01・都道府県で相手が決まる?
設定甘いです。
お気軽にお読み下さい。
異世界に召喚された。
それも、「聖女」とか「勇者」とかではなく、単なる結婚相手として。
しかもその結婚相手は事前申請した中からくじ引きで選ばれた人。
どうやら「異世界の人間と結婚したら子々孫々まで繁栄する」と言う言い伝えがあるらしい。
かと言って、他所の世界から強引に異世界人を召喚するのって非常識だと思う。
「……と思うんですよね」
「そうね、私もそう思ってた」
――私の溢した愚痴に応えてくれたのは、36年前に召喚された弥生さん。
現在53歳。4人の子持ちで、私が召喚された神殿の神官長さんの奥さん。
「えーと、蘭 香音さん。22歳。出身地は広島県ね。えーと、通勤途中に召喚された、と。取り敢えず、この部屋で待ってて。そこの棚に歴代召喚者の日誌があるから読んでおいてね?」
「日誌!?」
何それ。
「そう。何かね、”勤勉で真面目で手先が器用で自己主張が少なくて大人しくて流されやすいから”って理由で日本人が集中的に召喚されてるの。で、自分の結婚相手が到着するまでの間に色んな情報を書き残した人が居たみたいなのよね。それで何だかその日誌に書き込むのが習わしみたいになっちゃって」
――「じゃあお茶と軽食の準備をして来るわ」と言うと、弥生さんは何処かに行ってしまった。
◇
私は「召喚者待機部屋」と思いっ切り日本語で書かれた札が下がっている部屋の中で、机に置かれた革表紙の”本”を見つめた。
これがその「召喚者の日誌」なのか。
長椅子に座り、その本をパラパラと捲る。
『木下 玲子26歳。職業・事務員。出身地・滋賀県』
『異世界召喚とか意味不明。この召喚は一つの国から一人しか召喚されないらしい。なのに日本人ばかり召喚されるのは何故なのか』
『夫は聖なる湖を守護する一族だって』
木下さんは、OLさんだったのか。
「一つの国から一人」って決まってるのなら、私がここに居る現象が既におかしいよね。
そして旦那さんが、聖なる湖とやらを守る仕事。
次のページ。
『新長 美穂19歳。大学生。出身地・千葉県』
『大学受験頑張ったのに無駄になった。ムカつく。木下さんの疑問について。恐らく都道府県で”一国”と見なされているのでは?と言う事は、少なくとも47人は召喚出来る計算になる』
『旦那の職業は牧場主。ダルい!』
……荒々しい文字からも、新長さんの悔しい気持ちが伝わって来る。
大学名書いてないけど、良い大学だったんだろうな。
都道府県かぁ……え、47人も連れて来られるの!?
そして旦那さんは牧場主。まぁ楽しそうだけど。
『渡部 紘一29歳。消防士。出身地・愛媛県。嫁はミカン農園の一人娘』
あ、男の人だ。
消防士さんかー、体力ありそうだからこっちでも仕事に困らなそう。
奥さんになる人のお家はミカン農園。
『過去の記述を見て思う。多少分かりにくい部分もあるが、恐らく結婚相手は召喚者の出身地で決まっている気がする』
……え?
私はもう一度、日誌を見返した。
木下さんは滋賀で「聖なる湖の一族」
――び、琵琶湖?
新長さんは千葉で「牧場」
――マザー牧場!?わかりにくい!親戚がいるから偶々行った事があったけど!
渡部さんは愛媛で「ミカン農園」
――これは言うまでもない。
『出身地・静岡県。結婚相手は紅茶店店主』
お茶ね。これも分かりやすい。
『出身地・岡山県。旦那様は古代勇者の直系子孫』
何で岡山なのに、勇者?
勇者、勇者、古代の勇者……。
…………。
きゃー!まさかの桃太郎キタ――――!!
私は日誌を読むのを止め、長椅子に横になった。
じゃあ、私の場合はどんな職業の人になるのかなぁ。
(ほんでも、一番不思議なんは……)
「……油断してると、何で全部標準語になっちゃうんだろう」
◇
日誌にはほとんど目を通した。
やっぱり、結婚相手は出身地と何らかの関係があるみたいだった。
でも、先にこっちの世界でくじ引きが行われて召喚はその後に行ってる筈なのに、よくもまぁ関連のある人間が上手く召喚されて来るものだなぁ、と仕組みに感心をした。
長椅子に転がってダラダラとしていると、ノックの音と共に弥生さんが入って来た。
サンドイッチと飲み物が入ったグラスが乗った銀のトレイを持っている。
「香音さん、お腹空いたでしょ。サンドイッチ持って来たわ。お相手の方はちょっと到着が遅れるらしいから、お見えになったらお部屋にご案内する様に言いつけて来たわ」
「わーい!サンドイッチー!ありがとうございます!」
結婚相手はどうでも良いけど、お腹空いてたんだー。
お皿の上を見ると、大好きな卵サンドだった。
直ぐに手に取り噛り付き、サンドイッチをもぐもぐしながらふと思う。
弥生さんの出身地は一体何処なんだろう。
「弥生さん、弥生さんの出身地は何処なんですか?」
「三重県よ」
(伊勢神宮か……!)
