第2話 プロローグ
(痛え、痛えよ)
【阿久津 勇】は真夏の甲子園、決勝のマウンドに立っていた。
絶対的エース、今大会No1投手の評価を受ける阿久津は地方大会の決勝から甲子園の全ての試合を一人で投げぬいていた。
正直に言えば、大会前から違和感はあった。
しかし監督であり父親でもある【阿久津 次郎】には「精神的なもの」「気合がたりない」と言われていたので、悪化する痛みは相談できなかった。
現在のイニングは9回表、スコアは2-1で自軍リード、相手チームの攻撃である。
「ストライク!」
勇の速球がインハイに決まり、相手のバットは空を切る。未だに球速は150km/hを越えていた。
(痛え!!)
なぜこんな痛みに耐えなければいけないのか、勇には分からなかった。そもそも、なぜ野球をやっているかすら分からなかったのである。
「ボール!」
低めのスライダーを見逃される。物心ついたころから、グラブでキャッチボールをしていた。幼稚園の頃から、バッティングセンターに連れていかれた。英才教育というやつだと思う。
カッ
インローをひっかけたボールがサードの真正面に転がっていく。サードが腰を落とし、ボールを難なくさば、、、かなかった。俊足のバッターに焦ったのだろう。無常にもボールは股を抜けていき、レフト前へと転がった。
(まじか。。。)
5歳のとき、母親は家をでた。会話の通じない父親に嫌気がさしたのだろうか。野球マシーンと化していく息子が怖くなったのだろうか。そう、勇はまさに野球機械というべき存在であった。
「ストライッ アウト!」
2つの三振をうばい、これでツーアウト1塁。あと1人だ。どうにか耐えられるだろうか。
小学生にあがるとリトルリーグに入ったが、皆と一緒に練習はできなかった。父親が自分の考えたメニューをやらせるよう無理を通したからである。当然友達はできなかった。でもエースで4番だった。
野球で活躍すれば、お母さんが戻ってくるかもしれない。なぜかそんなことを考えながら野球に打ち込んでいった。
「フォアボール!」
粘られた末に四球を出してしまった。これで1,2塁。
中学3年生のときにトミージョン手術を受けた。もう野球をやめたくなっていたが、他に何をやればよいか分からなかった。私立の中堅校にいき、父親が監督に就任した。
(いてえ! あっ。。)
肘に痛みが走り、同時にフォークがすっぽ抜けたことに気づく。相手打者も甲子園の猛者なのだ。棒球を見逃してくれるほど甘くない。
高校に入り、リハビリを乗り越え勇は復活した。父親は監督の才能があったのだろうか、中堅校だった高校はエースの勇を中心にあっという間に強豪校になった。そして今、甲子園で戦っている。
カキーン!
金属バッドの高い音が響き、打球はライトの頭を越えていく。もう逆転は免れない。サードを狙ったバッターランナーを刺そうとしたのだろう。ライトからセカンドへセカンドからサードへとボールが戻ってくる。
(おいおい!)
まさかの暴投である。勇は急いでボールに追いつき、ホームを狙うバッターランナーを見た。
「もうやってらんねえんだよ!!」
なかばやけくそ気味にホームへと全力送球した瞬間、聞こえてはいけない音が肩と肘からして、次に激痛に苛まれた。あまりの痛みに立ち上がることができない。
勇はそのまま病院へ搬送された。
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「残念ながら、もう野球をすることは不可能でしょう」
医者は沈痛な面持ちでそう告げると、病室を出ていった。父親は無表情のまま、勇の足元を見ていた。
勇は悲しいのか、辛いのか、嬉しいのかよくわからない気持ちであった。これで野球から解放されるという安堵感と、これから先どうやって生きていけばよいのかという絶望感がごちゃ混ぜになったような感じであった。
(親父は。。)
父親のほうへ目を向けると、ちょうど口を開いた。
「お前はもう高校に行かなくてよい。退学して俺の助手になれ。強豪校から監督就任の話があった」
そういって父親も出ていった。残された勇は涙が溢れてきた。
(なんで、こんな父親なんだろう。なんでこんな人生なんだろう)
ふらふらと、病院を抜け出した勇は雨の街を歩いていた。あてもなく歩道橋に上り車の流れを眺めていると小さな赤子を抱えた母親が歩いてきた。
(お母さんに会いたいなあ。普通に一緒に暮らしたかった)
彼女の少し前を歩き、階段を下りていくと後ろから悲鳴が聞こえる。
「どけ!」「きゃっ」
勇の横を、赤子が落ちていく。突き飛ばされた拍子に投げ出されたのだろうか。とっさに左手で服をつかみ、右手で手すりをつかもうとして気が付く。
(右手が、うごかな、、)
勇はとっさにジャンプし赤子を抱え、後頭部から落ちていく。衝撃が頭と全身を襲いながらも、勇は自分の腕の中に赤子が残ったままであることを確認し意識を手放すのであった。
(これで終わりか。まあ悪くない最期かな)
次話で転生フラグ回収します