22・旦那様(仮)の過去
「す、捨てられてたって……」
嘘でしょ?あんな身体に悪そうな産業廃棄物塗れの場所に?
「うん。ポイッって捨てられてた。普通なら気付かれずにそのまま僕も焼却処理されてたんだろうけど、僕を捨てた人が素っ裸の僕を放り投げていってくれたお陰でね、寒かったのかなぁ、僕が大声で泣いたせいで処理業者に気付いて貰えたんだ」
「そ、そんな……」
――酷い。事情は知らないけど、やむにやまれぬ事情があって赤ちゃんを捨てざるを得なかったとしても、何も廃棄場に捨てる事ないじゃない。せめて温かい布にくるんでもっと人目に付くとこに置いて行くとかすれば良いのに……!
「で、僕はその処理業者によって廃棄場から救い出されて、今度は飼料業者に売り飛ばされた」
「飼料業者?」
「うん。大体一般の家畜の餌を扱ってるんだけど、この飛竜みたいな大型から小型の竜、後は愛玩用の魔獣とかの生き餌も扱っている業者だよ」
……生き餌。それって、まさか。デューは強張る私の身体を優しく撫でてくれた。けれど、その唇は恐ろしい事実を次々と吐き出して行く。
「僕、お金持ちの魔獣の餌用に予約されてたんだって。それを、たまたま飛竜の餌を買いに来た若かりし頃のケイヴ・ルルス、そこの操縦士にまたもや危機一髪で救い出されたって訳」
私は驚いて操縦士のおじいさんを見た。おじいさんは話が聞こえてる筈なのに、こっちを全く振り向きもしない。旋回する飛竜を操りながら、煙管をのんびりとくゆらせていた。
「カノン、喉渇かない?お茶でもしようか」
「え?、あ、うん……」
正直そんな気分じゃないけど、デューがちょっと疲れたのかもしれない。
私はそう思い、その提案に賛同をした。
「ねぇ、その端に下ろしてよ。それからテスラの店が今日やってるか確認して来るから、カノンと待っててくれる?」
「……分かった」
デューの指示に従い、操縦士さん――ケイヴさんは飛竜を降下させていった。そして、廃棄場から少し離れた場所にある空き地に飛竜を着陸させた。デューは私を飛竜の背に乗せたまま、ヒラリと地上に飛び降りる。
「デュー!何処に行くの?」
「この町には食事出来る所は何軒かあるんだけど、何処も酷い味なんだよ。唯一まともなのがテスラって奴の店。欠点と言えば気が向かないと店開けない事なんだ。だからこれから行って確認して来る」
「待って、じゃあ私も行く」
その方が効率も良いし、幾らケイヴさんが一緒に居るって言ったって、知らない場所に取り残されるのは何だか不安だもの。
「駄目。テスラの店の欠点はもう一つ。歓楽街のど真ん中にあるから治安があまり良くないんだ。カノンを危ない目に遭わせたくないし、キミを無駄に他の男に見せたくないから」
「そんなの、平気よ私。何となくだけどこの世界の治安の悪さってたかが知れてる気がするもの。少なくとも新入社員歓迎会の時に連れて行って貰った流川よりは断然安全な気がするわ」
「ナガレカワ……?」
――しまった。異世界でローカルネタを言っても通じる訳がないじゃない。
「ううん、何でも無い。ね、良いでしょ?」
「駄目」
うぅ……ここまで言って駄目なら諦めた方が早いかな。
「わかった……じゃあ待ってる」
「フフ、良い子」
デューは飛竜に足をかけ、再びその背に乗り込んで来た。そして子供にするみたいに、私の頭をポンポンと撫でた。
「カノン、行ってらっしゃいのキスして」
「え!?今!?」
「うん、今。だって僕、これから出かけるんだもん」
もん、言われても……。
私はケイヴさんの方をそっと窺った。ケイヴさんは相変わらずそっぽを向いている。
仕方ない、確かに行ってらっしゃいのキスは「仕事に行くとき限定」「短時間の離脱時は無効」とは書かれてなかったし。
「行ってらっしゃい、デュー」
「行って来るね、カノン」
ちゅっ、と唇にキスをすると、デューはまるで大輪の花が咲いた様に笑った。
◇
デューが出かけて行った後、残された私達の間には気まずい沈黙が流れていた。
どうしよう、何か話しかけた方が良いのかな。話すって何を?あ、子供の頃のデューはどういう子だったか、とか?でも、気軽に聞いて良いものなの?
