15・旦那様(仮)とお買い物~2回目~
私は隣を歩く旦那様(仮)をチラリと見上げる。
その喜色満面、と言った様な顔を目にすると、一気に疲労感が込み上げて来た。
さぁどうしよう。最悪ドレスは良い。
王宮に着て行く物なのだし、幾ら彼のセンスがアレでもそれなりのものを選んでくれる筈だ。
問題は私服。
因みに今、彼が着ているのは肩口が大きく露出したシルクっぽい手触りの黒の上衣に細身の皮パンツ。
ラメの入った短めの巻きスカートの様なものを重ね着し、相変わらず踵の高いショートブーツ。
今回はかなりまともな服装だ。
って言うか、私が彼の私服の中から選んでコーディネートしてあげた。
そして私は、紺色のフリルブラウスに臙脂色のスカート。
緑のベルトに緑のヒール。
「カノンは可愛いけど、僕は地味じゃない……?」
彼はそうブツブツ文句を言っていたけど、いやいや、十分派手だと思うよ?
◇
「カノン!先にドレス見ようか」
「うん……んん……!?」
おすすめのドレスショップあるからねー、と言われついて行ったお店。
ショーウィンドウを指差され、それに目を向けた私は思わず硬直してしまった。
ここ、絶対昼間に着る用のドレスショップじゃないよね!?
キャバ嬢とかが着る奴だよね!?いや、昨今のキャバ嬢はもっとセンス良く品の良いドレス着てる!
だって何かもう、色々と露出が激し過ぎない!?
「デュー……このお店って」
「うん。ウチの職場でパーティーある時に女性陣が良く買いに来てるみたいなんだ。局長やミアリーも常連客だよ?じゃあ入ろうか、えーっとカノンに似合いそうなのは……」
「待って!待って待って!」
驚愕の余りに、何処かで聞いた様な台詞を叫びながら旦那様(仮)の腕に取り縋る私。
いや無理。無理過ぎる。
自分で言うのも何だけど、私は別に太ってはいない。
けれど、目を見張るほどスタイルが良い訳でも無い。
そんな私が、あんなパーフェクトボディーの二人が着てるようなドレスを平気な顔で着られる訳がないではないか!
「デュー!聞いて!」
「なに?」
私は気持ちを落ち着かせる為に、一度大きく深呼吸をした。
「あのね?このお店のドレス、とっても素敵だけど私達の世界ではちょっと派手過ぎるの。少なくとも王族の前になんて絶対に着て行けないデザインなの。王太子妃は日本人だから、私非常識な女だって思われちゃう。それはすっごく困る」
「えぇ!?……そっか。仕方ないな。じゃあどういうのが良いの?」
私は細かく、希望するドレスの説明をした。
余り露出の激しくない、日本で結婚式に着て行けそうなドレスのデザインを懸命に伝える。
それなら私も恥ずかしくないし王太子妃にも変に思われないと思う。
「……ニホン人って、地味なんだね」
「そ、そうね……」
(いやいや、普通じゃと思うよ)
――結局、このお店では淡いブルーの膝丈のドレスに露出を抑えるレースの羽織り物を買って貰った。
胸元の切れ込みの深さは羽織り物をブローチで留めて誤魔化す。
黒の透かし柄のタイツと青のヒールも同時に購入し、我ながら完璧なコーディネートが仕上がった。
「うん、とっても可愛いよ!凄いね、地味かと思ったけどドレス着てるカノン見たらドキドキが止まんなくなって来た。今夜は僕、さっきのカノン思い出しながらするね!」
……おい、真っ昼間からド変態発言は止めろ。
そして店員が微笑ましそうにこっちを見ているのが痛い。
「ありがとう、デュー」
しかしこの後は本番の私服購入が待っている。
ここでご機嫌を損ねる訳にはいかない。
買って貰えないのが心配なんじゃなくて、変な服を買われたら困るからだ。
「フフ、じゃあこの後は普段着る洋服買いに行こうね?今度こそ僕が選んであげるから。良い?それで毎日毎日毎日、僕に抱き締められてるつもりでいてね?」
「う、うん。嬉しい……」
――その単語を3回繰り返して言う癖、ホントに止めてくれないかな。
◇
右手にドレスと靴の入った紙袋を持ち、左手で私の手を握っているデューはとっても楽しそうだ。
私も楽しくなくはないけど、やっぱり人目が気になってしまう。
大丈夫かな、彼。
こんなに綺麗な顔なのに、私なんかと手を繋いで歩いてて恥ずかしくないのかな。
ううん、恥ずかしくないからこそ手を繋いでるんだろうって言うのは、頭では分かってる。
分かっているけれど、どうしても気持ちがついていかないのだ。
あの時の事が、頭を過ってしまうから。
◇
異世界に来る数日前、勤務先の銀行をメインバンクにしている化粧品会社の若社長が、たまたま応対した新入行員の私を見る目が熱かった、と先輩達がいじって来た事があった。
とても頼りがいのある先輩達で、それは緊張し過ぎて社長のスーツの膝に少しお茶を溢してしまった私をフォローする為に言ってくれた言葉だった。
