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12・嫉妬なんかじゃない


「シ、シグルズ局長……」


ミアリーさんの震えた様な声が耳に聞こえる。

局長って事は、ここで一番偉い人?


「アタシはモレリア・シグルズ。拷問局の局長やってる。因みにアンタの旦那の初めての相手」

「初めての相手!?」

「きょ、局長、それは……!」


珍しく焦った様な顔のデューティさんが、私の方に向かって走って来る。


”初めての相手”って、そういう事?

……そっか。そうだよね、あんな綺麗な男の人がこれまで女性経験無いなんて事ある訳ないもの。


だから何?

私には何の関係も無いじゃない。

うん、むしろ良かったよ。私が居なくなっても彼には慰めてくれる人が周りに沢山居るのが分かったから。


「最初は震えて身体に触れる事すら出来なかったのに、色々飲み込みが早くてね、ずっとアタシが主導権握ってたのにあっという間に逆転されちゃって。だからアイツ、最高だろ?」


ものすっごい赤裸々な事を言われてる筈なのに、美人が言うといやらしく聞こえないのはなんでだろう。


「えっと、そ、そうですね……」


最高も何も、私達は仮結婚中だから所謂「夫婦生活」ってやつはこなしてないんですけどね。

……別にどうでも良いけど、そんなの。私関係無いし。

何となく込み上げて来た不快な気持ちを持て余しつつ、そっとデューティさんの様子を窺う。


――彼は頬を赤く染めながら、不貞腐れた顔で局長さんを見ていた。

私の腕を掴んだままの、びっくりする位の美女の顔を照れくさそうに、甘えた子供の様な顔で。


……へぇ。あぁそう。

そうだよね。「初めての人」って男女関係無く、忘れられないものだもんね。

経験無いから分かんないけど、私でもきっと忘れられないと思う。

おまけに、こんな目の覚める様な美人なんだもの、むしろ忘れる方が無理だよ。


ミアリーさんと言いこの局長さんと言い、こんな美女に囲まれ過ぎて感覚が麻痺してるんだね。

だからか。私の事やたら「可愛い」って言うのもそう言う以外に褒める言葉が無いからなんだ。

ううん、そんな風に言ってご機嫌取っておかないと異世界人の恩恵に与れないからかな?


――馬鹿にするのも大概にしてよ。


「私、疲れたので帰ります」

「何だい、良いじゃないか。せっかくあの堅物のルルスに嫁が出来たってのに……」


煩い!帰るって言ってるじゃない!

