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14・王宮からの招待状


異世界の神聖王国カエルムに来てから丁度2週間が経過したある朝、家の郵便受けに手紙が届いていた。

何だか良く分からない紋章の様なものが描かれている封蝋で封をされたその手紙を、私は出勤前のデューティさんに見せてみた。


「……王宮からだね」

「王宮!?」


どうしていきなり王宮から手紙が?

暫く首を捻って考えている内に、ふと成美なるみさんの言葉を思い出した。


『その内、由羅ゆらから接触を図って来るだろ』


由羅さん。

私と年が近いと言う、京都出身の王太子妃。

ではこれが、由羅さんからの”接触”なのだろうか。


「……開けて見ないの?」

「え?あ、うん、後で見る。お見送り終わってからね?」

「……今見て」


珍しく強い口調で言うデューティさんに気圧され、仕方なく封蝋をパキリと割った。

手紙を開けると同時に、中からふわりと良い香りが漂って来る。

何だろう、この香り。お香?


入っていた艶々とした質感のカードを取り出し、書いてある内容を読む。


あららぎ香音かのん様』から始まるそれは全文日本語で書いてあった。

それは、明後日お茶会を開くので是非お越し下さい、と言う丁寧な文章から成る招待状だった。

当日はわざわざお迎えを寄越してくれるらしい事も書いてある。


「ねぇ、何て書いてあるの?」


不審な眼差しで聞いて来るデューティさん。私が手元にカードを握り込んでいたせいで、よく見えなかったらしい。


「王太子妃からの、明後日のお茶会への招待状。デューも知ってるでしょ?王太子妃も日本人だから。私、行って来るね。彼女はこの国に近い存在だから色々お話聞きたいし」


因みに、彼に「”デューティさん”って他人行儀な呼び方は止めて」と懇願され、それから私は彼を「デュー」と呼んでいるのだ。


「……そう。僕は行かないで欲しいけど、カノンが行きたいなら良いよ」

「え?どうして行かないで欲しいの?」

「ねぇ、”色々”って何を聞きたいの?どうやったら僕と結婚しないで済むか、とか?それとも元の世界に帰る方法?確かに僕達一般人は知らないけど、王族は何か知ってるかもしれないもんね?もし何かを知ったらどうするの!?カノンは、カノンは僕から――!」


段々と声を荒げて来る彼に、正直私は戸惑っていた。

だって私、そこまで複雑な事考えてなかったもの。

正式に結婚するかしないか、は1ヵ月後に答えを出そうと決めているし、単にこの国について知りたかっただけなのに。

それと後、お仕事の相談とか。


「元の世界に帰る方法」なんて考えもしてなかった。

確かに、この召喚縁談を始めたのはそもそも国な訳だからその辺りの事を知っていてもおかしくはないかも。


「あの、私別にそういう事知りたい訳じゃないから……」


おずおずと彼に声をかけると、彼はハッとした様な顔で私を見下ろしていた。

そして直ぐにばつの悪そうな顔になり、「ごめん……」と小さく謝ってくれた。


「僕、今とっても幸せなんだ。これが仮の生活だなんて思いたくない位、毎日が幸せで楽しい。この生活を失うなんて、カノンが側に居ない生活なんてもう、僕には考えられない」


「……」


今の私は、その真摯な言葉に対してどう返して良いのか分からない。

自分でも厄介な性格だとは思うけど、知れる情報は全て手に入れてその上で自分で判断したいのだ。

だから、約束の1ヵ月後までは待って欲しい。

貴方の望む言葉をあげられるかは、分からないけれど。


デューティさんは無言だったけれど、これ以上待っても私からは何も言って来ないと判断したらしい。

小さく溜息を吐くと、私に向かっていつもの笑顔を向けて来た。


「……行って来るよ」

「あ、はい。行ってらっしゃい」


いつもの様にお弁当を渡し、背伸びをしてちゅ、とキスをする。


「ん。ありがと」


最近は、”行ってらっしゃいのキス”の後にお返しと称して頬と首筋にキスして来る様になった。

そこまでは契約に入っていないんだけど、”首筋の匂いを嗅ぐ”のはOKにしてしまっているので今更か、とこれはスルーしているのだ。


手を振り彼を見送った後、私は家事をするべく家の中に舞い戻った。



********



そして翌日。

いつもの様にお弁当を作るべく朝早く起きようとした私は、起きる事が出来なかった。

何故ならデューティさんに腰をがっちりと抱き締められていたから。


仮結婚に際し「同じベッドで寝る」事に対しては了承したものの、内心は戦々恐々としていた。

だけど彼はそんな素振りを一切見せる事は無かったから、全く貞操の危機は感じていなかった。

うーん、これは完全に油断をしてしまった。


「あ、あの……」

「んー……おはよう。カノン……」

「おはよう、デュー。えっと、手を離してくれないとお弁当作れないから……」

「あぁごめん。言い忘れてたね、今日は休みだからお弁当はいらないんだ」


え?お休み?何で?昨日はそんな事言ってなかったのに?

