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襲撃者はかく語りき  作者: デルタミル
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第三幕 -車輪は廻る-

 ――その日、帰り道を歩いていた時のこと。




 私は先ほどポケットに入れたUSBメモリーについてどうするか考えていた。

 このまま持ち帰ったところで意味はない。私一人で調べられる範囲などたかが知れているからだ。じゃあこれを父さんに引き渡した方がいいのか、それも考えたが意味はない。

 仮にもしこのUSBメモリーの中身が公になったとしても、闇社会にとっては特に問題はないだろう。例のレポートだって、すでに『警視庁の犯罪データベース』に存在しているもので、もしも"そういう連中"にとってヤバイ物だったらとっくに隠蔽されているはずだし、決算書だって確かに法外な支払手数料が存在しているが、それと横領事件を結び付ける証拠にはならないだろうから、言い逃れされておしまいだ。ひょっとしたらもうすでに決算書を外部に公開して問題視されないようにしてるかもしれない。

 逆に、『この情報をどうやって入手したのか』と、問われなくていい疑問に問われかねない。




 しかし、古畑くんはこれを私に残してくれた。『闇社会』に繋がる手掛かりとしてだ。




 他の誰かがこれを見ても、ただの情報の断片にしか捉えないのだろうが、私はそうじゃない。

不条理に苦しむ人々が一人でも減るのであれば、たとえこの身を危険に晒してでも、私は追求し続けるつもりだ。

『闇社会』とはいったい何なのか、その全てを明らかにしてやる。

 そうして足掻き、前を向いて歩き続けることが、私にとっての『明日を願う気持ち』なのだ。それがきっと、古畑くんへの手向けになると信じている。







 ――――そして、ちょうど目に入った公園に立ち寄り、他の誰かに目撃されないよう注意しつつ、滑り台の下にあった砂場の隅っこに穴を掘り、奥深くにUSBメモリーを埋めて砂を元通りにした私は、速足でその場を去って帰宅したのだった。




 …………誰にも見られていないはず。少し心配だったが、ほとぼりが冷めるまでの間、あそこに隠しておく方が安全だろう。あれを処分することも考えたが、やはり念には念を入れて、手掛かりは残しておきたい。

 大丈夫、きっと大丈夫。あのメンツの中で『闇社会』に関する情報を握っているのは"私だけ"だ。菜穂ちゃんや寿代表――――いや、元代表か――――に迷惑がかかることはないはずだ。




 眠れぬ夜を明かした翌朝。

今日は一時限目に入れておいた講義に参加するため、朝早くから寝惚けまなこをこすりながら大学に行ってみると、黒スーツを着た男たちが廊下でうろうろしているのを見かけた。中には手帳を広げて学生たちと話をしている者もいた。




「――――すみませーん、倉木摩耶さんでお間違いないでしょうかー?」


 と、急に後ろから誰かに声をかけられたので振り返ってみると、そこには黒スーツを着た二十代半ばくらいの二人組の若い男が立っていた。

片方はふさふさ頭の気弱そうな男で手帳と筆記具を握っており、もう片方は何かネチネチ攻め込んでくるかのようないやらしい目つきをした短髪オールバックの男で、そちらは手ぶらだった。とりあえず、彼らの質問に答えておく。


「はい、倉木摩耶は私ですが、何か?」


 すると、いやらしい目つきの男は頷き、重ねて尋ねてきた。


昨日さくじつ、古畑一郎さんが亡くなられたことはご存知ですよねー?」

「…………ニュースで知って驚いてますけど……失礼ですが、あなた方は?」


 少し威圧するような声色で問うてやると、彼らは苦笑いを浮かべながら、チョコレート色をした革製の縦開きのバッジホルダーを広げた。


「これは申し遅れてすみませんね、自分たちはこういう者ですよ」



 …………二人とも巡査長で近くの警察署の人間か。ちゃんと職員番号も記載されている。ホルダー下部の金色に輝くエンブレムもどこか色褪いろあせてそうに見えて、リアリティがあった。どうやら本物の警察官のようだ。

 きょどってる方は『槍杉和人』、下の読みには『Yarisugi Kazuto』と書かれていて、とても変わった名前だった。

 続いてもう一人のいやらしい目つきの方は『石榴剛』、下の読みには『Zakuro Tuyosi』と書かれていて、こちらはもっと変わった名前で、しかも強そうだった。


「――――あ、ひょっとして自分たちのこと、疑ってます?」


 と、私の怪訝な視線に気がついたのか、ザクロくんは自分の顔を指さしながら、私の顔を覗き込むようにしてそう尋ねてきた。私も挑発するかのようにして相手の顔を覗き込みながら、


「――――だとしたらどうされます?」


 と微笑みかけてやった。


「――――さすが、噂に聞く弁護士の娘さんだ。道理で堂々としているわけですねー」

「ふふっ、私の父をご存知なのですか? ……それで、私に何の御用でしょう?」

「いやー、そんなアナタにあんましこんなこと言うのも気が引けるんですけどねー、アナタ、『殺人容疑』がかけられてんすよねー」

「――――ふ、ふっははははは!!」


 不覚にも、ザクロくんの思いがけないカミングアウトについ大爆笑してしまった。


「もー、何がおかしいんですかー? 笑いごとじゃないんですがねぇ」

「いやいや、失敬。あなたが唐突にとんでもないことを言い出すものだから…………ちなみに、理由をお伺いしても? それにここ、公の場なのでね、悪い噂が立つのは極力避けたくて……」

