06・雑貨屋アンダーソン
そして引き摺られる事10分弱。
私達は雑貨屋の前に来ていた。
『アンダーソンの雑貨屋』と看板がかかっているそのお店は、煉瓦造りでちょっと可愛らしい店構えになっている。
「あれ?店主さんは日本人男性なんですよね?何でアンダーソン?」
もしかして、男性陣は奥さん側の名字になるのかな?
そんな事を思っている内に、ルルスさんはさっさと店内に入って行く。
私も急いでその後を追った。
「いらっしゃー……あ!アンタ日本人か!」
店内に入ると同時にザラついた男性の声が聞こえた。
声の方を振り向くと、体格の良い髭面の中年男性が驚いた様な顔でこっちを見ている。
身長はルルスさんよりも高く、プロレスラーみたいな強面おじさんだけど紛れも無い日本人顔。
「は、はい!あの、私は蘭 香音と言います。昨日、こっちの世界に連れて来られました」
「おぅよろしく!何だ、昨日来たばっかなのか。俺はナルミ・アンダーソン。こっちに来たのは15の時。来た時は下村 成美、成に美のナルミね、だったんだがせっかくだからこっちの雰囲気に合わせて名前を変えてみたんだ」
あー、”下村”で”アンダーソン”かぁ。
……別に下村のままで良くない?次に来た人が混乱するじゃん。
「カノン。”アララギ”じゃないでしょ?」
どうでも良い突っ込みを脳内で繰り広げていると、横からデューティさんの訂正が入った。
言葉は優しく、口元にも笑みを浮かべているけれどその目は全く笑っていない。
あ、そうだ。”ルルス”だったんだ私。(仮)だけど。
「そうでした。カノン・ルルス、です」
「おーそうか。あのなぁ旦那。そんなに冷たく言うなよ、こっちはいきなり他所の世界に連れて来られて結婚だのなんだのなってんだぜ?ちょっと名前間違う位良いじゃねーか」
デューティさんの眉が一瞬ピクリと動く。
でも直ぐに柔和な笑みを浮かべて「それもそうだね」と笑ってみせた。
良かった、怒ってるんじゃなくて。
でも年上にタメ口は良くないと思うんだけどなぁ。
「で?何か買いに来たのか?」
「あ!はい、あの弁当箱を……」
「ラブBOXね。一個で良いのか?」
だから何でよ。お弁当箱だよ。
「あのー、アンダーソンさん」
「成美で良いぜ」
「じゃあ成美さん。何なんですかその”ラブランチ”とか”ラブBOX”って言うの。普通に”お弁当””お弁当箱”で良いじゃないですか。大体ラブつけたら作る人も買う人も限定されちゃうじゃないですか」
成美さんはふふん、と不敵に笑いながら人差し指を横に振った。
「あのな?この世界には弁当文化が無いんだよ。皆、昼飯は家に帰って食うか外で食うんだ。学校には食堂が絶対にあるし、働いてるヤツは職場なんかで飯くわねぇ。だけど、この世界には米があるんだよ。で、嫁の実家が水田を持ってる。米は主にサラダ用として扱われてたんだけどな、新潟出身のこの俺が、40年かけて米を主食の一部にする方向に持って来たんだ」
流石、米どころ新潟出身。
お米に対する情熱が半端ないのね。
「で、俺は米の一番美味い食い方はおにぎりだと思ってんだ。それで弁当を作って嫁に持たせたら大喜びでな?周りに羨ましがられたって言うから、じゃあそれを利用するかって考えたんだよ。で、愛だの恋だの謳えば女は結構引っ掛かるだろ?ま、それが大当たりしたってこったな」
「何それー……」
とは言え、ざっと店内を見渡すと置いてある小物や雑貨類はどれもお洒落でセンスが良い。
目当てのお弁当箱も、日本に売ってる物と比べても遜色ない物が売られていた。
成美さんは、案外こだわりやさんらしい。
「なぁ香音、その様子じゃ米買ってないだろ?ウチは米も扱ってるから弁当作るなら買って行けよ」
「そうだお米!ありがとうございます。ルル……デューティさん、お米持てます?」
――私達のやり取りを無言で見ていたデューティさんは、「勿論」と綺麗に微笑んだ。
これで彼が「パワー系変態」である事が確実になったけれど、荷物持ちには非常に便利だ。
