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17・真実の片鱗


「落ち着いて。ゆっくり深呼吸して下さい、香音さん」

「由羅さん。由羅さん私――!」

「待って香音さん、先ずはお茶でも飲みましょうか」


優しく背中を擦りながら、宥める様に話しかけてくれる由羅さんの声を聞いている内に、段々と心が落ち着いて来る。

気が付くと、あの割れる様な頭痛の痛みが引いて来ているのが分かった。


「ご、ごめんなさい由羅さん……」

「いいえ。はい、温かい紅茶をどうぞ?蜂蜜を溶かし込みましたから、ゆっくり飲んで下さいね」


ほんのりと甘くて、熱過ぎない紅茶を飲んで行く内に完全に頭痛は治まっていった。

だけど、胸の内の燻りは消えない。

だって、思い出してしまったから。元の世界の家族の事を。

両親と、兄と弟の事を。


買い物に行った時みたいに、気持ちが逸れて行く事は無い。

ちゃんと、私の心の中に家族は居る。


「由羅さん、これって何なんですか……?どうして皆、家族の事何も言わないの?会社の人達とかそういうのは思い出せるのに、どうして家族の事を考えようとしたら頭の中に霧がかかったみたいになったんですか?それに、今は普通に思い出せるのはどうしてですか?」


矢継ぎ早に聞く私を、由羅さんは困った様な顔で見つめていた。

けれどそれは「この人は何を言ってるんだ」と言う不審な表情ではなく「どう答えれば良いのか」と悩んでいる様な顔に見える。


「……私も、ここカエルムに来た直後は香音さんと同じ様な違和感を感じてました。控室に通されて例の日誌を読んでいる時も、何かが足りないって感じてた。だけど、日誌の途中辺りからその違和感は消えて行きました」


「え?でも、今……」


「えぇ。それはきっと、この場所に関係があるのかもしれません。王宮ここは言わば聖域になりますから、干渉が緩和するんだと思います」


「干渉が緩和……?」


そこまで言った後、由羅さんは何かを考える様に目を伏せた。

そして、暫くしてからゆっくりと顔を上げ、私を真っすぐに見つめて来た。


「香音さん。私も全てを知ってる訳ではないんです。それでも皆さんよりは真実に近い位置に居るとは思いますけど、弥生さんと同じくそれを口にする事は許されていません。でも、香音さんの場合は恐らく特殊だから……」


「特殊?」


「香音さん。これから聞く話は、貴女の中だけで留めておいて下さい。良いですか?それでも私の知っている全てを話す訳では無いですが」


私は少し迷ったけれど、大きく頷く事でそれに応えた。

聞かないよりは聞いておいた方が良いと思った。例えそれを、誰にも相談出来ないとしても。

デューと夫婦として暮らすのか、それを拒みこの世界で一人生きていくのかどうか、の判断材料にはなると思ったからだ。


「先ず、縁談相手が出身地に関係しているのは本当です。ただ、召喚時にどう選別しているのか原理までは不明です。香音さん、貴女の旦那様候補は拷問官のデューティ・ルルスですよね?」


「はい……」


「召喚者は古代の一国、つまり各都道府県で一人と言うのも本当。そして、召喚される直前に全員が自転車に乗っていたというのも偶然ではありません。ですが、何故自転車に乗ってた人が呼ばれるのかは本当に分かっていないんです。車輪の回転時の衝撃波と召喚文言の波動が合ったのではとも言われてますが、これは検証のやりようが無くて……」


――自分が召喚された時の事を今一度、思い返してみる。

遅刻したくなかったから凄いスピード出して自転車漕いでて、そしたら急に光に包まれて気付いたら神殿にいた。

……駄目だ、何の参考にもならない。


「先程、言いましたよね。”こっちに来た直後は違和感を持ってた。けど、暫くしたら違和感は消えた”って」


「はい。日誌読んでる内に、って……」


「……それは、途中まで私も今の香音さんと同じだったからだと思うんです。その時点では、完全には召喚条件を満たしていなかった。それが、日誌を読んでいる間に召喚条件を完全に満たしたんだと思います」


え?どういう意味?

”今の私と同じ”?”完全には召喚条件を満たしていない”?


どうして?広島県出身は私一人だし、自転車にも乗ってた。

今一つ釈然としないけど、旦那様候補は拷問官だから弥生さん曰く「仁義なきアレ」関連なんだろうから、出身地にもちゃんと関りがある。それでもまだ、召喚条件を満たしてない可能性があるの?