社長は笑って許して下さったけど、私はその失敗に打ちひしがれてしまっていたのだ。
そんな私を見兼ねて、先輩達は一生懸命慰めてくれていた。
『蘭程度の顔で社長に見初められる訳ないだろ!?下らない事言ってる暇あったら仕事しろよ!』
そんな中、そう怒鳴って来たのは私の研修指導をして下さっていた直属の先輩だった。
そして、私が密かに想いを寄せていた人。
――的確で分かりやすい指導に、親身になって相談に乗ってくれる優しい所が好きだった。
垂れ気味の目も、穏やかな笑顔を常に浮かべている太陽の様な温かさも好きだった。
全部、大好きだった。
先輩は素敵な人だったから、お客様にもモテていたし取引先からもお見合い話を持ちかけられたりもしていたし、私は別にお付き合いできるかもとか、そんなのを期待してた訳じゃない。
だけど、実は先輩に容姿を見下されていたなんて夢にも思っていなかった。
ショックで逆に涙も出ず、私の恋心は一瞬にして粉々に砕け散ってしまった。
それから私は、先輩の顔を以前の様に真っすぐ見られなくなり、自分の顔も怖くて見られなくなった。
銀行員は身なりをきっちりとしていなくてはいけない。
毎朝のお化粧や髪型には勿論気を配っていたけれど、自分に対して自信というものが全く無くなってしまったのだ。
そして異世界召喚される前日の夜、いきなり先輩に食事に誘われた。
「……話したい事があるから」と言う簡潔なメールを見た時、私はひょっとしてこの間の事を謝ろうとしてくれているのだろうか、と思った。
お客様の目につかない場所とは言え、何たって人前で容姿を貶められたのだから。
そして暫く考え、結局私は適当な理由をつけてお断りをした。
こんな可愛くない顔の私が、先輩と食事に行ったりして迷惑がかかってはいけないと思った。
家に帰ってからも先輩からは何度か着信が来ていたけど、全て気付かないフリをした。
気持ちが落ち着かなくてその日はなかなか眠れず、やっと眠れたかと思いきや逆に寝坊してしまった。
そこで滅多に乗らない自転車を引っ張り出し、周囲を良く確認する事無く平和公園を疾走していた結果がコレなんだけど。
(あん時ちゃんと周りを見とったらなぁ……召喚魔法陣的なものが確認出来たかもしれんし、そしたら回避だって出来たんじゃろうなぁ……)
正直いつまで引き摺っているのだ、と思う。
想い人が居る場合は召喚対象にならない。けれど私はカエルムに召喚されている。
だから先輩への想いはあの時に壊れて無くなっている筈なのに、容姿に対するコンプレックスだけは壊れる事無く残ってしまっているのだ。
――詰まるところ、今の私はとても捻くれてしまっている。
ちょっとは可愛く見えてるかもとうっかり思っていた自分が、実は好きな人に好いて貰えなかったレベルの女なんだ、という思いがどうしても拭い去れない。
私は、こんな夢の様に美しいデューの隣を歩いていられる様な人間ではない、としか思えないのだ。
繋いでいる手は温かい筈なのに、私の心は冷たい痛みをいつまでも抱えていた。
◇
「カノン!次はこれ着て!」
「はい……」
あぁ、さっきまで私、昏い感傷に浸っていた筈だったのに。
今はデューの言いなりになって筆舌に尽くしがたいデザインの服を何着も試着させられ続けている。
試着室の鏡を直視しない様にしながら、「フォーマルなボンデージ」としか表現出来ない様な革と鎖とラバーの様な素材が組み合わさったかろうじて「ワンピース」と呼べる形状の服を着て行く。
「うぅっ……キツい……」
「お客様、サイズはそれでピッタリですわ!こちらのお召し物はギリギリお一人で着られるサイズがベストですの!因みにお一人では脱げませんので、そこは旦那様に手伝って頂いて……」
「いや待って脱ぎます。迅速に手を貸して下さい店員さん!」
――そしてこのお店では、本当にデューの独断で選ばれたお洋服を全部買って貰った。
……”買われてしまった”と言うのが正確な表現ではあるけど。
嘘泣きまでして、もっとまとも……もとい自分の好みなデザインのお洋服が欲しいと頼んだのにデューは珍しく聞く耳を持ってはくれなかった。
ただ、コーディネートは好きにして良いと言われたから「もう一軒行って良い?」とお願いをし、そこでシンプルなお洋服とちょっとしたアイテムをまた何点か買って貰った。
ここで買って貰った服と上手く組み合わせていけば、何とか表を歩けるレベルにはなると思う。
後、残った問題と言えば店員さんがうっかり「奥様の今日のお洋服に最適ですわよ!?」とデューにチラ見せし、それに乗せられた彼がホイホイと買った銀色の13㎝ヒールを履いて家に歩いて帰る事だけだった。
私の持っているヒールで最も高いのは10㎝ヒールです。




