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縁談の為に異世界召喚されたけど、相手が美人過ぎる電波で絶対に無理  作者: 杜来 リノ


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27・解放された心

 

 ファーブラ家は森の奥深くにあった。お屋敷の周囲は強固な防御結界で覆われていて、ファーブラの血を引く者以外は入る事が出来ない様になっている。

 愛さんや兄弟の母親の様に、血筋では無い者は特殊な刺青を身体に刻まれる事によって出入りが可能なのだそうだ。


 ――そして完全無欠の他人である私は、家畜が出入りするゲートを通って来た。

 お屋敷の使用人さん達は、身元のしっかりとしている者のみを厳選して雇われているそうで、個人の魔力波長に合わせたネックレスを身に着けている。

 だけど私は魔力も無いし、刺青を与える訳にもいかない。と言う事で、牛や馬と同じ「魔力の無い生物」専用の門を潜るしか敷地内に入る事が出来ないのだ。

 ドルーさんは平謝りしてくれて、ずっと怖い顔をしていた愛さんの旦那さんすらも申し訳なさそうな顔を一瞬していたけれど、むしろ私の方が申し訳なかった。


「申し訳ないが、異界の乙女。急な事ゆえに貴女を屋敷内に迎える準備が出来ていない。この厩舎の横に家畜の出産を泊まり込みで見張る為の小部屋があるのだ。そこに妻を呼んで来よう」


「はい、すいません夜遅くに……」


 そしてアクロさんは愛さんを呼びに本宅へ行き、私はドルーさんに連れられて厩舎横の小部屋に向かった。


 ◇


「香音ちゃん!?どうしたの!?」


 程無くして、アクロさんに連れられた愛さんが血相を変えてやって来た。もう眠る支度をしていたのか、薄手のネグリジェにストールを羽織っただけの姿だった。


「愛さん……ごめんなさいこんな時間に……」

「ううん、大丈夫!だけどびっくりしたよー。何で一人で森の中に居たの?黒蛇姫くろへびひめは?夫婦喧嘩でもした?」


 当然聞かれるであろうこの疑問に私はきちんと答えたかったけれど、背後のアクロさんの存在が気になる。どうしよう……と逡巡する私に気付いたのか、愛さんはアクロさんの方を振り向いた。


「ねぇアクロ。申し訳ないんだけど、ちょっと席を外してくれないかな」


 その言葉を聞いたアクロさんの顔があからさまに歪む。そして、私の方を忌々し気に睨み付けて来た。

 うぅ……やっぱりこの旦那さん怖い。


「何故だ」

「邪魔だから」


 え、そんなはっきり言っちゃうの!?

 オロオロとする私を余所に、愛さんは容赦なく言葉をぶつけていく。


「女同士の話に男が首突っ込んで来ないでよ。私やお義母様だって貴方達兄弟とお義父様の話には入っていかないでしょ?それと同じです」

「……わかった」


 アクロさんは不安そうな不満そうな顔をしながらも、どこかホッとした顔をしていた。きっと、自分の分からない「異世界の話」をするのではないかと心配してたんだろう。

 愛さんを見つめる、優しく甘い視線が物語っている。この怖い顔の旦那さんは、愛さんが好きで好きで仕方が無いのだ。


「では話が済んだら声をかけてくれ。ドルーに送らせるから」

「ううん、もう遅いからこのまま泊まって行って貰いましょ?何なら2、3日居てもらっても良いし」


 愛さんのその言葉を聞いたアクロさんは、流石に困った様な顔をしていた。


「いやそれは……。黒蛇姫もさぞかし心配しているだろう。早く送り届けた方が……」

「えー!?ちょっとくらい心配させてやれば良いのよ。だって私達は何かあった時の逃げ場が無いのよ?喧嘩して”顔も見たくない!”なんて思った時の、頭を冷やせる場はお互いで作っておかないと」