……と言いたい所をグッと飲み込み、「本当に申し訳ございません。実は先程からちょっと眩暈が」と嘘をついた。


「えぇ!?眩暈?それはいけないね、ルルス、ここはもう良いから奥さんについてておやり」

「ありがとうございます局長。カノン、大丈夫!?」


局長さんは私をデューティさんの方へ押しやる。必然的に私は彼に抱き締められる形になった。

彼の骨張った手の感触が妙に気に障り、私は彼の胸を軽く押して腕の中から抜け出した。


「大丈夫。一人で帰れるから、お仕事に集中して」

「嫌だよ!カノンを一人で帰らせるなんて出来ない」


心配そうな顔のデューティさん。

綺麗な顔を泣き出しそうに歪めて、私を心底案じた顔をしている。

大事な大事な、「異世界人」の私を。


「良いってば。私、お仕事きちんとやらない人って嫌い。お弁当だって作ったんだし、ちゃんと定時まで働いて帰って」

少々キツめに言い、駄目押しに彼の顔を下から見上げ睨み付ける。


「……わかった」

納得出来ていない様な、それでいて情けなさそうな顔をしながらも彼は小さく頷いてくれた。


「頑固な嫁だねぇ」


そう呟く局長さんの言葉を、聞こえないふりをしながら私は逃げる様にその場を後にした。



********



「はぁ、家に帰りたくない……」


私はデューティさんの職場を出た後、何をするでもなく街中をフラフラと歩き続けていた。

何となく、真っすぐ家に帰りたくなかった。

かと言って、まだお昼前なのだ。

ヤマトでご飯を食べるにしても早過ぎると思った。


家に帰った所でテレビも無いしネット環境も無いし、何にもする事が無い。

これはやっぱり、お仕事を探さないと駄目だよね。


「あー!こんな肝心な事を何でこの前聞かなかったんだろう!」


――そうだ。

聞けば良いじゃない。今からでも。

倭さんはきっと仕込みとかで忙しいだろうから、ここはやっぱり成美さんに聞くのが一番かも。


「うん、じゃあこれからアンダーソンに行こう」


そう考えると、ほんの少し気が楽になった。



「いらっしゃいま――、何だ香音か。どうした?米はまだあるだろ?」

「こんにちは成美さん。お米はまだ大丈夫です。あのですね、この世界でお仕事探す場合はどうすれば良いんですか?」


私の言葉を聞き、成美さんは驚いた様な顔をした。


「何でお前が働く必要があるんだ?旦那、高給取りだろ?」

「あー、えっと、まぁそうなんですけど……」


私は少し迷ったけど、成美さんには話をしておく事にした。

弥生さん以外の、他の日本人達には内緒にして欲しいと前置きをしてから、私達が実は仮結婚中である事と1ヵ月後に私は正式にお断りするつもりでいる事などを話した。


「成程なぁー、それでお前らのあの温度差の謎が解けたぜ」


成美さんは、最初に雑貨屋に私達が現れた時から何か変だなと思っていたらしい。

何でも、私の温度が低すぎると思っていたそうなのだ。


「お前、あの旦那の何が気に入らないの?」

「いえ、先ずは性格の不一致と言うか、考え方が大分違う所があって。それについていけなさそうなのと、一番は顔です」

「あの綺麗な顔が気に入らないってのか!?」

「綺麗過ぎるから嫌なんです!絶対に釣り合わないもん!私は程々が良いんです!」


成美さんは程々ねぇ……と言いながら、私の顔をじっと見た。

その目には、いつもの何か面白がる様な光ではなく明らかな軽蔑が宿っている。


「……お前さ、友達の紹介で知り合った男に”こんなブスとは付き合えない”ってフラれたらどう思う?」

「え?そ、そりゃショックに決まってるじゃないですか」


そんなの当たり前じゃない。

だって顔なんて生まれ持ったものなんだからどうにもならないし、それよりも内面を見る努力を――


――あ。これって私。もしかして。


「お前が今言った事はそういう事だよな?それともアレか?”ブスだから”ってのは相手を貶めてるから駄目で”綺麗だから”って言うのは褒めてるから良いって思ってるのか?それは違うぜ香音。相手を外見だけで判断して拒絶するのは、人として最低な事だ。”顔が綺麗過ぎるから好きにはなれません”なんて言われて、お前の仮旦那が傷つかないとでも思うか?」


「そ、それは……」


言葉が、出て来ない。

どうしよう。私、今凄く恥ずかしい。


「ま、それでも性格の不一致だけはどうしようもないからな。断るにしても正式に結婚するにしても、そこは良く考えた方が良いよ」

「は、はい……」


そうだよね。

断る時には、あのちょっと変態的な部分が合わないと言うのを強調しよう。

それでも、成美さんには言えないけどやっぱり容姿のレベルがかけ離れ過ぎていると女子としては辛い。

そこは男性の成美さんには理解出来ないのではないだろうか。


だから、それを口にせずに断れば良いだけの話だ。

私だって、傷つけない様に断るつもりではいたんだから。


「で、仕事だよな?何かやりたい仕事あんのか?」

「私、銀行員だったんです。だから金融関係とかが希望なんですけど……」

「銀行か。こっちの世界でもなかなか高給の仕事だからな、ちっと厳しいかもな。あぁでも、由羅ゆらの推薦状があれば一発か」

「ゆら?」

「ほら、京都出身の。王太子妃」


そっか、ユラさんって言うんだ。

でも流石に王太子妃にそうホイホイ会えるとは思えないけど。


「ま、仕事は1ヵ月後でも良いんだろ?それまでに由羅の方から何かしら接触図って来る筈だから、その時にでも頼んでみな」

「はい!ありがとうございます!」


同郷……と言うか同世界?だからって図々しいかもしれないけど、異世界ここで生きていく為だ。

もし、そのユラさんと会えるチャンスが来たら推薦状の件を頼んでみよう。


「さて、そろそろ昼だな。香音、お前昼飯まだだろ?ウチで食ってけよ。嫁さんの作る飯は抜群だから」

「わーい、ありがとうございます!」


良かった。

お話は終わったけど、まだ家に帰りたく無かったし。


「じゃあ表にコレかけといて」

「はぁい」


――成美さんに渡された”ただいま昼食中・ご用の方はベルを鳴らしてください”の札を表にかける。

そして私は、アンダーソン家にお邪魔させて頂く事にした。



成美さんの奥様は、橙色の髪に緑の瞳の、とっても可愛らしい感じの女性だった。


(確か、年上って言ってたよね)


むしろ成美さんの方が5歳位上に見える。

その奥様は、テーブルの上に次々と料理を並べてくれていた。


トンカツに似た揚げ物に、サラダに炊き立てのご飯。

良い香りのお味噌汁。色々なお野菜のお漬物。


「すごーい!お漬物まである!」

「うふふ、ナルミに教えて貰ったの。今は私の両親もゴハンとオツケモノに夢中なのよ?」

「うわー、私も教えて貰おうかな」


奥様ときゃあきゃあ話していると、急にチリンチリン、とベルの音が聞こえた。


「お、客か」

「珍しいわね。札かけていると何だかんだ気を使って誰もお店に来ないのに」

「ちょっと行って来る。先に食べててくれ」


そう言うと、ナルミさんはお店の方に行ってしまった。


「気にせず食べましょ。直ぐに戻って来るから」

「はい、いただきます」


――奥様の料理は本当に美味しかった。

成美さんにもその感動を伝えたいのに、何故かなかなか帰って来ない。


「遅いですね」

「そうねぇ。誰かと話し込んでるのかしら?」

「私、ちょっと見て来ます」


放っといて大丈夫よー?と言う奥様に軽く頭を下げ、住居側からお店の方に向かう。


「成美さー……」


「ねぇ!カノン居るんでしょ!?」


う、この声は。


「何でここに居るって思うんだよ」

「カノンはキミに心を開いてた!俺には見せてくれない顔を、キミには見せてた!カノン、眩暈で具合が悪いって言ってたんだ!なのに家には帰ってない!そしたらここしか考えられないだろ!?」

「はぁ……眩暈ねぇ……」


これはマズい。仮病がバレる。

どうしよう。

オロオロしている内にも、二人の会話は続いて行く。


私は焦りながらも、その場を動く事が出来なくなっていた。



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