取り敢えずお米5キロ入りを一袋と、デューティさんが「これが良い」と言った青いお弁当箱を買い彼が米袋を外に担ぎだしている間にお金を支払う事にした。
「香音。お前、弥生からヤマトの事聞いたか?」
「はい。明日行ってみようかと思ってます」
「そうか。なら俺も行くよ。他の連中も来れそうな奴には声かけとく」
「わ、ありがとうございます!」
良かった。
明日行ったは良いものの、召喚者達が誰も来てなかったらまた行かなきゃなーなんて思ってたんだよね。
そしてお金を払いお釣りを受け取る為に手を伸ばした時、成美さんは私の耳に大きな体を屈めて囁いた。
「……香音。お前、苦労しそうだな。あの旦那、確かやり手の拷問官だろ?”黒蛇姫”だっけ?俺が名前ぐらいっつった時からずーっと、俺の事を殺しそうな目で見てたぜ?」
「えぇー……」
やっぱり、日本人に並々ならぬ執着心を持ってるのね、異世界人は。
その辺りも明日聞いておこう。
「ありがとうございました、成美さん。ではまた明日」
「笑顔でまた明日とか言うな。アイツ睨んでんじゃねーか。毎度ありー」
成美さんにヒラヒラと手をふり、外で待つデューティさんの元へ駆け寄って行く。
うーん、大量の買い物袋に米袋を担いでいても、立ち姿が神々しいなー。
貴方が立ってる場所にスポットライトが見えるよ。
「すいません、お待たせしました」
「ううん、大丈夫。帰ろうか」
「はい」
そして何となく、私達は無言で歩いた。
私も荷物を持つといったんだけど、「奥さんに荷物なんか持たす訳ないでしょ」と彼が頑なに固辞した為に、手持ち無沙汰でただ横を歩いているだけなのだ。
でも何となく、彼が私に何かを言おうとしているのが分かった。
薄々想像がつかなくもないけど、彼が何か言い出すまで私からは何も言わない。
――そして、暫く歩いている内にその時が来た。
「……ねぇカノン。聞いても良い?」
「何でしょうか」
デューティさんは私の方を一切見ず、真っすぐに前をむいたままで一言だけポツリと呟いた。
「どうして、俺との結婚を断ったの?俺の何処が駄目だった?嫌な所があるなら言って。俺、絶対に直すから」
その寂しげな声を聞いて思った。
……あぁやっぱり。
この人、ちょっとおかしいだけで多分悪い人じゃない。
どっちかって言うと、悪い人は私の方。
周りから比べられたくない、見劣りするって思われたくない、って言う身勝手な理由で彼を遠ざけようとしてるんだもの。
「嫌な所は、無いです」
「じゃあどうして?俺はキミが部屋に入って来たあの時ほど、神に感謝した事はなかったよ?こんなに可愛らしい女の子が俺の奥さんなんだって、嬉しくて仕方なかった。なのに、キミは俺が気に入らないと言う。あの時ほど、絶望した事はなかった」
俯き、低い声で呟く彼を目にした私は、その姿をまともに見る事が出来なかった。
時折発揮される変態性にさえ目を瞑れば、もしかして上手くやっていけるんだろうか。
「あの、私……」
「カノン。俺の職業は勿論覚えてるよね?」
「え?はい」
むしろ忘れようが無い。
「俺達は色んな手段を使って欲しい情報を手に入れる。欲しい情報って言うのは、俺の欲しい答えを手に入れると言う事でもある。1ヶ月後、俺はキミから喉から手が出るほど欲しい答えを必ず手に入れてみせるから」
――サラサラとした黒髪が風になびき、白皙の美貌に艶めく紅色の唇。
長い睫毛に縁取られた血の様に紅い瞳がギラリと煌めき、不思議な感覚が私の全身を射抜いた。
マズい。
気を強く持っていないと、私は彼に負けてしまうかもしれない。
いやいやいや、大丈夫。
ド変態がたまに見せるまともな顔にギャップを感じてるだけだから。
だって、コイツを受け入れたら神殿でNGを出した項目がもれなくOKになるんだよ?
嫌でしょ、トイレのドア開けたままするとか。
私は内心の葛藤を必死になって隠しながら、日本人のお得意スキル「曖昧な笑顔」を浮かべて何とかその場をやり過ごす事にした。
新潟は昨年、「お弁当持参率全国一位」だったようですね。
今年は(後二ヶ月で終わりますが)福島だったみたいです。
来年度はどうでしょうかね。