23・旦那様(仮)とティータイム
ケイヴさんがプイッと前を向いてしまったのと同時に、デューが戻って来るのが見えた。
どうだったんだろう。お店、開いてたのかな。
「ただいま、カノン」
「お帰りなさい、デュー。お店どうだった?開いてた?」
それに答える代わりに、デューは飛竜の足下で綺麗な笑みを見せてくれた。
「あ、お店開いてたのね?」
「フフ、うん開いてた。ついでにお茶の準備しとく様に頼んでおいたから」
デューは微笑みながら、私に向かって両手を伸ばした。
「ほらカノン、おいで?」
「うん」
私は飛竜から飛び降り、デューの腕の中に飛び込んだ。重いかも、とかは一切気にならなかった。
だって彼はパワー系変態だもの。受け止めたどさくさに紛れて、私のお尻を揉む余裕がある位には。
「じゃあ行こうか」
「あ、ねぇ、ケイヴさんも一緒に……」
手を繋いだまま、飛竜の方を振り返る。ケイヴさんは煙管をふかしながら片手をヒラヒラと振った。
「俺は行かねーよ。コイツも少し休ませないといけないし、お前等で行って来な」
ケイヴさんは飛竜の首をポンポンと撫でる。飛竜はキュウゥン、と一声鳴いた後その場にゆっくりと伏せて目を閉じた。
「カノン、もう行くよ」
「あ、はい……」
まぁデューの話は色々聞けたし、今回は諦めよう。その内またいずれ、ゆっくりとお話出来る機会があるかもしれないし。
「あの、じゃあ行って来ます」
「……あぁ」
ケイヴさんは相変わらず、遠くを見ながらぼんやりと煙を吐いていた。
◇
「ねぇ、僕がいない間、ケイヴと何話してたの?」
ケイヴさんと飛竜の姿が見えなくなった途端、デュー私にそう聞いて来た。
一瞬妬いてるのかな?と思ったけれど、その表情からそうでは無い事が直ぐに分かった。
だって、浮かべている表情があの時と同じだったから。シグルズ局長さんに昔の事を揶揄われたと思っていた、不貞腐れた時の表情。
格好悪い話を聞いたんじゃないか、情けない話を聞いたんじゃないかって、すごく心配してる。
「ん?うん、デューは昔から頭が良くて見かけによらず腕っぷしが強かったって。……デュー、ケイヴさんに仕送りしてるんですってね。私、デューのそういう所好きだよ」
「べ、別に仕送りって程じゃないよ。ただ子供の頃世話になったから、そのお礼……じゃなくて、借りは返しておかないと気分悪いでしょ。それだけだから」
――耳の先まで赤くして、ぼそぼそと喋る所が本当にケイヴさんにそっくり。
「……他には?」
「後はそうね、私の話をしたりとか」
子供の頃から顔が綺麗だった云々は言わない方が良いよね。ケイヴさんの元奥さんの事思いだして、デューが傷ついたらいけないもの。
「カノンの話はこれ以上誰にもしないで。カノンの事は僕だけ知ってれば良いんだから」
「えぇ?そんな事言ったって……」
「僕だって、カノンの事そんなに知らないのに……」
何、この独占欲みたいなものは。ちょっとドキドキしちゃうじゃない。
それは置いておいて、確かに私はこの期に及んで自分の話をあんまりしていないかも。デューがあまり聞いて来ないって言うのもあるけど。
「じゃあ、その辺りの話はお茶を飲みながら話しましょ?」
”テスラの店”にはケーキ置いてあるかしら。栗のショートケーキが置いてあると良いな。
私はデューと手を繋いで歩きながら、呑気にそんな事を考えていた。
◇
デューが「歓楽街の真ん中」と言っていた様に、歩いて行く道すがらには露出の激しい衣装を身に纏ったお姉様方が何人も立っている。チラリと窺うと、皆さんはデューの顔をうっとりと眺めていた。
路地裏に酔っ払いと思しき男の人が転がっている。そのちょっと先ではボロ布の様なものを身体に巻き付けた、どう見ても未成年の子供達の集団が私達を物珍しそうに眺めていた。
彼らの前には壊れた木箱が置いてあり、中には木の実の様なものが何個か入っていた。ひょっとしてあれは売り物だろうか。
「……」
私は、その光景を見ても何も言う事が出来なかった。デューも何も言わなかった。
「ここだよ、テスラの店」
路地を抜け、さっきまで居た所から歩く事15分。私達は外壁に黄金が使われている、けばけばしい造りの建物の前に立っていた。煌めく黄金をより一層品無く見せる為に一役買っているかの様な、光る石があちこちに埋め込まれている。 って言うかここ、ご飯食べるお店なんだよね?ラブホテルじゃないよね?
