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19・秘密の旦那様(仮)


パタパタと尻尾……もとい両手を振る大型ワンコの様なバージルさん。

彼と共にデューの方に歩いて行くと、デューもこっちに向かって来てくれた。

近付くにつれ、その美貌がはっきりと見えて来る。

けれど、その綺麗な顔には何処となく苦々しい表情が浮かんでいた。


どうしたんだろう。職場で何かあったのかな。


「……お帰り、カノン」

「あ、ただいま……ごめんねちょっと出かけてて。お帰りなさいデュー」

「うん」


デューは苦い顔のまま、私の顎を掴んで顔を寄せて来た。

え、まさか今ここで”お帰りなさいのキス”をするの!?バージルさんが居るのに!?


「ちょ、ちょっとデュー……」

「何?嫌なの?じゃあ僕はカノンの規約違反を申告しなくちゃいけないけど、良い?」


耳元でそう冷たく囁かれ、私はひどく動揺してしまった。困る。それだけは絶対に。


「そ、そうじゃなくて……。だって恥ずかしいもの、人前だと……」

「恥ずかしくないでしょ?夫婦なんだから。ほらカノン、早くキスして」


こうなったら仕方がない。私は意を決し、身体を屈めてくれたデューにキスをした。


「……っ!?」


途端に強く抱き締められ、ただの”お帰りなさい”の合図のキスがどんどん深いものになって行く。

逃げ出そうにも、腰と後頭部をガッチリと固定されていて身体を動かす事すらままならない。

バージルさんに見られていると言う羞恥と酸欠により、段々頭がボーッとして来た所で漸く唇を離して貰えた。


「デュ、デュー……苦しかったじゃない……」

頬を膨らませ、涙目で抗議する。冗談抜きで本当に窒息するかと思った。


「ん、ごめんねカノン。可愛くって我慢出来なかったから」

デューの顔にやっと普段の表情が戻って来た所で、私はバージルさんの存在を思い出した。

見苦しいものを間近で見せられる事になってしまった彼の様子を、恐る恐る窺う。


――ワンコ君はとってもキラキラした眼差しで、私達を見ていた。


「うわぁ……やっぱり素敵です主任!俺もいつか主任みたいに可愛い奥さん出来るかなぁ……」

「そうだね、空気読んでさっさと帰れば出来るんじゃないかな?」


冷た過ぎるデューの言葉に私は少し驚いていた。何だか、デューらしくない態度。

まだ出会って17、8日。それでデューの何を知ってるんだって感じだけど、彼は可愛い部下なんじゃないの?


「俺、今日お休みで良かったです!お陰で主任の大事な奥さんを護衛出来ましたから!」

「そう。どうもありがとう。ほら、もう帰りなよ。僕達の時間をいつまで邪魔するつもり?」

「ちょ、ちょっとデュー!」


余りの対応に、思わず咎める様な声を出してしまった。

デューは一瞬私の方を見たけど、直ぐに不貞腐れた様な顔で顔を逸らした。


――あ。これはひょっとしたら、アレなのかな?

私は急いでバージルさんに向かって頭を下げて、お礼を言った。


「今日はわざわざありがとうございました。バージルさんもお気をつけてお帰り下さいね?」

「いえいえー!主任、また明日よろしくお願いしまーす!」

「わかったからさっさと帰りなよ」

「デュー!」


気付いていないのか慣れてるのか、デューの素っ気ない対応にも気にする素振りすら見せず、バージルさんは元気いっぱいに元来た道を帰って行った。

私はバージルさんを見送ったあと、腰に手を当ててデューの方に向き直った。

まるで叱られる子供の様に、顔を逸らすデュー。


「……デュー。もしかしてヤキモチ妬いたの?」

「駄目?だってカノン、僕に見せた事の無い顔でバージルに笑いかけてた」

「そんな事無いわ。それに笑ってたのはバージルさんがデューの事ばっかり話すから。だからそれが微笑ましかっただけよ?」

「僕の事?何て?」

「拷問官って、職場での立ち位置は家系によるものが多いんですって?デューの家はそうじゃないのに凄いって。憧れなんだって凄く嬉しそうに言ってたの。だから、その、何となく私も嬉しくなって……」


デューの顔に、みるみるうちに笑顔が浮かんで行く。良かった、機嫌直ったみたい。


「ご飯の支度するから早く家に入りましょ?」


そう言い彼に向かって手を伸ばす。デューは嬉しそうに笑い、そっと私の手を掴んで来た。



「ねぇ、今日のお茶会はどうだったの?」


朝に宣言していた通り、夕飯にはデューの好きな親子丼を作った。

食卓に着いた所で待ち兼ねた様に聞いて来るデューに笑い返しながら、頭の中では何処まで話すべきか冷静に考えていた。


召喚の云々は話す必要は無い。私達が召喚された異世界人なのはもう分かってるんだから。

私が召喚基準を満たしていない可能性がある、帰れる可能性がある、と言う部分はそもそも口止めされてるから話せない。だとしたら話す部分は限られて来るけれど、そこは上手く誤魔化そう。