「理由、理由ねぇ……」


男は少し考えるように頬を指でポリポリ掻いた後、居直って、


「よし、分かりました。ではアナタたち『オカルト研究会』の部屋でお話しましょうか。そこだったら何を話しても問題ないでしょ?」


 ――――この男、よく私が『オカルト研究会』に所属しているとわかったな……周りの学生たちから聞いたのだろうか? まあいい、とりあえず部屋に案内しよう。

 私は二人組の刑事を研究会の部屋へと案内することにした。

 しかし、和人くんは先ほどからメモを取ってばかりだな。たまには会話に混ざって欲しいものだ。いつまでもこんないやらしい男とネチネチ会話なんてしたくない。






 ――――そして部屋につくなり、ザクロくんは机の上にふてぶてしく腰掛けると、こう切り出してきた。


「――――で? 早速質問なんだけど、キミさぁ、昨日の死亡推定時刻の深夜一時頃、どこで何をしてたわけ?」

「おや、これは驚いたな。密室空間に我々のみとなった刹那、そのように態度を一変させてくるとは……」

「キミも"こっちの方"が話しやすいだろ?」

「まぁ、変に取り繕ってるやつよりはね……でもあなたの場合、少し高圧的なものを感じるんだよ」

「そりゃそうさ、何て言ったって僕は『犯罪者』に容赦はしないからね」

「なるほど……先ほど私は『容疑者』扱いをされていたはずなのだが、もう『犯罪者』にクラスチェンジしてしまったのかな」

「ぶっちゃけ、『容疑者』なんてものはほぼクロで間違いないんでね」

「――――その考え方はいずれ自分の身を滅ぼすことになるぞ?」

「僕のことはどうだっていいんすよ。それよりこっちの質問に答えてよ」

「――――いやだね」

「はぁ?」

「私はあなたのような高圧的な人間とは話をしたくない。さっきから黙っているそちらの刑事さんと話をさせてくれないか」

「あぁダメだよ、これは書記係だから」


 ザクロくん――――いや、ザクロは隣でおどおどして立ち尽くしたままの和人くんを指さしながらそう言った。



「なんと、同僚の刑事に対して『これ』呼ばわりとは……実に不愉快な男だな、あなたは」

「何度も言わせないでくれないかなぁ? もう一度言っとくよ? キミ、『殺人容疑』がかけられてんの」

「いや、だからその容疑がかかっていることは理解したさ。私が訊きたいのはその『理由』だ。ここで話してくれるんじゃなかったのか?」

「『通話記録』と『目撃証言』だよ」

「なに?」

「彼が最後に通話をした相手は『倉木摩耶』、そして他の学生や教授たちの証言から、生きている彼と最後に会ったと思われる人物も『倉木摩耶』だ。それに、彼が殺された前日は『オカルト研究会』の解散日だったそうじゃないか。ってことは、このサークル内で何かしらトラブルが起き、それで血迷ったと考えるのが自然じゃないのかなぁ」

「待ってくれ、あなたのその理屈だと、私以外の寿代表や菜穂ちゃんもその容疑者に含まれることにならないか?」

「――――へぇ? その日、他の二人も"そこに"いたのか……」


 ザクロはなるほどと言った感じでうんうんと頷いた。


 …………ん? なんだ、何か会話の流れがおかしい……ひょっとしてこれは、誘導尋問されていたのか? 『私』から情報を引き出すために、わざと容疑をかけてきたのか?


「――――いやぁ、助かりましたよ倉木さん。"その二人"、『知らぬ存ぜぬ』でなかなか口を利いてもらえなかったところでね……えーっと、その『菜穂ちゃん』でしたっけ? 確か苗字は…………おいキミ」


 と、ザクロは和人くんに首で合図を送る。すると、手帳を差し出した和人くんの手からひったくるようにして手帳を奪い取ったザクロは、ページをペラペラとめくっていく。やがて頷いて和人くんに手帳を投げ返し、口を開いた。



「そうそう、この『小倉』って子だ。彼女、馬鹿正直なんすかねー? ちょっと威嚇してやったら、『何も知らないって答えろって倉木さんから言われましたー』だってさ? ったく、調子に乗んなって話だよ。警察の調査に協力するのが市民の役目だろうに」

「――――おいっ!!」


 ――――その言葉を聞いた私は、思わず声を張り上げていた。


「今、菜穂ちゃんを『威嚇した』と言ったか?! 脅したんじゃないだろうな!? もし泣かせたりしてたら承知しないぞ!!」


 と、ザクロを睨みつけながら怒鳴ってやると、彼も顔色を変えた。


「……言ったろ? 『僕は犯罪者に容赦はしない』って」


 ――――彼の目はどこか冷たく、悲しかった。

『犯罪者に容赦はしない』と語るその表情は、『どんな手段を使ってでも敵は全て排除する』といった、とても残酷で攻撃的なものだった。

それに薄ら寒さを覚えつつも、私は言い返す。



「――――とにかく私は何も知らん。あなたたちが望むようなことは『何も』な!」


 そう答えると、ザクロは先ほどの表情から一変し、勝ち誇った表情になって笑いだした。


「…………くっ、くくっ……墓穴を掘ったね、キミ?」

「なに?」

「"何も知らないはずの人間が、他人に対して『何も知らないと答えろ』だなんて頼むかなフツー? キミは『何か』を知っていたからこそ、他人の口を塞いだんだろ? 『自分一人で背負い込むために』"、違うかな?」




 …………しまった。この男の言葉に上手く乗せられてしまったようだ。菜穂ちゃんがこの男に詰め寄られてしまったことで少し動揺していたのかもしれない。


 ……妙な汗が背筋を伝っていく。

 どうすればいい? 古畑くんは天才ハッカーではあるが、情報収集においてその力はほとんど行使していない。いつだって『悪を表舞台に引きずり出す時』にだけ使っていたものだった。

 しかし今回の場合は違う。『警視庁の犯罪データベース』に違法にアクセスしただけでなく、一般企業――――おそらく闇堕ちした会社か――――にもアクセスし、情報を盗み出している。

 もしそのことがバレてしまえば、彼は『不正アクセス禁止法違反』の罪に問われ、更にそれを黙認していた私たち全員が共犯罪に問われることになる。


 ひょっとしてこの男は…………『警視庁の犯罪データベース』をハッキングした人物を調べるためにここにやってきたのか? でもそれにしては、まったくその話題に触れてくる様子を見せない。私の単なる思い違いか?

 くそ、何を考えてるのか分からない男だ。




「――――黙ってないで何か答えてくれないかなぁ、倉木さん」


 男は苛立ちを募らせたのか、片足を鳴らし始めた。とりあえず何か喋らないと。


「――――ならこちらも問わせてもらう。どうしてあなたはそこまで『犯罪者に容赦はしないのか』? これでも私は弁護士の娘だ。何かの縁でそっち方面に進むかもしれない身でね、後学のためにお聞かせ願いたいものだ」

「はっ、何を言うかと思えば…………いいよ、教えてあげるよ。『犯罪者』なんてものはね、みんなクズなんだよ。キミも大人だったら分かるはずだ。やつらは平気で嘘をつく、息をするように罪を犯す。そのくせ何かあったらすぐ人のせいにする。挙句の果てには証拠隠滅、罪の擦り付けあいときた。マジでくそくらえなんだよ!」

