第4話 レット
「ひろー、ご飯だよー!」
「やったー!」
僕、【九条 比呂】が生まれてから、7年が経った。
もし、皆が新しい人生をもらったとしたら、何を考える?
ある人は「また同じことで成功したい」と考えるかもしれない。
またある人は「今度はもっとうまくやる」と考えるかもしれない。
また別の人は「全く新しいことに挑戦しよう!」と考えるかもしれない。
でも多くの人は、きっとこう思うだろう。
(いったいなにをしようか?)
僕には思い出したくないが、前世の記憶がある。野球機械として育てられた【阿久津 勇】としての記憶だ。
だからこそ、今の自分がいかに幸せか理解できる。「やりたいことを選べる」環境に生まれてきたのだから。
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「・・今日は、ピアノ教室の体験にいこうか?」
4歳のころ、僕は父親に連れられピアノ教室にいった。結論からいうと、だめだった。
リズムはわかるのだけど、音の高低がわからない。なんで皆ドとかレとか聞き分けられるのだろうか。。。
「・・今日は体操をやってみようか」
ピアノ教室のあとは、体操教室に連れていかれた。前世で散々スポーツをしてきたこともあり、割と上手にできたと思う。 先生からはやってみないかといわれたが断ることにした。
体操選手は一般的に小柄なほうが良いとされているが、僕は将来高身長が約束されているからだ。元々バレー選手だった母は177cmの長身である。
それに、他人の評価で勝ち負けが決まる種目は、なんとなく気持ちが入らない気がした。
「・・今日は加奈ちゃんと一緒にお絵かき教室にいきます」
「お絵かきの先生なら私で十分。ひろっちには私が教える」
5歳のときは、お絵かき教室にいった。加奈ちゃんというのは3つ年上の姉だ。わが姉ながら不思議な存在で、なぜか一人だけ僕のことをひろっちと呼ぶ。中2病ならぬ小2病なのだろうか。
絵を描くのは結構楽しく1年ほど続けたけど、結局お絵かき教室はやめてしまった。宣言通り加奈ちゃんが教えてくれて、正直人並み以上には上手くなったと思うけどその加奈ちゃんが問題だった。
・・・なんで写真よりも存在感のある風景が描けるのだろうか?小2病とかいってごめんなさい。
才能の違いを感じた僕は別の道を探すことにした。(絵描きが嫌いになったわけではない。教科書に落書きするのは大好きだし、偉人改造画は(学生)ライフワークにするつもりだ)
そんなわけで、僕が選んだのは、、、
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パーン
僕はデュースサイド(コートの右側)に来たボールをフォアに回り込んでストレートに打ち込む。
左でラケットを使う僕のフォアハンドを、相手はバックハンドで返さないといけない。
必死に追いかけてラケットにあてるが、惜しくもネットとなった。
「ゲームセット マッチウォンバイ 九条! シックス トゥ フォー!」
「だあっ、今度は負けたぜ!」
「ふふ。回り込めればこっちのものさ」
僕が選んだのは、テニスだった。きっかけは、2年前の暑い夏の日だった。
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父の趣味はテニスで、母も父の影響で引退後はテニスを始めていた。といってもガチなものではなく住民会のテニス好きが集まって細々とやるようなものだ。
いつもは子供同士遊んでいなさい、ということでテニスコートの併設されている公園の遊具で過ごしているのだが、その日は参加者が少なく、子供は僕と姉(加奈ちゃん)だけであった。
加奈ちゃんはもくもくと絵的な何かを書いているため、僕はぼーっとボールを眺めていた。
きっと退屈していると思ったのだろう、おじさんの一人が声をかけてくれた。
「比呂くん、ちょっとやってみるかい?」
皆暑くて疲れていたのだろう、いったんゲームをやめておじさんが僕に球出しをしてくれることになったのだ。
この頃にはすでに左利きだと思われていたため、左手にラケットを握らされ、簡単にグリップを教えられたあと、早速打ってみることになった。
・・・全然ダメだった。そもそも、女性用を借りているとはいえ5歳時にテニスラケットは重過ぎてうまく操れないのだ。かろうじて当てることはできるもののネットまで届かないか、あさっての方向に飛ぶばかりだった。
「むうー。」
「ははっ。なかなか難しいだろう? いいか比呂くん、腕の力だけではなくて、下半身の力を使うのだよ。野球のバッティングと同じさ」
「そんなこといっても比呂は野球もバッティングも知らないと思うわ~」
・・よく知っている。17年間やってきたのだ。知らないはずがない。
「ほら、もう一球いくよ」
おじさんの手からボールが放たれる。ラケットを肩のあたりに構え、股関節にためを作る。
ボールが弾み、あがり、そしてもう一度落ちてくるのに合わせ始動を開始する。
下半身から上半身へ。捻じれが解放され力が伝わっていく。
腰と胸の回転に引っ張られ、腕が動き始める。
腕とラケットは一本の鞭のように振るわれ、体の少し前で最速のヘッドスピードを記録し、ちょうど落ちてきたボールを捉える。
完璧な運動連鎖がそこにあった。
パーン!
フラット気味に飛んで行った打球は、ネットの少し上を越え、ベースラインぎりぎりに突き刺さった。
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それから何度も球出ししてもらったけど、ホームラン(大幅なアウトのこと)やネットばかり
で、完璧に打てたのはその1球だけであった。
その夜、興奮気味の母親がテニススクールの体験を勧めてきて、そこで長い付き合いになる荒木に出会い、次第にテニスにのめり込むことになった。
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