「カエルムに召喚された時点で、精神に作用する言語翻訳魔法が干渉し、それに伴い家族への想いは薄れる様になっています。召喚者の心身に負担をかけずに”第二の人生”を歩んで頂く為に。既婚者や想い人が居る人が召喚されないのはその為です。ですが、召喚条件を満たしきっていないと、その干渉が安定しないのではないかと……」


「その召喚条件って言うのは?」


「……」


由羅さんは答えてくれない。これは教えては駄目な部分なのね。

彼女の立場も分かるけど、今はそれが一番肝心なのに、と私は苛立ちを隠せなかった。

だけど、これで私の身体の不調の意味が分かった。

と言う事は、私が召喚条件を全て満たさない限り、これからもあの違和感は続くと言う事なのだろう。


そこを理解した途端、私の胸の中にどうしても聞きたい疑問が沸き起こって来た。

ひょっとしたら、これこそ聞かない方が良い答えかもしれないけど。


「……あの、元の世界に戻れる可能性はありますか?」


「私含め、他の皆は無理です。ですが、香音さん貴女は……貴女は正直わかりません……」


「え!?」


どうせ答えられないのだろうと思って聞いたのに返って来た答えに私は驚き固まってしまった。

帰れるかもしれないの?私だけは?どうして?


「由羅さん、それってどういう意味ですか?」


由羅さんは無言のままで首を振る。

その姿を見て詰め寄ろうかと思ったけど……止めた。

恐らくだけど、この情報も「話しては駄目」の部類だったのではないかと思う。

でも由羅さんは話してくれた。その信頼を仇で返す様な真似はしたくない。


「いえ……いえ、ここまでで十分です。ありがとうございました」


私の言葉を聞いて、由羅さんはホッとした様に笑った。

私も、彼女の顔を見ながら微笑み返した。


王太子妃として生きていくしかない彼女が、唯一素が出せる貴重なこの時間。

居たたまれない気持ちのまま、終わらせる訳にはいかない。それにもう、十分情報は貰った。


「由羅さん、せっかく”お茶会”にお招き頂いたんですもの、お茶を頂いても良いですか?」

「はい!ウフフ、この焼き菓子とっても美味しいんですよ!」


――それから、私達はお茶を飲みながら色んな話をした。


王太子様の印象を聞くと「決して面白いタイプじゃないし面白くある必要も無いのに、無理に面白い事を言おうとするのが腹立つ」と由羅さんは真顔で言い、私は大爆笑をした。


「香音さんは大学では何を専攻してらしたんですか?」

「経済学部。だから銀行に就職したの」

「良いなぁ。私、大学受験直前でドジ踏んじゃったから。サークル活動とかにも憧れてたんだけど……」

「サークルね。私、先輩に強引に勧誘されて”ラテン語研究会”なんてものに入れられちゃったんだけど、2回だけ顔出して直ぐに行かなくなっちゃった」

「やだー、何それつまんなそうなサークルー!」


――いつの間にか、互いに口調も砕けて話していた。


由羅さんにデューの印象を聞かれ、「心優しいピュアな変態」と答えると、由羅さんは身体を二つ折りにして笑っていた。


「しょっちゅうスカート捲ろうとするし庭で草抜きしてるとパンツ覗こうとするし、私が触ったものとか後で舐めてるみたいだし」

「ヤバい!それヤバくないですか!?」


由羅さんと二人で笑い合いながら、私はこの世界に来て初めて心から笑った様な気がした。



「由羅さん、今日はありがとう。すっごく楽しかった!」

「こちらこそ、楽しかったです!銀行に就職希望される時には私を訪ねて来て下さいね?紹介状をお渡ししますから。他にも何か困った事あったら絶対に来て下さい!遠慮はナシですよ?」

「うん!ありがとう!」


――ちゃっかり就職の話もしながらお昼過ぎまで喋りたおしていた私達は、遠慮がちにノックして来た執事さんの登場で我に返った。

王太子妃である由羅さんは実はとても多忙なのだ。


「ではこちらへ、カノン様。ご自宅までお送り致します」

「はい、よろしくお願いいたします」


深々とお辞儀をした後、執事さんに見えない様にこっそりと手を振った。

由羅さんも、小さく手を振ってくれた。


そして背を向け、執事さんの後を歩き出した途端「香音さん!」と由羅さんが声をかけて来た。

振り返った私の視線の先には、怖い位に真剣な表情をした由羅さんの顔。


「由羅さん……?」


「香音さん!世界の数は無限にあるんです!ですから、それに付随するものだって……!」


由羅さんは、そこで言葉を切った。

正直、彼女が何を言おうとしたのか今の私には全く分からない。

けれど、大事な何かを必死で伝えようとしてくれている事は分かった。


今は意味が分からなくても、その思いには応えたい。


私は由羅さんの瞳を真っすぐに見つめ、そして大きく頷く事でそれに応える事にした。



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