「顔も見たくない!?」


 茶色の短髪に濃い青の瞳。ガッチリとした体つきの、精悍な顔立ちのイケメンが小柄な愛さんに取り縋り、悲痛な声を上げた。


「例え話よ。貴方の顔を見たくないとまでは思った事無いから。今の所は」

「い、今の所は……」


 眉を情けなく下げたアクロさんを見ながら、ファーブラ夫妻の力関係が何となく分かった様な気がした。


「と、言う訳で香音ちゃん。今後の事もあるし、ついでに結界抜けのネックレスを用意しておくね。大体二日もあれば出来るから、その間だけでもここに居たら良いじゃない。どうせ私達の行き場なんてたかが知れてるし、黒蛇姫だってそれ位の想像はついてるでしょ」


「はい。ありがとうございます」


 ――後ろで何か言いたげな、渋い顔のアクロさんが気にはなるけれど私は遠慮なく甘える事にした。確かに、今後の為にも気軽に相談出来る人が居た方が良いに決まっている。


「アイ、なるべく早く話を終わらせ……」

「はいはい、分かった分かった。じゃあ早く行って。子供達も見て来てね?」


 ぐずぐずと居座ろうとする旦那さんをグイグイと押して部屋から追い出した愛さんは「さて」と私の方に向き直った。


「えっと、ちょっと待ってね。今お茶淹れるから」


 この小さな部屋には、簡易的なキッチンが付いていた。泊まり込み用の部屋だからなのか、棚には砂糖漬けになった果物や干したお肉、クッキーやナッツ類が入った瓶が所狭しと並べられている。

 それらを眺めていると、急にお腹が空いて来たのが分かった。こんな時でも、やっぱり人ってお腹は空くんだなぁ。


「ん?香音ちゃんもしかしてお腹空いてる?」


 私の物欲し気な視線に気付いたのか、愛さんが棚を指差した。私は素直に頷く。だってお腹空いたもん。

 愛さんはクスクスと笑いながら棚の瓶からクッキーとナッツ、干し肉と砂糖漬けの果物を少しずつお皿に盛り付けて渡してくれた。


「わーい!ありがとうございます」


 ナッツと果物を食べ、干し肉を噛んでいると愛さんが湯気の立つカップを運んで来てくれた。

 それを私の目の前に置き、愛さん自身も向かい側に座る。


「で、何があったの?」

「…………」


 ――この期に及んで一瞬、適当に嘘をついて誤魔化そうかな、と思った自分に少し呆れる。そんな訳いかないでしょ。こんな時間に押しかけて、ご夫婦の時間をお邪魔までして。


「はい。その、実はですね……」


 私は全てを話した。実はデューとはまだ正式に結婚をしていない事。一ヶ月の契約結婚生活を送り、最後の日にこのまま結婚生活を継続するかお別れするかを決める約束になっている事。残っている期間は後10日程で、私はまだ悩んでいる事。それでデューと揉めて、彼の元から逃げ出してしまった事。


「はあぁ……まさかそんな事だったとは……」


 何だかんだ只の夫婦喧嘩だろうと思っていたらしい愛さんは、正直に頭を抱えていた。


「すいません、面倒な事に巻き込んでしまって。でも、明日には出て行きますから。もしデューが神殿に私の規約違反を申請したら、ここに神殿の人達が来る事になりますし。そうしたらファーブラ家の皆さんにご迷惑がかかります」


 愛さんは腕を組み、うーん、と何やら考え込んでいる。どうしよう。お腹もいっぱいになったし、今夜中に出て行った方が良いかな。


「あの、」

「香音ちゃん。因みになんでそんなに迷ってるの?いや、私がチョロいのかもしれないけど、私はアクロに会った時には単純に”わー格好良い!”としか思わなかったのよね。異世界とか意味不明だけど、まぁ彼となら頑張っていけるかなって思ったの。あ、初見で彼を拒んだ香音ちゃんを否定してる訳じゃないのよ?ただ、何でかなって」


 私は小さく息を吐いた。言いたくない気持ちもあるのに聞いて欲しい気もする。あの、呪縛とも言える馬鹿みたいな私の劣等感。


「……彼、凄く綺麗じゃないですか。それこそ”姫”って言われる位に。それに、ちょっと変な部分もあるけど性格も本当に良いんです。彼はそんな完璧な容姿を持ってるクセに私の事可愛い可愛いって言うの。だけど自分より何十倍も綺麗な人にそんな事言われても虚しいじゃないですか。だから辛いんです。そんな彼と共に居るのが。私は美人じゃ無いし、性格も良くないから」