「うん、楽しかったよ?お茶もお菓子も美味しかったし、日本むこうでお互い何やってたかとか話したの。それとね、王太子様の話も聞いたわ。”決して面白いタイプじゃないし面白くある必要もないのに無理に面白い事を言おうとするのが腹立つ”って言ってた」

「……それはひどいな」

「でしょ?面白くない冗談って聞く方も困るのよね」

「そうじゃなくて。王太子妃だよ。せっかく王太子殿下が妻を楽しませようと頑張ってるのに、それを非難するなんて……」


え、そう?つまんないギャグ聞かされてる時って、すっごい無駄な時間過ごしてる気がしない?

……なんて、真面目な顔で憤慨しているデューに言える訳が無い。

もう、本当に見かけによらず生真面目なんだから。


「そ、そうね、笑ったりして良くなかったわ」

「そうだね」


う、ちょっと気まずい。ここは話題を変えたい所だけど、他の部分は話せないし……。


「……カノン」

「な、なぁに?」

「今日、お茶会の後で何処に行ってたの?何処でバージルに会ったの?」


……一瞬、嘘をつこうかと思った。

だって、魔道具屋に行った事を話したら日記帳を買った事を話さないといけなくなる。

デューが覗き見するって確信してる訳じゃないけど……。

そこまで考えた後、私はその考えを直ぐに打ち消した。


だって、良く考えたらバージルさんに「日記帳買った」って話しちゃってたし。


「魔道具屋さんよ。暇だから日記でもつけようかと思って、成美さんのお店に行ったの。そうしたら”魔道具屋に置いてる”って聞いたから。そこでウィンスラップさんに会ったの。ところで、ちゃんとした日記帳って高いのね。私びっくりしちゃった」


それでも、私はほんの少しだけ嘘をついた。

他人が開けられない魔錠付きの物を買ったと、彼に思わせる為に。

今日、由羅さんから聞いた事とかまとめて書いておきたいし、それは彼には見られたくはない。


「カノン、日記つけるの?」

「うん。毎日の事とか、お料理のレシピとかも書いておきたいし」


デューはふぅん、と呟きそれ以上は聞いて来なかった。



『今日は王太子妃の由羅さんと会った。召喚の原理は良く分かってないみたい。だけど、召喚基準については由羅さんは知ってる。恐らくは弥生さんも。私が”満たしていないかも”って言うのはどの部分なのだろう。私だけは、”帰れるかもしれない”ってどう言う事なんだろう。いずれ分かって来るのだろうか。その時、私はどうするんだろう。デューと一緒に暮らす事を、選べるのだろうか』


「明日のメニューを考えるから先に寝室に行ってて」とデューに伝え、私はキッチンでこっそりと日記を書いた。そしてそれを、下着類が入っている引き出しに隠した。


寝室に行くと、デューはベッドに寝転がりぼんやりと宙を眺めていた。


「どうしたの?」

「あぁカノン。明日のメニューは決まったの?」

「えぇ。でも内緒。明日の楽しみが無くなっちゃうでしょ?」

「……そうだね」


そこで私はふと思い出した。バージルさんが言っていた、デューも代々拷問官の家系ではないって。

じゃあ、デューのご両親は何をなさってるんだろう?


「ねぇデュー。デューのお家って、どんなお家?」

「僕の家?僕の家はここだよ?」


いやそうじゃなくて。


「あ、ううん、デューのご両親は何をなさってるのかなって思って」


その瞬間、デューの周囲に透明な壁が張り巡らされたのが見えた気がした。

余りにも分かりやすい、明確な拒絶。


「ごめんなさい、不躾だったよね」


――何となくこれ以上踏み込んではいけない様な気がした。

そこまで知りたい訳ではない、と言う風を装いながら私はそそくさとベッドに潜り込んだ。


「おやすみなさい」

「……おやすみ、カノン」


程無くして、隣から静かな寝息が聞こえて来た。

そして暫く経ってから、私のお腹の辺りにデューの腕が巻き付き、まるで抱き枕の様に抱き締められていた。寝惚けているのか、時々耳や首筋をかじかじと齧られてそれが結構くすぐったい。


(……これ、本当は規約違反の範囲なんじゃけど)


だけど私は、それを咎める事がどうしても出来なかった。



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