「…………誰しもそうとは限らんだろう? 止む無く罪を犯した者もいれば、悔い改めて新しい人生を歩もうとする者もいたはずだ」


それを聴いたザクロはとても愉快そうな表情になり、嘲笑ってきた。


「あっははは! キミも青臭いやつだね。一度罪を犯した人間の再犯率がどのくらいのものか知ってるかい?」


 …………そういえば、聞いたことはなかったな……

 私が答えに迷っていると、彼は真剣な表情で答えた。


「――――年間およそ四割以上だよ。つまり、半数近くの人間が再犯者となってるのさ。どんな理由があろうと、また犯罪に手を出したことに変わりはない。そんな連中に容赦してどうするって言うのさ?」

「…………」




 そうだな。世間一般の意見で言えば、一度罪を犯した人は周りから蔑まれることになるのだろう。犯した罪は二度と消えることはなく、一生背負い続けていかなければならない。たとえ、どのような理由があったとしても、『犯罪者』であることに変わりはない。

 だから人は『前科持ち』の人間に冷たいまなざしを向けるのだ。『犯罪者だから』、『再犯のリスクがあるから』、『周りの目があるから』と、『前科持ち』の人たちを容赦なく淘汰とうたしていく。そうしてこの社会から見捨てられた『前科持ち』の人たちは、社会復帰に臨めず、また罪を犯す…………

 それはとても不条理であり、とても悲しい事だ。しかし、そうしてやり直すチャンスを奪ってきたのもまた、当たり前のごとく人々を裏切ってきた卑劣な犯罪者たちなのだ。そういう連中がいるから、『犯罪者』というだけでこれほどまでに偏見の目で見られることになるんだ。






 ――――しかし。

 私は彼を真っ直ぐに見据えて切り返した。




「確かにあなたの言う通りだ。犯罪は憎むべきものだよ。でもね、今のあなたのやり方じゃいずれ『冤罪事件』を生み出しかねない! それだけははっきり言っておくよ」

「…………冤罪、ね。つまりキミは『何も知らない』し、『何もやってない』と、そう言う訳だね?」

「あぁ、先ほどから私はそう言ってるじゃないか。それでも疑ってかかるというなら、こちらにも考えがあるが? あなたの問題行動を糾弾せねばならなくなる」


 そう言ってやると、男は舌打ちして大人しくなった。


「――――なるほど、父親に泣きつくってわけか…………まあいいや、今日のところはこれで帰ります。でも次は証拠を固めてからキミの所に行くよ。その時までの間、身辺整理でもしておくんだね、じゃっ」


 と、一方的にそれを告げたザクロは机から腰を上げると、片手をヒラヒラ振りながら出口へ歩いていく。

その後ろを慌てて追いかけていく和人くんはすれ違いざま、こちらに申し訳なさそうに会釈をしてきたので、私もそっと会釈を返した。


 ――――ダンッ!!


 と勢いよく扉を閉めてザクロたちは去っていった。




「――――まったく、とんでもない刑事がいたものだ……」


 やれやれ、とため息をついた私は、少し遅れてしまったが、一時限目の講義に出ることにした。






 ――――やはり、人の噂とはバカにできないものだ。今じゃ大学中のみんなが古畑くんの噂話をしていた。『強盗』の線が濃厚らしいが、金品の類はそのままにされていたそうなので、捜査はまた振り出しに戻ってしまったらしい。

 というか、学生の身であるきみたちがなぜそんな捜査状況を把握してるんだ…………警察の連中ももう少し情報の取り扱いに注意した方がいいんじゃないのか……? 


 と、今後の警察の捜査の仕方の心配をしながら廊下を歩いていると、隅っこにいた二人組の女子たちの噂話が聴こえてきたので、私はそれに耳を傾けてみた。


「――――ねえ聞いた? 古畑くんが死んだ話」

「あー、ケーサツが話してたやつだよね」

「うん、オカ研の男子だっけ」

「多分やばいことに首突っ込んだんじゃない? だってあいつ、ハッキングとかできるもん」

「マジー? ハッキングって犯罪じゃん?」

「でもあいつ、中学の頃からやってたよ? いっつも闇サイトばっかに手ぇ出しちゃってさぁ、何度コワモテの男たちに殺されそうになったことか」

「はっ?! やばくね!?」

「うん、だからさっき来たケーサツにもそのこと話したよ? だってイヤじゃん? 知り合いってだけであたし殺されたくないもん」

「ちょっ、マジで洒落になんないじゃん…………っ! あたし、その古畑くんの知り合いの知り合いになっちゃったわけじゃん…………っ! 聞かなきゃよかったぁ…………」

「だーかーらー、ゼッタイにナイショだよー?」

「おっけおっけー…………」




 ――――話を切り上げた二人組の女子たちはその場から去っていった。











 どうしよう。まさか彼に知人がいたとは……いや、それは彼に対して失礼か。誰しも知人の一人や二人いるだろう。そうじゃなく、まさか――――『ハッキングのことを知っている人が他にもいた』とは。


 本来であれば、彼の名誉のためにもそのことを墓場まで持って行くつもりだったが、周知されていたのならもはやどうすることもできない。ましてや警察にも話されていたのなら尚更だ。


 問題はいつ、彼女たちがそのことを話したか。『さっき』とはいつのことなんだ? あの刑事たちがやってきた時か? それとももっと前だろうか? いずれにせよ、『警視庁の犯罪データベースの資料』が入っているあのUSBメモリーは"危険物"になってしまった。

 もし警察に発見されて調べられてしまったら、そこに入っている情報が古畑くんのハッキングによって入手されたものだという物的証拠になってしまう。それだけならまだいい。もしその警察の中に『闇社会』が紛れ込んでいたとしたら?


 古畑くんに向いていた彼らの注意が一斉に、私たち『オカルト研究会・元メンバー』へと向くだろう。そうすればメンバー全員が抹殺対象になってしまうかもしれない。

 おそらく、古畑一家を殺害した犯人の目的の一つには、そういった『炙り出し』も含まれているのではないか、そんな気さえしてきた。






 ――――今日、大学の帰りにでもあのUSBメモリーを処分しに行くとしよう。証拠品が消えるのは惜しいが、命には代えられない。

 そう決めて、日が傾き始めた頃に私は先日の公園へと足を運ぶのだった……










 公園の中に入ると、子供たちがはしゃぎ回っているのが見えた。これなら都合がいい。早く砂場に向かってUSBメモリーを回収することにしよう。確か滑り台の下の隅っこに埋めておいたはずだ。

 埋めたポイントを確認して穴を掘っていく。しかし――――




「変だな……ここに埋めておいたはずだが…………」


 場所をずらしたり、反対側の隅っこを掘ってみたりしたが、どこにもUSBメモリーは埋まってなかった。




「いや、さすがにないはずがない――――」

「――――おねーさん、そこで何してるのー?」

「わっ?!」


 いきなり後ろから声をかけられ、びっくりした私は振り向きざま、砂場に足を持って行かれて尻もちをついてしまった。




「あははははっ!」


 ――指を差して笑うのは小学生くらいのランドセルを背負った小さな女の子。

 無様に転んだ私を笑い飛ばすとは、良い度胸をしている。



「こ、こらっ! ビックリしたじゃないかっ! きみのせいで砂まみれになってしまったぞ!」

「おねーさん、喋り方変だねー。まるで『チュウニビョウ』みたいっ!」




 ――――ショック。




 私のアイデンティティーを傷つけられた気分だ。『チュウニビョウ』とは勿論『厨二病』のことだろう。いいか、私はクール系美女なのであって『厨二病』じゃないぞ!