と、沸き上がる疑問は一先ず置いておいて、私はさり気なく身を捩る。

この体勢はちょっとマズい気がするからだ。


「デュー、手を離してくれる?」

「どうして?」

「ど、どうしてって……」


――嫌だから、じゃあない。

それは本当に違う。何て言うか、正確には今の所は嫌ではない。

ただ、落ち着かない。


「あ、あのね、喉渇いたの。お水飲みたいから」

「……そう。じゃあ仕方ないな。まぁ良いけどね、いつもの様に寝顔はいっぱい見られたから」

「っ!?いつも寝顔見てるの!?」

「当たり前でしょ?だってカノンが僕と夫婦っぽい事するの禁止事項に入れちゃったから。僕、一人でどうにかするのにカノンの寝顔見ながらやってるんだもん」


もん、言われても。

って言うか、そういう事を私に直接言わないで欲しい。複雑な気持ちになるじゃない。

私は急いで起き上がり、喉は渇いていなかったけれどそう言ってしまった手前、台所へ向かった。


「デュー!お茶飲むー?」

「飲むー」


せっかくだから詩織さんのお店で買った緑茶でも淹れようかな。

そう思いつき、詩織さんデザインの可愛らしい茶筒を棚から取り出し、お茶の葉を直接ポットに入れた。

そうだ。詩織さんと言えば、紅茶店店主の旦那さんがもうすっごく格好良かったなぁ。

筋肉質でがっちりしてて、逞しくて頼りがいがありそうで――


「カノン」

「きゃあっ!」


いきなり声をかけられ、ビクリと身体が震えたのと同時にお茶葉を少し溢してしまった。


「もう、いきなり声かけないでよ。吃驚するじゃない」

「……カノン。今何考えてたの?」

「え?」

「今、僕じゃない男の事考えてなかった?」


……鋭い。そして怖い。

ピンポイントで言って来るの、本当に心臓に悪い。


「べ、別に何も考えたりなんかしてないけど?」

「そっか。僕の気のせいなら良かった」


ごめんね?疑って。

そう言いすまなそうに微笑む彼に何とか笑い返しながら、私は先程から思っていた疑問を口にする。


「あの、どうして今日いきなりお休みなの?昨日はそんな事言ってなかったでしょ?」

「うん、吃驚させようと思って。お休みを取ったのはね、お買い物に行く為だよ」

「お買い物?」


デューティさんは差し出したお茶を一口飲み、「美味しい」と褒めてくれた。

そして何処か悪戯っぽい顔で私の事を見つめている。


「なぁに?何か言いたい事あるなら言って?」


「カノン、明日は王宮に行くんでしょ?王太子妃に会う用のドレス、持ってる?」


……。

やだ大変。肝心な事を忘れてたわ私。

そうよね、王族に会うのに普段着じゃ駄目に決まってるじゃない……!


「ど、どうしよう!」

「フフ、だからね?今日はそれを買いに行こうかと思って。僕がカノンに似合う可愛いドレスを見繕ってあげる」

「え、本当!?ありがとう!」


――いや、お金出してくれるだけで良いんだけど。


だってこの人、正直私服のセンス悪いと思うもん。

似合ってるけどね?でも、男性に着て欲しい服、私もう少し大人しめなのが好みなんだ。

貴方が来てるような服、漫画でしか見た事無いよ。


「じゃあ、朝ご飯終わって少ししたら出かけようか。楽しみだなーカノンとのデート。カノンはドレス以外の普段着もあんまり持ってないからね、それも僕が選んであげるね?」


「あ、う、うん……」


お揃いの服とか良いなー、と弾んだ声で呟いているのが聞こえ、私は心底戦慄した。


(そんなん着たら、一生外に出られんわ!)


だからお金だけ出してくれれば良いんだってば。

……と心の中で叫びながら、私はペアルックを回避する方法を脳内で必死に検索していた。



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