「カノン、入るよ」
「あ、うん……」
――安っぽい同情なんかじゃ誰も救われないのは分かっている。だけど先程の子供達を見た後で、ケーキを食べたいなどと言う浮かれた気持ちは、一瞬にして何処かに吹き飛んでしまっていた。
◇
ビクビクしながら入った店内は、中は全面木目調の壁と床でとても落ち着いた雰囲気だった。
外観との余りのギャップに少々戸惑う。
「テスラ!」
デューが店の奥に声をかけると、厨房と思しき場所からヒョロヒョロとした痩せぎすの中年男性が出て来た。手にはポットとカップの乗ったトレイを持っている。この人がテスラさんなのだろうか。
「この子がお前の奥さん?よろしく、俺はテスラ。大体の食べ物飲み物がまぁまぁ美味しい店」
「は、初めまして、カノンと申します」
柔和な顔のテスラさんは単眼鏡を着けていて、まるで学者さんの様な風貌をしている。
「可愛い子だね、デューティ」
「まぁね。……褒めてくれるのは良いけど、あんまり見ないでくれる?減るから」
「はいはい、すいませんね。どうぞごゆっくり」
テスラさんは呆れた様に笑い、肩を竦めながらまた奥に戻って行ってしまった。
「……デュー」
「だって……。テスラはああ見えて女の子が大好きで手が早いんだ。その割にお世辞は絶対に言わない。だからテスラが可愛いって言ったら本当に可愛いって思ってるんだよ」
――何だか私、色んな人に色んな場所でここまで可愛い可愛い連呼されたら「ひょっとしてそこそこ可愛いのかな」って勘違いしちゃいそう。……いやいや駄目、ここで調子に乗ったらまた同じ目に遭うかもしれないから。さっきのだって絶対にお世辞だもん。
私がそうネチネチと暗い事を考えている間に、デューがポットから紅茶を注いでくれていた。
「ありがとう」
お砂糖とミルクを入れて一口飲むと、口の中にフワリと良い香りが漂った。うわ、この紅茶すっごく美味しい。「まぁまぁ美味しい」なんて謙遜じゃない。
温かい紅茶を飲んでいると、ふと先ほど見かけた子供達の事を思い出した。あの子達は、温かい紅茶を飲めたりするんだろうか。
「デュー、ここに来る途中に木の実売ってた子供達居たでしょ?あの子達は一体……」
デューは一瞬遠い目になった。しまった、もしかして聞いてはいけなかったのだろうか。
「あの子達は、工場の作業員の子供だよ。魔石自体は高価な物も沢山あるけど、その加工工場の賃金はそんなに高くないんだ。学校にも行けない子が多いからね、森に入っては木の実を採って来て、ああやって自分達で売ったりしてる」
「そうなの……」
でも、立派だ。そうやって自分達で知恵を絞って、何とかお金を稼ぐ方法を見出しているのだから。
己の境遇の不遇さを呪うだけ呪って、挙句の果てには世間のせいにして、結局自ら動こうとしない人間は決して少なくないと言うのに。
「彼らはまだ良いよ。帰る家があるんだから」
「デューだってあるじゃない。ケイヴさんと過ごしたお家」
「……12歳まではね」
「え?」
12歳までは、って一体どういう事?
「僕は12歳で高等学校に入って、15歳で飛び級して卒業した。だけど諜報部の付属学校にはどれだけ成績が良くても国の決まりで18歳からしか入学出来ないんだ。だから18歳になるまでの3年間、僕は外で暮らしてた」
「外!?」
「そう、外。着る物は4、5枚しか持ってなかったから湖や川で洗濯してた。食べ物はゴミ箱漁ったり色々してた。その内ニコニコしてれば皆が色んなものをくれる様になったから困らなくなったけど。あ、でも身体は売ってないからね?それだけは信じて?それに、お金持ちのご婦人達にペットになる様にお金積まれたりもしたけど、それも断ったよ。だって僕、好きな子以外とはそういう事したくないから」
――デューの話が衝撃的過ぎて、細かい話が頭に入って来ない。まさかデューが3年間ホームレスだったなんて。あ、以前聞いた「子羊の香草焼きが好き」発言はお金持ちのご婦人にしょっちゅう食べさせて貰ってたからなのかな。でもなんでケイヴさんの家に帰らなかったんだろう?
「デュー、どうして家に帰らなかったの?」
「遠かったから」
間髪入れずに答えて来るデュー。だからこそ、それが嘘なのだと言う事がわかった。私がこう聞くだろうと思っていたから、貴方はこの答えを用意していたんだよね。
「ね、今度はカノンの話を聞かせて?」
「私の話?そうね、じゃあ……」
本当はもうちょっとデューの話を聞いていたかった。格好つけのデューが、ここまで話してくれるなんて思わなかったし、純粋に彼の事が知りたかったから。
……だけど、デューが話を打ち切りたがっているのがわかった。だから、それに乗ってあげる事にした。
「――でね、大学では私、”ラテン語研究会”って言うのに在籍してたんだけど、2回だけ行って辞めちゃったの。理由はつまらなかったから。それで友達が入ってた”名作映画研究会”っていうのに入り直して――」
デューはうんうんと相槌を打ちながら、楽しそうに話を聞いていた。途中でテスラさんが何度かお茶のお代わりを持って来てくれた。
けれど何度目かの時に「時間大丈夫かい?ケイヴが待ってるんじゃないのか?」と心配そうに言われ、デューと二人で慌ててお店を飛び出した。
再び手を繋ぎ、ケイヴさんの元に駆け足で戻る。遠くに飛竜の姿を確認した時、私はずっと言おうと思っていた事をデューに言った。
「ねぇデュー。デューは家も親も居ないって言ってたけど、家はあるじゃない。家族だってちゃんといる。少なくとも、ケイヴさんはそう思ってるよ?」
デューはそれに答えてはくれなかったけれど、ただ私の手を強く握り返して来た。
 