 とりあえず、子供の手前なので落ち着いてクールを貫き通しておく。



「この際『チュウニビョウ』でも『トウニョウビョウ』でもいいさ。それよりおねーさんはな、探し物をしているんだ」

「探し物ー? あ、もしかしておねーさん、"さっきのお兄ちゃん"のお友達?」




 ――――どういうことだろう? とりあえず、合わせておくか。


「あー、うん! "そのお兄ちゃんの友達なんだ。さっき来たのかな?"」

「そっか、じゃあ大丈夫だね。えっとね、おねーさんが来るより少し前にね、そこで遊んでたんだけどね、そしたらね、マスクをした若いお兄ちゃんが来てね、話しかけてきたの」


 ……見知らぬ男に話しかけられるとは……この女の子、何か危ない事をされたんじゃないだろうか…………?

 私は砂場から起き上がり、少女の前でしゃがみ込み、先を促した。


「その人、何か言ってたのかな?」

「うん、『もうすぐここにお兄さんの友達が"探し物をしに来る"と思うから、その人にこう伝えてあげてね。"ちゃんと予定通りにモノは回収したよ"』って」






 ――――どくん、と心臓が高鳴るのを感じた。

 先を越されてしまった……誰に?

 USBメモリーを奪われてしまった……誰に?


 古畑一家が殺害されたこのタイミングで、私より先にUSBメモリーを回収しに来た人物…………それは『闇社会』以外にありえない。

 おそらく私は『監視』されていたのだろう。でもいつ? どこから? まったく心当たりがない。






「ねえおねーさん、どうしたの? 怖い顔してるよ?」


 ――――いけない、少し考え事をしてしまったようだ。少女に微笑みかけながら私は言う。


「いや、気のせいさ。おねーさんはな、こう見えても『クール系美女』なんだ」


しかし、非情にも女の子は首をかしげて、


「…………ごめんなさい、言ってる意味がよくわかんない…………」


と申し訳なさそうに謝られてしまった。


 ガクッ! またもやアイデンティティーを傷つけられた気分だ……




「『クール』を知らないのかきみは? じゃあ『ツンデレ』はどうだ?」


そう問いかけると、女の子は笑顔で頷く。


「うんっ! 『つんでれ』知ってるよ! ツンツンしてる人が、途中でデレデレになっちゃうんだよね!」

「うむっ! じゃあ『ヤンデレ』は?」

「うん、知ってるよ! なんか心に病気を持った人が、『好き好きアピール』をするんだよね……ちょっと怖い感じの」




 よく知ってるな。




「では『クーデレ』はどうだ?」

「『くーでれ』は、無口で冷たそうな人が『デレ』ることでしょ?」

「正解だ!」


 私は少女の肩をぽんぽんと叩き、褒めたたえる。


「じゃあなぜ『クール系美女』を知らないと言ったんだ?」

「うん、だって『美女』っていうのがよく分からなかったから」

「あ……そ、そっか…………」


 ――――まぁ確かに『美女』なんてそうそう見るものじゃないから、分からなかったんだろうな……


「――――だっておねーさん、確かにキレイだけど、『美女』じゃないもん!」

「なっ……!?」


 …………面と向かって言われてしまった。おねーさん、もう自信を失くしちゃったよ……しょんぼり、くすん。




「こ、こほんっ、とりあえずお嬢さん、『探し物』のこと、教えてくれてどうもありがとう。助かったよ」


 そう言って立ち上がり、少女の横を通り抜けた時――――


「――――あ、おねーさん! もう一個、あのお兄さんが言ってたんだけど……」


 私は再び少女に振り返る。


「う、うむ。なにかな?」

「『何か伝言があったら、聞いておいて』って」




 ――――奇妙なやり取りを交わすものだな、『闇社会』というのは。




「――――じゃあ、もし"その人"に会うことがあったら、こう伝えておいてくれるかな」


 そう言って少女に微笑みかけながら、


「『私は絶対に諦めない』ってね」

「……えっと……うん、もし会ったら伝えるね」

「あぁ、それじゃ、お嬢さんも気を付けて帰るんだよ」

「はーい、ばいばいっ、おねーさん!」


 私は少女に手を振りながらその場を後にした。











 ――――さて、どうしたものか。これ以上嘆いていても仕方がない。『闇社会』の出方を伺いつつ、周りを警戒しておこう。




 家に着き、玄関のドアを閉めようとした時、細長い伝票のようなものがドアの下部にある郵便受けに入っているのに気が付いた。

 取り出してみると、どうやら『不在通知』のようだった。


「……あっ、ひょっとして……」


 そこに書かれている品物の種類は『食品類』で『要冷凍』になっていた。受取人の名前は『倉木くらき一花いちか』と記されている。倉木一花とは私の母さんの名前だ。おそらく、例の超高級お肉とやらが届いてたんだろうな……


「仕方ない、配送ドライバーに電話して持ってこさせるか…………」


 配送ドライバーに電話をかけると、「今、周辺を回ってるので十数分ほどでそちらにお伺いできますよ」とのことだったので、届くのを待つことにした。


 そして十数分後――


「すみません、ありがとうございました」


 と言って、再配達に来てくれた配達員から荷物を受け取って、玄関のドアを閉める。


 早速カッターを用意して段ボールの中を開けてみると思った通り、ドライアイスに囲まれた袋詰めの高級お肉が顔を覗かせた。名産品っぽいので相当高かったのではないだろうか。