「え、それ本気で言ってるの?」


 驚いた様な、呆れた様な愛さんの言葉がグッサリと胸に刺さる。そうだよね、下らないですよね。でも、でも私には大きな事なんです。


「私、働いてた銀行で好きな人居たんです。だけどその人に私、皆の前で”あららぎ程度の顔”って言われて。それでとっても傷ついたんです。自惚れてた訳じゃありません。でも、見下されてたとは思ってもいなかった。それで鏡を見るのも怖くなったし、今でも自分の顔を直視出来ないんです。だから、デューの顔を見るのが辛いの。誰もが彼を”綺麗”って言う。妬ましいんです。彼の事が好きなのに、同じ位に憎くも感じるの」

「…………」


 ――愛さんの沈黙が辛い。きっと私を軽蔑しているに違いない。成美さんにあんなに言われたのに。見た目で人の価値を勝手に決めるなんて最低だって、教えて貰った筈なのに。


 案の定、目の前からフゥ……と言う溜息が聞こえる。知らず竦む身体を叱咤激励しながら、私は恐る恐る愛さんの顔を見た。


「愛さん……」


 そこに見たのは、予想に反して柔らかい表情で私を見ている愛さんの顔。まるで私を温かく包んでくれた誰かを思い起こさせる様な、慈愛に満ちた顔だった。


「香音ちゃん。香音ちゃんはずっと傷ついてたんだね。ごめんね、辛い事思い出させて。でも、人の価値観って色々あるから。香音ちゃんがたまたま、その”好きだった人”の好みの顔じゃなかったってだけじゃないかな?香音ちゃんは可愛いよ?”私は”本当にそう思う。だから、彼も”そう思った”事を素直に言ってただけじゃない?ねぇ香音ちゃん、99人に”可愛い”って言われて彼だけに”可愛くない”って言われるのと、99人に”可愛くない”って言われて彼だけに”可愛い”って言われるの、どっちが嬉しい?」


 え、どっちが嬉しいか?デュー以外に可愛いと思われるのと、デューだけに可愛いと思われるの?

 ――それは、そんなの決まってるじゃない。


「デューに、可愛いって思われる方が、嬉しいです」

「でしょ?」


 愛さんは手を叩いて喜んだ。その嬉しそうな顔が一瞬デューと重なり、それを見ている内に心の中の澱みがスーッと引いて行くのを感じていた。何だ。こんな簡単な事だったんだ。

 自分の顔を気にしていたのも、根っこの部分では彼に嫌われたくなかったからだ。その彼が、私を「可愛い、欲しい」と思ってくれるのなら、私は何も悩む事なんかないじゃない。


「愛さん、ありがとうございます!」

「ううん。良かった、香音ちゃんが元気になって。まぁ、その”好きだった人”に関しては私的にはある仮説を持ってるけど、それはもうどうでも良い事だからね。今日はこのまま泊まって行って。さっきのネックレスが出来るまで居て良いよって言ったのは本気なんだけど、香音ちゃん早く帰りたいでしょ?」


 そう悪戯っぽく笑う愛さんに、私は小さく頷いた。頬に熱が集まって来るのが分かる。


 明日。明日帰ったらデューに自分の気持ちを伝えよう。それで今日も含めて今までの優柔不断な態度を謝って、これからずっと、一緒に生きて行きたいとお願いをしよう。随分待たせちゃったからデューは少し不貞腐れるかもしれないけど、きっと私の大好きなあのフワフワとした笑顔を見せて許してくれる筈。


「私ね、アクロに”不束者ですがよろしくお願いします”って言ったの」

「へぇー、アクロさんは何て?」

「”何だその謎の呪文は”って戸惑ってた」

「ふつつかもの、はこっちでは通用しないんですね」


 そう愛さんと笑い合いながら、彼の事を思う。一刻も早く、デューに会いたくて仕方が無かった。



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