「……アンタ、異界の出身だったんだな。例のくじ引き縁談、まさかアイツが申し込んでその上当選してたなんて思いも寄らなかった」
突然ケイヴさんに話しかけられ、私は驚き彼の顔を見た。悶々と考えていた為に、ケイヴさんがいつの間にかこっちを向いていた事に気付かなかった。初めてケイヴさんの顔をしっかりと見たけど、白髪のおじいさんの割には、肌はまだ若い感じがする。
「あ、ご存知なかったんですか……?」
「アイツは俺に何も言わないからな。さっき、アイツは”俺が救い出した”って言ってたが実際は違う。まぁ生きた赤ん坊を餌にしようって業者だからな、諸々管理がいい加減だったんだよ。俺の予約してた餌と間違えてアイツを渡されたってだけだ」
ケイヴさんは、口からふわりと煙を吐いた。私はどう答えて良いのかわからなくなり、結局そのまま黙っていた。
「俺の飛竜は人間の赤ん坊を食べる様な野蛮な竜じゃねぇ。かと言って返そうにも返すと命が無いのは明白だ。俺は小心者だからな、その罪悪感に耐え切る自信が無かった。だから仕方なく育てる事にしたんだが、まぁ大変だったよ」
「ケイヴさん、ご結婚は?」
「してたよ。”デューティ”って名前を付けたのも元嫁」
”元嫁”という事は、今はお一人なのかしら。うーん、さっきから微妙に聞きにくい事ばっかりだな。
「アイツ、あんな吃驚する位キレイな顔してるだろ?王都じゃあのレベルはゴロゴロしてるんだろうが、こんな辛気臭い工場街であの面はそりゃあ目立ったよ。アイツが丁度10歳になった時かな、嫁が俺にこう言って来た。”デューティを娼館に売ろう”ってな」
「娼館に売る!?」
ケイヴさんは私の大声に顔をしかめている。いや出すでしょ、そんな話聞いたら、大声の一つや二つ。
そりゃあ、あの美人っぷりだもの。子供の頃から美人なのも納得できる。けど、幾ら顔が綺麗だからってまだ10歳の子供をそんな所に売ろうとする!?
「嫁との間には子供が居なかったからな、10年も育てりゃ情も湧く。到底売ろうなんて思えなかった。で、そこで揉めた挙句に元嫁は出て行った。その、あんまり元嫁を悪く思わないでやってくれよ。今もだがあの当時はもっと稼ぎが少なかったんだ。ただでさえ苦労してるってのにそこに見ず知らずのガキを拾って来たんだからな。それでも名前をつけてやる位には可愛がってた。ま、あの破格の美貌を見てちょっとクラッとなっちまったんだろ」
自嘲気味に笑うケイヴさんは、煙管をふかしながら何処か遠くを見ていた。きっと奥さんと別れるのは辛かっただろう。でも、彼は幼い子供を放り出す事がどうしても出来なかったのだ。
「アイツは顔だけじゃなくて頭も良い。おまけに見かけによらず腕っぷしも強い。だからあちこちから金を借りて学校に行かせた。ま、今じゃ当時の借金返して余る位の金持ってるけどな。いらねぇってのに、毎月送って来るんだよ、金を」
そっか。デュー、ケイヴさんに仕送りしてるんだ。
「ケイヴさんは育ての親ですもんね」
「そんなんじゃねぇよ。アイツは俺に負い目を感じてるんだ。自分のせいで嫁が出て行ったって思ってるからな。だから金は送って来ても、肝心な事は何一つ言わねぇんだ。それに、言ってただろ?”実家も無いし親も居ない”って」
「そ、それは……」
確かにそう言ってた。言ってたけど、でもここに来る前、空に他の飛竜タクシーが飛んでるのを見た。
幾ら腕が良い、とは言え何もわざわざ、こんな遠くからケイヴさんを呼ぶ必要があったとは思えない。
それはもしかして、育ての親であるケイヴさんに私を紹介したかったから……?
「あの、ケイヴさんひょっとして本当はウチまで来る予定じゃなかったんですよね?だって最初は蒸気列車に乗るつもりだったって言ってたし」
「ん?あぁ、そう。最初は蒸気列車の駅に迎えに行く予定だった。それが昨日いきなり”光矢鳥”を飛ばして来て”やっぱり来なくて良い”って言うからのんびりしてた。そしたら今度は今朝方になって”急いで家まで来い”っつーからめちゃくちゃ急いで行ったんだよ」
”コウヤチョウ”って何?伝書バトみたいなもの?
まぁ今はそれは置いておいて、やっぱりデューはちゃんとケイヴさんの事をお父さんだと思ってるんじゃないかな。『親は居ない』ってわざわざ言ったのも、『親は俺だろ』って言って欲しかったとか?
……あり得るなぁ。デュー、甘えん坊だもの。
――私、決めた。デューの嫌な所……って言うか、あのちょっとおかしな部分を探すんじゃなくて、良い所をもっともっと探して行こう。それで、私の病的とも言える劣等感を剥がす事が出来たら、彼の好意を純粋に受け取れる自信がついたら、その時は彼と共に生きる事が出来る気がする。
「……デューの優しい所、きっとケイヴさんに似たんだと思います」
私がそう言うと、ケイヴさんはそれには答えず無言で後ろを向いてしまった。けれど、私は見た。
その耳が、真っ赤に染まっているのを。