 とりあえず、ドライアイスと高級お肉を取り出して、冷凍庫に放り込んでおく。段ボールは片づけがめんどくさかったので玄関周辺に放置しておいた。


「おっと……母さんに荷物が届いたことを伝えておかないとな」


 スマホを取り出し、『LINKリンク』というアプリを立ち上げる。

 リンクは便利なアプリだ。二十四時間、いつでも、どこでも、無料で好きなだけ通話やメールが楽しめる素晴らしいコミュニケーションアプリだからな。


「えーっと……メッセージと…………『母さんが頼んでたクソ高い高級お肉、届いたから冷凍庫に入れておいたぞ』と……」


 後は『既読マーク』が付いて、母さんからの返事を待つだけだな。




 ――――明日の準備を済ませ、私はベッドで横になる。


「…………これからどうなるんだろう」


 それが一番の不安だった。今の所、『闇社会』が何かを仕掛けてくる様子はない。それとも、私以外のメンバーの誰かが危険な目に遭っているとか……

 いや、それなら何かしら連絡が来てもおかしくないはずだ。




 ぶっちゃけ、あのUSBメモリーさえ無くなれば"やつら"だって満足するだろう。たかだかいち市民が『"闇社会"が私たちを蝕もうとしているぞー!』と叫んだところで、『……で?』ってなるだけじゃないのか。その間『闇社会』が大人しくしていれば、所詮ただの人騒がせとなっていずれみんなから相手をされなくなる。

 一番ベターなのは『双方にとって最善の結末』となることだろう。

 私たちが彼らのやっていることに目を瞑り、彼らもまた私たちの影となって『闇』に消える。そうして全てを忘れ去ったら丸く収まるじゃないか……?






 ――――でも。

それが『正しい事』だとはとても思えない、思うことができないんだよ。

 私にはどうしても、『向き合うことから逃げている』ようにしか見えないんだ。


 私は『私の意志』で今回の一件に足を踏み入れたんだ。もうすでに他者を巻き込んでいる。古畑一家も殺害されてしまった。

 それなのに『これ以上は危険だから全てを忘れる』というのは、『逃げること』とどう違うというのか。少女の前で私は言ったではないか。『私は絶対に諦めない』と。だったら、最後まで戦うべきなんだ。たとえ私一人でも……











 ――――まどろみの中、ふと目を覚ます。


「…………?」


 目に飛び込むのは真っ暗な天井、そばにあったスマホを手に取り、ディスプレイに映る時間を確認する。

 まだ夜中の一時じゃないか……そう思って寝なおそうとして――――




「――――何のにおいだ?」


 どこかから、何か焦げ臭い香りが漂ってきた。


「ひょっとしてコンロの火、着けっぱなしだったかな?!」


 私は慌てて飛び起きると、電気を点けて部屋から出る。

 そして異変の正体はすぐに分かった。




「――――なんで…………っ!?」


 視線の先、『玄関の脇に放置していたある物』が激しく燃え上がっていたのだ。

 まさか、段ボールの中に発火物が入ってたとでも!? いや、さっき開けた時はそんなもの入ってなかったじゃないか! それか、どこかに爆弾でも仕込まれてたとか?!

 いやいやいやいや! ありえないありえない! 爆弾なんてドライアイスで使えなくなるものだろ!? あれ……違ったっけ…………!?


「あぁっ! くそっ! どうすればいいんだ!?」




 とにかく、なんとかしなければ……!




 パニックになった私は台所に駆け込み、隅っこに置いてあったバケツの中に大量の水を入れて、それを玄関まで運んで火元にぶっかけた。




 ――――ボォッ!!


「わぁっ!!?」




 その瞬間、更に火は大きくなり、玄関は完全に火の海と化してしまった。そしてその脅威はリビングの中まで浸食していく。




「……おいおい嘘だろっ!?」


 その後すぐに火災報知器が鳴り響く。

 とりあえず、百十九番にコールして助けを呼ぶことにした。


「――――こちら百十九番です。火事ですか? 救急ですか?」

「火事ですっ!」

「火事ですね? では――――」

「こっちは今、命の危機なんだ! とりあえず住所を伝える! しっかりメモってくれ!」


 私は早口で住所を伝える。


「それから状況なんだが、こちらも簡潔に伝える! 玄関に放置していた段ボールが燃えている! 水をぶっかけたら更に燃え出した! おそらくガソリンか油か何か入ってたのかもしれない! 焦げ臭かったしな!! とにかくそのせいで逃げ場所を失ってしまった! どんどん火が燃え広がってきているんだ! 幸いここにいるのは私一人だけで、他に家族はいない! 頼む! 助けてくれ!」

「分かりました、急行します」




 通話を切ってスマホを上着の懐にねじ込んだ後、これからどうするかを考えた。

火事のことは当然、近隣住民たちも気づいているはずだから、最悪どこかの部屋が『もらい火』を受けたとしても、逃げる時間は設けられていると思う。

 それより、室内に閉じ込められた私がどうやってここから脱出するかだ。


「ごほっ……ごほっ…………!」


 ……まずい、火よりも先に煙でやられてしまいそうだ。

 トイレ……は駄目だな、火炙りにされてあの世行きになってしまう。

 浴室もアウトだろう。たとえ火に対処できたとしても、煙まではどうすることもできない。


 私は鼻と口を手で覆いながら自室へと引き返し、ドアを閉めた。


 残る場所は正面に見えるベランダだけ。消防隊が来るまでの間、ここで時間を稼ぐしかないだろう。

 もっと低い階層であれば、複雑骨折を覚悟で飛び降りることもできたのだが、ここはマンションの最上階である十四階、まず助からないだろう。


「くそ……っ!!」


 ベランダのガラス戸を開けて外に出る。火が追い付くのを少しでも遅らせるために戸は閉めておく。


 まったく……『防犯設備』は整ってるくせに『防災設備』は全然じゃないか! スプリンクラーの一つや二つ設置してないのか! 後は耐熱素材とか!


「なんて最悪な日なんだ…………! くそ……何か……何か使えそうなものは……」


 周りを見渡していたが、生ごみの袋や脚立、物干し竿が置いてあるだけだ。いや、待てよ……


 私はもう一度室内に視線を戻す。

 そうだ、『カーテン』があるじゃないか! それで下の階に逃げ込めば……!!


 そう思ってベランダのガラス戸を開けると、


「ごほっ、ごほっ!?」


 慌てて口と鼻を手で覆いつつ室内に視線を向けると、ついに部屋の中にまで火の手が上がってきていた。

 私は大急ぎで天井のレールからカーテンを取り外し、再びベランダの外に出た。




「くそ……消防隊の到着より、焼け死ぬのが先か…………!」




 カーテンの横幅はおよそ1mメートル半くらい。これならいけるだろう。


「確か、良い素材が使われてたはずだから、強度は大丈夫だと思うが…………」


 もし、途中で千切れてしまったら……そう考えると、手の震えが止まらなくなってしまった。


「くっ……!」


 死はもうすぐそこまで迫ってきている。ここで踏みとどまればそれで終わり。

 古畑くんの無念を晴らすこともできず、全ては永遠に『闇の中』だ。


「そんなことなど…………絶対に……っ!!」


 イチかバチか、私は賭けてみることにした。




 転落防止の手すりの隙間に、カーテンの先端を通し、何重にも固結びをして、全体重かけて手前側に思いっきり引っ張ってみた。


 びくともしない。これなら途中で千切れる心配はなさそうだ。

 結びつけたカーテンを外側へと垂らし、手すりに両手をかける。


「ひうぅっ……!」


 真下を覗き込むだけで恐怖がピークに達した。無理だ、こんなの上手くいくはずがない!

