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13/32

13・予想外の27年


盗み聞きは良くない、と思いつつもつい会話に耳を傾けてしまう。

成美さん、直ぐに私が居るって言わなかったって事は、もしかして私がもう一つ抱えているモヤモヤに気付いたとか……?


「ルルスさんよぉ、アンタ何をそんなに焦ってるんだ?香音が家に居ないってんなら、どっかそこらで倒れてるかもしんねぇだろ?わざわざ俺の所に来て騒ぎ立ててる場合じゃないんじゃねぇか?」


「……守護憲兵の警邏けいら部にはとっくに聞いた。この近くに詰め所あるでしょ。そこの警邏隊がここの目の前に居るカノンを見かけたんだよ」


守護憲兵って、確か警察みたいなものなんだよね?その詰め所か……交番みたいなものなのかな。

あーもう、ちゃんと周りを見ておけば良かった。


「で?何がそんなに不安なんだ?」

「不安に決まってるでしょ!?キミは体調の悪い奥さんが行方不明になっても気にならない訳!?」

「そうじゃねえよ。アンタの不安は別の所にある。違うか?」


デューティさんの別の不安って何だろう。


「……カノン、俺の事何か言ってなかった?」

「何かって何だよ」

「だから!俺の事が頼りないとか情けないとか失望したとか、そういう事だよ!」

「そう聞くって事は、頼りなくて情けなくて失望する様な所を見せたのか?」

「そ、それは……!」


口籠り、俯くデューティさんを成美さんは呆れた様に見ていた。

彼が何を言いたいのか良く分からないので、私も暫し考えてみる。


頼りない所は、別に無かった。

部下には慕われてる感じだったし、私には理解出来ないけど”拷問の腕前”自体は凄いみたいだし。


情けない所も、特に無かった。

尋問されてた大臣さんは情けなかったけど。


失望だって、特には。

………。

……いやそれは、だって、昔の恋人が上司とか聞いてないし。

私しか目に入らないみたいな雰囲気出したり言ったりしといて、昔の恋人と見つめ合ったりするなんてそんなの女としてのプライドが傷つくじゃない。

そう、それだけなんだから。


「……俺達拷問官は、初めての任務の時は必ず直属の先輩が指導に当たるんだ。でも、学校での成績が優秀だったりした者には気まぐれで局長や副局長が直接指導にあたる事もある。俺は、運良く局長の目に留まった。だから初めて拷問官としての任務を果たす時、局長が直々に指導してくれた。でも結果は惨憺たるものだったよ。そこから自分で独自に反省点を踏まえ、次は失敗しない様に努力した。お陰で局長にも褒めて貰える位に成長したつもりだけど、正直当時の事は思い出したくないんだ」


――え。

「初めての相手」って。「初めての(仕事する時に指導員を務めた)相手」って事?」


そこで局長さんの言葉を思い出す。


『最初は震えて(被疑者の)身体に触れる事も出来なかった』

『(尋問の)飲み込みが早くてあっという間に(指導員の自分を抑え)逆転して来た』

『アイツ(尋問の腕が)最高だろ?』


もしかして、こういう事だったの……?

だとしたら私の嫉妬は見当違いで、いや嫉妬じゃないんだけど、でも、あの……。


「……俺は、カノンには格好良い所だけを見てて欲しかったのに。局長が、昔の俺が震えてたとかそういう情けない部分をカノンに話したりするから。だからカノンは俺の事を嫌いになったんじゃないかと思って……」


しょんぼりと話すデューティさんを、成美さんは私に向けたのと同じ位の呆れ顔で見つめていた。


「ハァ……何つーか、お前らある意味似た者夫婦だな。片や相手の上っ面しか見ない。片や相手に上っ面しか見せようとしない」


「え……?」


「アンタのその”俺”って言い方。どうもしっくりこねぇんだよなー。何か無理してるっつーか演技っぽい喋り方っつーか。お前が本音で迫ってないのに、香音が本音で向かって来る訳ないだろ」


……そういえば確か、拷問中はデューティさん自分の事「僕」って言ってた。

それに、別の所でも「僕」って聞いた気がする。

そう考えると、デューティさんには「俺」よりも「僕」の方が合ってる気がする。


「そ、それは……!その方が男らしくて良いかと思って!だって僕、27年間女の子と付き合った事一度も無いし!」


「嘘!!」


あ。驚きの余り声出しちゃった。

本当に!?本当にその見た目で彼女いない歴年齢なの!?

って言うか彼の年齢を今知った!


「カノン!?」


お店と居住区を分ける扉の内側に隠れていた私は、あっさりとデューティさんに見つかってしまった。

慌てている間に、彼はこっちに駆け寄って来る。

そして腕を掴み引き寄せられ、ぎゅうぅ、と力任せに抱き締められた。


「ちょっ……!い、痛い痛い……!」

大量の荷物に加え5キロのお米を軽々担いでたパワーで全力は止めて――!

