃ行くか。もう来れる奴は皆来てんだ。奥に個室があってな、俺らが集まる時には大体ソコ使わせて貰うのさ」
そう言い、さっさと奥の方へ歩き始めた成美さんに私も慌ててついて行った。
◇
「おーい皆ー!新しいお仲間の登場だぞー!」
音を立てて乱暴に扉を開け放ち、大声で叫ぶ成美さんの後ろから私は恐る恐る部屋に入って行く。
凄い。何か面接の時より緊張するかも。
成美さんの後ろからひょこっと顔を出すと、中央にあるテーブルには様々な年齢層の男女が7人、着席していた。
「こ、こんにちは……」
緊張しながら挨拶をする。
7人の男女は皆、優しい笑顔で私を見つめてくれていた。
「おー、昨年に引き続き若い女の子!」
「この集まりも華やかになって来たねー!」
――昨年に引き続き、って事は、同い年位の子が居るのかな?
だけど、この場に居る皆さんは恐らく全員、私よりも年上っぽいけど……。
「ほら香音。ここに座って」
「あ、はい」
成美さんに促され、真ん中辺りの席に座る。
周囲を見渡しペコリとお辞儀をし、早速自己紹介をする事にした。
「はじめまして。蘭 香音です。香る音の香音。今はカノン・ルルスです。22歳で、広島県出身です。通勤途中にいきなり目が眩んで、気付いたら神殿に居ました」
「香音ちゃん、その時自転車に乗ってた?」
私の斜め前に座っている30代位の理知的な女性に問い掛けられ、私は驚きつつも頷いた。
何で分かったんだろう。
乗ってた。確かに、自転車に乗って走ってた。
それで平和公園内をかっ飛ばしてる時に、何か謎の光に包まれたんだもの。
「あの、どうして……」
「美穂。その話は後でゆっくりしようぜ。先ずは俺らも自己紹介しねぇと。俺は昨日会ったけどな、改めてよろしく。俺は下村 成美で今はナルミ・アンダーソン。新潟出身の56歳。子供は2人居るがもう成人してる。こっちには15の時に来た」
15歳!?
中学生で異世界に召喚されたの!?
「そうね。じゃあ私も。新長 美穂34歳。今はミホ・クルーガー。千葉県出身で19の時に来たの。子供は13歳と10歳と6歳の3人」
あ、新長さんは日誌に書いてた人だ。
「一国に一人」な筈の召喚者が日本で立て続いている事を「一県に一人」ではないかと見抜いた人。
「僕は渡部 紘一。39歳。愛媛県出身で、丁度10年前に来たんだ。子供は7歳の双子が居るよ」
渡部さんも日誌で見た。
結婚相手が召喚者の出身地で決まってるんじゃないかって書いてた人。
「木下 玲子、今はレイコ・スタンウォード。26の時に来て、今年で丁度30年。滋賀出身よ。子供は25歳の息子が一人。もう結婚しててね、先日孫が生まれたの」
木下さん。
召喚が一国につき一人だと言う情報を入手し、最初に疑問を投げかけていた人。
「青木 詩織、シオリ・ロウィックです。20歳の時に来て今は29歳。静岡出身です。6歳の子が居て、今第二子を妊娠中なの」
「日野原 巧。埼玉出身の45歳。16歳の14歳、男二人の父親やってる。来たのは22年前だったかな」
「梶原 愛です。香音ちゃんは広島なんだね、私は岡山県なんだ。あ、今はアイ・ファーブラって言うの。24歳の時に来て、今は28歳。0歳の男の子と、2歳の女の子のお母さんです」
青木さんは旦那さんが紅茶屋さんで、日野原さんは奥様が赤髪の一族の人。
梶原さんの旦那さんは確か、「古代勇者の家系」だったよね。
成美さん以外は全員日誌で読んでたから、何だか他人の気がしない。
そして、最後の自己紹介は成美さん並みに大柄で体格も良い、でも顔立ちはかなり穏やかな白髪の男性。
今居るメンバーの中で最も年配の、この人は恐らく。
「……七臣 倭。13の時に来てもう何年経ったかなぁ。60年は経ってると思うが……。ここ”ヤマト”の店主をやってる。元々家内の実家は代々”守護憲兵”ってヤツ、向こうの感覚で言うと警察官になるのかな。それが、どうも俺には向いてなくて」
あはは、と笑う倭さんの優しい笑顔には、確かに人を取り締まる厳しい雰囲気は一切感じられない。
それにしても、倭さんの出身地は何処なんだろう。
そんな私の疑問に答える様に、愛さんがそっと囁いてくれた。
「倭さんは東京出身だよ。美穂さんが”東京は犯罪率全国1位だから”って言ってた」
な、成程ー……。
だから、向こうで言う警察官の家系のお嫁さんかぁ。
「くじ引き申請が可能なのは17歳からだから、俺と成美のトコは姉さん女房なんだよ。で、俺は向いてない憲兵はやらないで俺みたいなのがもしまた現れても、ゆっくりくつろげる店を作ろうって思ったって訳だな」
そっか……。
成美さんもだけど、倭さんもそんな若くして異世界なんかに来ちゃって、大変だっただろうなぁ。
だけど、やっぱり。
「ここ、結局色んな出身地の人が集う場所になってますね。今の東京みたいじゃないですか?やっぱり、ヤマトさんは警察じゃなくてこのお店を作るからこそ東京出身だったんですね」
私はこの店の存在を教えて貰っていたから、まだおかしくならずにいられた。
今、しみじみとそう思う。
……そうなると、私の旦那様(仮)の職業は、一体私にどう関わって来るのだろうか。
思わず考え込んでしまった私の頭に、温かい何かがポンと置かれた。
「?」
――見上げると、優しい倭さんの笑顔。
私の頭を優しく撫でてくれていた。
「ありがとうな。香音」
優しい手つきと温かさ。
私は、同じような感覚を知っている、筈。
……アレ、何だかおかしい。
何だか、私、もっと別の事を聞かなきゃいけない気がするんだけど――
もっと、肝心な何かを――
突如膨れあがった訳の分からない感覚に襲われ、気付くと私は倭さんの腕にしがみ付いていた。