 両手を下ろして尻込みをして、再び手すりに手をかけては尻込みをして…………そんなことを何度か繰り返し……


「ごほっ……ごほっ…………!」


 むせ込みつつ、室内へ振り返ってみると、ベランダのガラス戸の隙間から煙が漏れ出てきているのに気が付いた。

 閉め損ねたのかと思って、ガラス戸に手をかけると――――


「あつっ!!?」


 室内の温度が上がっているせいか、ガラス戸は燃えるように熱かった。


「くそ…………! くそ……っ!!」


 転落防止の手すりに拳を叩きつけ、何度も尻込みをする自分に腹を立てる。


「このまま死ねば…………やつらの思う壺じゃないか…………くっ……うぅ……」




 ――――不条理だ、こんなの……

 でも、もっと不条理なことがこの世の中には溢れている。

 それでも懸命に生きようとする人たちがいるはずだ。

 私はまだ生きている。ならば、死ぬその瞬間まで足掻くべきだ。

 私は逃げたくない。不条理と向き合うことからも、そして……生きることからも……




 ゆっくりと顔を上げて、もう一度手すりに両手をかけてよじ登ると、手すりに跨った。

大丈夫……もう怖くない。


 ロープ代わりのカーテンをしっかり握りながら、手すりの外側へと両足を移動させる。

 そしてカーテンを引っ張りながら、片足を手すりの下の壁へとずらしていく。

 命綱のない状況の中、失敗は許されない。




「落ち着け……落ち着け…………大丈夫…………上手くいく……」




 自分に暗示をかけるようにして心を落ち着けた後――――


「――――くっ!!」


 後ろ向きに走るようにして一気に足を滑らせ――――


「あぁああっ!!?」











 ――――刹那、宙に舞った私の身体はワンフロア下にあるベランダの手すりの先端に足をぶつけながら、滑り込むようにしてベランダの中へ落下していった。




「がはっ……!! あぁ…………っ! うぅっ……………………!」


 全身を打ち付け、しばらくその場で悶えた。

 しかし、何とか起き上がって室内に顔を向けてみると、カーテンの向こうから明かりが漏れ出ているのが目に入った。

 よかった、誰かいるかもしれない。そう思った私はベランダのガラス戸を叩きまくった。




「誰かっ! 誰かいませんかぁっ!!」


 ――――返事はなく、室内のカーテンが開かれる様子もない。ひょっとしたら、火災報知器の音を聴いて慌てて避難したのだろうか。

 しかし、このままでは危険だ。確か、火元から遠ざかった煙は温度が落ちてくると今度は下降すると聞く。ということは、煙がこのフロアを包み込むのも時間の問題というわけだ。




「――――えっ……?」




 すると突然、カーテンが開き、私服姿の女性が顔を覗かせた。何事かと言わんばかりの表情でこちらを見ている。

 室内に声が届くかは分からないが、私は必死に訴えた。


「助けてください!! 火事になって上から逃げてきました!!」


 と、大声で叫びながら、片手で天を指差す。


 それを聞いた女性は慌てた様子でベランダのガラス戸を開けた。


「助けてください!!」


 私はもう一度女性に懇願する。


「あの……火事って、上なんですか……?!」

「はいっ! この真上です! カーテンをロープ代わりにして逃げてきたんです! 助けてください!」











 …………その後、親切な女性に助けられ、マンションの外へ避難することができた。

 外では野次馬がうようよしていて、一四〇一号室を食い入るようにして眺めていた。

 そして数分後、ようやく到着した消防隊によって一四〇一号室の火は消し止められ、後にやってきた警察が「家の中を見せて欲しい」と言ってきたので、私はそのまま許可した。


 ――――それから三、四十分くらいして、現場検証から帰ってきたと思われる警察のうち、何人かが車の中へ乗り込んでいき、また何人かが野次馬から少し離れた方角へ歩いていくのが見えた。


 やがてその向こうから一人の警察官がやってきて、「事情聴取をしたいのであちらまで来ていただけますか」と言ってきたので、私はそれに応じ、警察官に連れられるまま、野次馬から少し離れた所へ移動する。

 そして、そこで待っていたと思われる二人組の刑事たちの元に案内されると、警察官は車の方へ戻っていった。


「見覚えのある顔だと思えば…………倉木さんじゃないっすか」


 よく目を凝らして顔を見てみると、確か和人くんとザクロだったか。この現場に居合わせたのは偶然か?


「またあなたたちか…………」

「『また』とはずいぶんな言いようじゃないか」

「うるさいな…………こっちは死にかけたんだぞ……」

「そうみたいだね、『事件性』があるかもだけど」

「…………というと?」

「鑑識の結果によるとね……」




 ――――発火元はやはりあの段ボールだった。室内に散らばっていた遺留物を調べてみると、どうやら一般的に使用されるタイプの時限爆弾のパーツだったんだとか。

「中を開けた時にはそんな物は見当たらなかったぞ」と答えてやると、「二重底になってたんじゃないの?」とのこと。「じゃあお肉と一緒に爆弾が送り付けられたのか」と聞けば、「それは調べてみなければ分からない」とのこと。


 そして奇妙なことに、時限爆弾自体あまり威力の高い物ではなかったらしい。爆弾によって被害を受けたと思われる玄関を見る限り、六畳くらいの部屋を半壊させるほどの威力さえもなかったそうだ。

 つまり、被害を拡大させた最大の原因は…………


「ガソリン……?」

「うん、おそらくだけど……時限爆弾と一緒に詰め込まれてたんじゃないのかな。パニックになった誰かさんが、火元に水をかけることを計算した上でのことかもね」

「ぐっ…………」




 そんなの、仕方ないじゃないか……!

 消火器すら置いてなかった以上、誰だって水で消火しようとするだろう……!