片手で背中をパシパシ叩いても、全く気づいて貰えない。


「カノン、カノン大丈夫?気持ち悪くない?気分は?」

「え、えぇ大丈夫……歩いてる内に楽になったから。あの、デューティさんお仕事は?」

「うん、今日の分はもう終わったんだ。カノンが心配で、早く帰りたかったから頑張って来たんだよ?あ、お弁当はちゃんと食べたからね?」


あぁ良かった。

「ラブランチ」から「お弁当」に言い方を矯正させた甲斐があった。

ちゃんとスムーズに「お弁当」って言えてる。


――じゃなくて。


「ごめんなさい。私、局長さんに失礼な事をしちゃった……」

「ううん、気にしないで。局長も心配してたよ?それに、ミアリーもネイランドもバージルも」


ホント最悪。私って最低。

仮とはいえ、旦那様の上司のお誘いを仮病で断り仕事仲間の皆さんに碌に挨拶もしていないなんて。

それが、何だか良くわからないヤキモチ風な感情に囚われてしまったからだなんて。


抱き締められたまま落ち込んでいると、黙って見ていた成美さんと目が合った。

成美さんの目は今まで通りの、何かを面白がる様な色を浮かべている。


「上っ面しか見ない」「上っ面しか見せようとしない」か。

何だか成美さんには、色々見透かされてそうで困る。

単に私が、単純で分かりやすいだけなのかもしれないけど。


「ルルスの旦那。香音は今ウチで昼飯中なんだよ。アンタはもう済ませたんだろ?なら、茶でも飲んでくか?昨日嫁さんが焼いたクッキーもあるぜ?」

「……飲んでく。クッキーも食べる」

「そうか。じゃあ嫁さんに用意して貰うよ。そうと決まったら早く奥行こうぜ。俺はもうさっきから腹減って死にそうなんだ」


そう言われれば、私もご飯まだ途中だった。

せっかくお肉揚げたてだったのに、きっと冷めちゃってるだろうなぁ。

作って下さった奥様に申し訳ない事しちゃった。


そして再びアンダーソン家の居住区に舞い戻った私は、新しくお肉を揚げておいてくれた奥様のお陰で温かいご飯と熱々の料理を楽しむ事が出来た。


デューティさんは緑茶とお漬物のコンビネーションに興味が津々で、「帰りに買って帰ろうね?」と嬉しそうにしていた。



「成美さん、奥様。今日はありがとうございました」


話し込んでいる内、結局何だかんだ夕方まで居座ってしまった。

デューティさんは成美さんにすっかり心を許したのか、二人で色々な話をしていた様だった。

一人称も、いつの間にか「俺」から「僕」に戻っていたし楽しそうに笑う彼の横顔は、これまでの様な研ぎ澄まされた美しさではなく、何処か柔らかな美しさに変わっている様な気がする。


「俺はずっと店に居るからな、何かあったらいつでも来いよ?香音、お前は時々嫁さんの相手してやってくれ。ウチは子供男二人だし、もう結婚してここには住んでないからな。それに異世界こっちは日本みたいに”実家に帰省する”って概念が無いから向こうも用がなきゃ来ねぇし、子供や孫に会いたきゃこっちから行くしかねぇ。とは言え忙しくてな、なかなか会いに行けない分退屈してんだよ」


「カノンちゃん、約束よ?また遊びに来てね?」


「はい是非!ありがとうございます、エナさん」


見送ってくれる二人に手を振り、私達は緑茶を買う為に街の中心地に向かって歩きだした。

お漬物は奥様の手作りだと聞いて彼は驚いていたけど、教えて貰って今度作ってあげる、と言うととても喜んでいた。


緑茶の買えるお店の場所は、成美さんに教えて貰った。

因みに、詩織さんの嫁ぎ先の紅茶屋さん。せっかくだから紅茶も買っておこう。


そんな事を考えながら、私は彼に気付かれない様にそっと横顔を見上げた。


サラサラした長目の黒髪。高い鼻梁に、濡れた様に光る艶々した唇。

夕日の紅色に負けない、濃く深い深紅の瞳。


相変わらずの、白皙の美貌だ。


それでも、当初抱いていた様なある種の劣等感混じりの拒否感はほとんど湧いて来なかった。

成美さんと、話したからなのか、それとも別の要因なのか。


私は、今後どうしたいのだろうか。

彼が気に入ったのなら、直ぐにでも弥生さんに言って正式に手続きをすれば良いだけの話なのだ。

どうする?そうする?

だって、認めたくないけど他の人に嫉妬しちゃう位には気持ちを持ち始めてるんじゃないの?


(……ううん、まだ時期尚早な気がする。多分、ここで安易に決めたら後で後悔しそうな気がする)


1ヵ月後までにはまだ時間がある。

後悔しない様に、落ち着いて行動しなきゃ。


――その時の私は、分かっていなかったのだ。

行動をし、何かにぶつかって始めて、人はそれが「後悔」だと言う事を知る。

元から”そこにある”訳ではないのだから、そもそも避けて通れるものではないのだ。


「後悔の無い人生」を送るというのは実際にはかなり難しいと言う事を、私はまだ理解してはいなかった。



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