――やっぱり何かしら関係あるのね。
「ねぇ弥生さん。日誌に書いてあった事、あれ本当なんですか?」
「あぁ、あの出身地と関係があるんじゃないかって言う……」
「はい」
弥生さんも三重で伊勢神宮で旦那さんが神官だし。
「そうね、こっちの召喚師はあっちの都道府県の情報を元に召喚してる訳じゃないんだけど、何故かそうなっちゃってるわよね。香音ちゃんは自分のお相手をどう予想するの?」
「えー予想ですかー?」
――先ず、我が県広島には世界に誇る厳島神社がある。
となると、弥生さんみたく神殿関係者とか?
それを弥生さんに告げてみる。
「ウチは中央神殿なの。他に北神殿と南神殿があるけど、南の方は結婚適齢期の男女が居ないからくじ引き申請が出されてないわね。北はもう13年前に召喚女性がお嫁に行ってるわ」
「何県の人ですか?」
「栃木県だったかな」
「いやー!日光東照宮に持って行かれた!」
「栃木はイチゴだと思うんだけどねぇ」
ともかく、それじゃ神社関係は無いなぁ。
えー、何?お好み焼き?ソース?牡蠣?
いやどれもこの世界には存在しなそう。牡蠣はあるかもだけど。
「あ!もしかして赤ヘル!?ねぇ弥生さん、”特徴的な赤髪を持つ一族”とかそう言うのいません!?」
「居るわよ?でも22年前にここもまた召喚男性が婿に行ってるわね」
「何処の出身!?」
「埼玉県」
「まさかの浦和レッズ!」
「埼玉にはみそポテトがあるのにね」
――食べ物の事しか言わない弥生さんは放置して、私は自分のくじ引き結婚相手の事ばかり考えていた。
じゃあ何なのよ、私のお相手の職業は。
「ねぇ香音さん。私ちょっと思うんだけど」
「……?はい」
空になった卵サンドの皿を片付けながら、何か考えていた風な弥生さんがポンと手を叩いて私の方を振り返った。
「広島ですものね、やっぱりアレじゃないかしら」
「アレって何ですか?」
「ほらー、アレよ。仁義なきアレ」
「……は?」
「もう!だからアレ!貴方の相手はきっと、裏社会の人よ!」
「失礼!それ凄く失礼!」
得意そうな顔の弥生さんに若干イラッとしながら、そのちょっと気になる発言を確認する。
「あの。そういう”裏社会”の人もくじ引き申請とかしてるんですか?」
「してる組織もあるわ」
組織”も”。
そんな危ない組織が複数あるって事ですか。
「因みに大阪と兵庫と福岡の人は召喚されて来てます?」
「まだ」
「じゃあ裏社会はそっちが担当する筈です」
「えー?広島でしょー?」
「違います」
「広島って駅前歩いてる人の三分の一は拳銃持ってるんでしょー?」
「持ってないから!さっき言った一府二県は知らないけど!」
似た様な事は他県民に良く言われるが、この誤解は解せない。
確かに熱しやすくて冷めやすい、直ぐカッとなる県民性だけど!
(アレな人達の組事務所が一番数多く存在するのは兵庫なんじゃって!)
コンコン
弥生さんと言い争っていると、外からノックの音がした。
「どうぞ」と弥生さんが入室の許可を出す。
入って来た人を見て、私の方に嬉しそうな顔を向けた。
「いらしたわよ!貴女のお相手!さ、隣のお部屋に行って。もうお待ちよ」
「あ、は、はい……」
私は扉に向かって歩き出しながら、ふと思った。
ん?ちょっと待てよ?
「弥生さん、今更ですけどもし、お互い若しくはどちらかが気に入らなかった場合はどうなるんですか?」
「それが今の所は皆上手く行ってるの。勿論、断っても良いのよ?その場合はお互いに良いお相手が見つかるまで国がサポートしてくれるの。私達の場合は、もう元の世界には戻れないから生活も保障されてるから安心してね?」
「そうですか、良かった……って、もう戻れないんですか!?」
「えぇ、残念だけど」
そう。
そうなんだ。帰れないんだ。
私、せっかく銀行に就職出来たのになぁ……。
自分達が繁栄する為に、元の世界で色々頑張って来た異世界人を勝手に召喚するなんて許せない。
そんな、世界の人を愛するなんて、私にはとても――
立ち竦む私に気付き、弥生さんがススッ……と私に近付いて来て耳元に囁いた。
「今の所帰る方法は無いわ。けど、帰れないからと言って自暴自棄にならないで。ね?後で召喚者達が良く集まるお店の場所教えてあげるから」
「……はい」
そうだよね。
今更泣いたり喚いたりしてもしょうがない。
来ちゃったものはしょうがないし、ここは前向きに行かなきゃ。
(後はまぁ、旦那さん候補の職業が何か、ゆう事だけじゃね)
「では行って来ます!」
「行ってらっしゃーい」
――そして私は、胸をドキドキとさせながら、お相手の待つと言う隣の部屋へと向かった。
私らしくない長タイトル。
気に入らなくなったら変えるかもしれません。