「――――キミさぁ、襲われる心当たり、あるんじゃないの?」

「えっ?」


 そう言われて、思わず動揺してしまう。


「いや、『え』じゃなくてさ、あるんでしょ、心当たり」

「…………」

「だってさ、もしそうじゃなかったらさ……なんかこう…………もっとパニックになってたりとか、狼狽えたりするもんでしょフツーは。でも今のキミを見てるとさ…………どーも心当たりがありそうに見えるんだよね。妙に落ち着いてるっていうか…………いくら弁護士の娘だからって言っても、一般人であることに変わりないじゃんか」

「それは…………」




 話すべきなのだろうか……? 確かに味方が多いに越したことはない。けれど、彼らが信用に値する人物なのかどうか、まだ私には分からない。




「…………うーん、事件の被害者なら心当たりくらい話せそうなものなのにさ…………ひょっとして、『古畑くん』って青年の事件と何か関係あったりする?」


 思わず視線を逸らしてしまう。

 ダメだな、今の私は。あんなことがあったばかりか、冷静さを保っていられないみたいだ。


「確か証言によると、『古畑くん』って青年はガキの頃からハッキングをやってたらしいね。そのことを"キミたち"は知ってたね?」

「…………」

「異論がないってことは、認めるってことでいいね? …………それから……えっと…………おい、キミ」

「はい」


 和人くんが差し出した手帳をひったくるようにして奪い取ったザクロは、手帳を見ながら何度か頷いた後、それを和人くんに投げ返して続けた。


「何度かヤバそうな連中にも襲われていた、と…………その後、あの楠野原大学に入学した古畑くんは、『オカルト研究会』に所属して……そこでも彼は、『自分の力』を発揮してたんじゃないかな……? 違う?」

「……………………そうだ」


 私は素直に認めることにした。古畑くんがハッキングをしていたことは、いずれバレてもおかしくない状況だった。

 こんな大ごとになってしまった以上、隠し立てをするのは無意味のように思えた。


「あぁそうそう、彼の名誉のためにもこう言い直した方がいいかな? 『彼はホワイトハッカーだった』……ってね」




『ホワイトハッカー』、その言葉で何か救われたような気持ちになった。そうだ、彼はハッカーだがその力を悪用していたわけじゃない。

 闇を表舞台に引きずり出すために、それを行使していただけに過ぎないのだ。


「でも古畑くんは殺される羽目になってしまった……それはなぜかな? …………『絶対に手を出しちゃまずい連中』に手を出したから殺されたんじゃないのかな……? そしてその災厄は、ついにキミの元に降りかかってしまった……どう? この考えが間違ってるなら、否定してみなよ」

「…………」


 ――――悔しいが、彼の推察は当たっている。だがそれでも、『闇社会』のことを喋るわけにはいかない。


「否定はしない……あなたの推察通りだ…………でもね」

「…………ん?」


 私はザクロの目を真っすぐに見据え、言った。


「あなた方が"あちら側の人間"ではないという保証がない限り、それ以上語ることはできない……」

「"あちら側の人間"とは……つまり、"ヤバイ連中"のこと? 僕たちが?」

「ああそうだ。"警察も信用できない"んでね」

「…………ふーん…………」




 ザクロは少し考え事をする仕草を見せたかと思うと、何かを察したかのように顔をしかめた。




「――――あぁ、()()()()()()か…………チッ…………」




 舌打ちをした後、再び私に視線を戻したザクロは言った。


「あのさ…………『警護』、"付けない方がいい"?」


 …………ザクロはなぜか突然『否定形』で質問をしてきた。そこにどんな意図があるのか気になったが、私は答える。


「あぁ、"付けなくていい、逆に危険かもしれないからね"」

「分かった。…………おい、引き上げるよ」

「…………はい」

 

 ザクロたちはすぐ近くに路上駐車していた車へ歩いていく。

 そして車に乗り込もうとしたところで、ザクロが足を止めた。


「――――あ、そうだ、あともう一つ」


 振り返って彼はこう言った。


「『自分の身の心配よりも、もっと周りに気を配った方が安全かもしれない』よ」


 それを告げると、彼らは車を走らせ、夜の街へ消えて行った。




「意味深な言葉を残すなって…………」


 それより、家族の身が心配だ。父さんや母さんは大丈夫だろうか。

 そう思っていると、懐に入れていたスマホの着信音が鳴り出した。

 電話の相手は父さんだ。




「もしもし、父さん?」

「あぁ、摩耶か? そっちは無事だったみたいだな」

「『そっち』……? おい、どういうことなんだ」

「さっき、父さんの事務所が……何者かによる襲撃を受けたんだ」

「なんだって?! それで、怪我は?!」

「父さんは大丈夫だ。だが事務員の一人が犯人と揉み合いになって怪我をしたみたいでな……幸いかすり傷で済んだんだが……どうも、今回父さんが受け持った案件が相当危険なものだったみたいでな…………くそ…………」

「事務員が怪我を…………」

「摩耶、お前……『何か』に巻き込まれてないだろうな? 大丈夫か?」

「…………大丈夫だ」


 すまない、今は嘘をつくことを許してくれ、父さん。


「ニュースで知ったぞ、お前の友人が殺されたんだってな」

「……ああ」

「とにかく気をつけろ…………あ、そうだ。今から父さんが持っている隠れ家の住所を教えるから、しばらくはそこに住みなさい」

「隠れ家? 父さん、隠れ家なんか持ってたのか? 初めて聞いたぞ」

「あぁ、母さんも知らない隠れ家だ。仕事柄、危ない橋を渡ってきたものだからね……隠れみのは用意しておくものだと思って」

「なるほどね、それで住所は?」


 住所をスマホのメモ帳でメモした。


「あー、これから警察の事情聴取だ、電話を切るぞ。あと、母さんのことは心配するな。腕利きの守衛を雇って身辺警護を要請してあるから」

「わかったよ」

「気をつけてな、摩耶。あと隠れ家の鍵は心配するな、そのまま向かってくれ。じゃあな」

「あ、ちょっと待ってくれ――――」


 私が問い返すよりも前に、通話を切られてしまった。

 それよりも、母さんが心配だったのでそちらに電話をかけてみる。


「――――あ、母さん!? 無事か?!」

「摩耶? さっき父さんから電話がかかってきて……何が何だかさっぱりなんだけど!」

「とにかく落ち着いて聞いてくれ……しばらくの間、父さんたちに匿ってもらってほしい」

「だーかーらっ! それが意味わかんないって言ってるの! まさか、何か起こったの?!」

「そのまさかなんだよ!」

「じゃあ……仕方ないか。お肉はお預けね」


 ――――こっちはお肉どころじゃないんだが!!


「とにかく、戸締りはしっかりな! じゃあな、母さん」


 通話を切って、次にかけるべき相手を電話帳から探し出す。

 寿代表にコールすると、もののツーコールで出た。




「摩耶くんか? どうした? こちらは今悠長に話してる場合じゃないんだが……」

「寿代表、"そちらでは何が起こった"? 私は危うく焼殺されそうになった」

「…………えげつないことに巻き込まれたようだな……でも、無事なようで何よりだ。こちらは…………言いにくいんだが、クーデターが起きている」

「はぁ?! きみの所の財閥でか!?」

「あぁ、いずれそうなる予兆はあったんだが…………タイミングから見て、おそらく『きみが持ち込んできたネタ』がトリガーになったんだろうさ」

「うそだろ……」

「派閥争いからクーデターに発展…………有り得ない話でもない。とりあえず、こちらの心配は無用だ。あと、大学も中退させてもらう。今はそれどころではないのでな」

「わかった……代表、気をつけてな」

「あぁ…………それと摩耶くん……」

「ん? どうした?」

「…………サークルのことは……すまなかった……」


 そう言われて、一瞬涙腺が緩んでしまったが、平常心を保ちつつ私は答える。


「仕方ないさ……それはあなたのせいじゃない」

「ありがとう、摩耶くん……じゃあな、お互い気を付けよう」

「あぁ」


 寿代表との電話を終え、最後に菜穂ちゃんのスマホにコールする。

 寝ているところだったら申し訳ないのだが、万一のことがある。




 何コールかして菜穂ちゃんが電話に出た。


「…………はい」


 電話に出た菜穂ちゃんの声に覇気がない。


「私だ、摩耶ちゃんだ。菜穂ちゃん、周りで何か変なことは起きてないか? 大丈夫か?」

「…………倉木さん……その…………」

「ん……? どうした……? もし、言いにくいことだったら、無理して答えなくていいからな……?」

「あの…………大量の紙が……ポストの中に……」

「紙? 何か書かれてたのか……?!」

「…………『倉木摩耶は殺人犯だ。それ以上関われば、お前たち家族が不幸になるぞ』って……」

「…………っ!」




 脅迫状か……ナメた真似をしてくれやがって……!!




「菜穂ちゃん…………今からきみにこくなことを言うが、許してくれるな?」

「えっ……?」

「『もう私に関わるな』……それがきみのためにもなる。いいね……?」

「そんな……そんなの……」

「頼む……もう関わらないでくれ。それ以上きみを不幸にしたくないんだ」

「――――不幸だなんて言わないでくださいっ!!」




 あのおとなしいはずの菜穂ちゃんが珍しく声を張り上げた。

 菜穂ちゃんは続ける。


「私は……私は倉木さんをお慕いしています……! いつだってあなたはまっすぐだった…………堂々としてた…………周りに負けない人だった……! そんなあなただったから、私は今まであなたについて来たんです!! それを否定するようなこと……言わないでください……!」

「買い被りすぎだ……私はそこまで強い人間じゃない……今だって手足が震えてるんだ! もうこれ以上、大事なものを失いたくないんだよ!!」

「それは私だって同じです! 私にとってあなたは大事な人なんです! 寿さんも、古畑さんも……みんな大事な人です!! 私の家族だって大事なんです!! あなたが私を不幸にしたくないって願うように、私だってあなたを不幸にしたくありません!! 苦しいのはみんな同じなんです……! お願いだから…………一人で背負い込むようなことしないで…………!」










 ――――菜穂ちゃんの泣きじゃくるような悲痛の叫びを聞き、私は考えた。

 これまで私は一人で突っ走っていただけじゃないのか。私はちゃんと周りが見えていたのか。

 私一人が戦って、勝手に朽ち果てようとしていただけじゃないのか。その愚かな行為こそ、私のことを『大事な人だ』と言ってくれた人を不幸にすることなんじゃないのか…………


『闇社会』とは、得体の知れない存在。いつどこでそいつらに足元をすくわれるか分からない。そんな相手にたった一人で何ができるというのだろう……?

 寿代表も、菜穂ちゃんも、見えない闇と必死に戦おうとしている。私一人だけが戦っているわけじゃない。そしておそらくあの二人組の刑事たちも…………何かを感じ取っているようだった。




「『自分の身の心配よりも、もっと周りに気を配った方が安全かもしれない』……か」

「えっ?? あ、あの……倉木さん?」

「すまなかった。私はあまり周りが見えてなかったようだ」

「えっ…………あの……え……??」


戸惑いを隠せない菜穂ちゃんに私は言う。


「ありがとう、菜穂ちゃん。きみのおかげで大事な物を失くさずに済んだよ」

「あ……はい…………?」

「いいかい、よく聞いてくれ。私たちを襲った脅威とはおそらく、"あいつら"だ」


 そう答えると、菜穂ちゃんも声のトーンを落として冷静になる。


「…………『闇社会』ですね?」

「ああ。"あいつら"、本格的に動き出したっぽくてな。それで私からは距離を置いたほうが良いという意味で言ったんだ」

「…………でも……」

「分かってる、もちろん『私と縁を切れ』とかそんなことを言ってる訳じゃない。"あいつら"の目的は『私』なんだよ」

「どういうことですか?」

「あいつらにとって『不都合な情報』を"私は握っている"」

「…………っ!」


 菜穂ちゃんの息を呑む音が聴こえる。


「それはある者にとっては『ただの情報の断片』にしか見えないのだろうが、またある者にとっては『最後のパズルのピース』に見えるとても"危険な代物"だ」

「つまり…………倉木さんにとっては、後者なんですね?」

「ああ。正確には『私たちにとっては』だが」

「…………倉木さんだけが、その情報を?」

「今のところはね。それは安全のため、ここでは口外できない」

「…………分かりました」

「だからしばらくの間、"あいつら"の目をごまかしておいてくれるかな? 菜穂ちゃんなら出来ると私は信じてる」

「はいっ!」


 菜穂ちゃんは力強く返事をした。それを聞いて安心した私は言った。


「大好きだよ菜穂ちゃん。事が落ち着いたら美味い料理でも食べに行こう!」

「わ、私もです! 倉木さんと一緒にお食事をしたい!」

「よし、では作戦開始だ。健闘を祈る!」

「倉木さんも、お気をつけて!」


 通話を切って、私は大きく息を吐く。




 長い戦いになるかもしれないが、私はありふれた日常を取り戻したい。そのために私は……いや、違うな。『私たち』は抗い続けてやろう、この『闇社会』という名のイカれた不条理に。

 そして必ず、凱旋がいせんしてやる…………!











(第四幕に続く)

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