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襲撃者はかく語りき  作者: デルタミル
2/5

第二幕 -連鎖する事件-

 ――――菜穂ちゃんの口からとんでもない言葉が飛び出してきたので思わず飛び起きてしまった。ジョークにしてはあまりにもたちが悪すぎる。

 電話の向こうの菜穂ちゃんは更に続ける。


「今、テレビのニュースで流れてて……多分ネットのニュースの方でも確かめられるかと……っ!」



 そう言われ、慌ててネットのデイリーニュースを閲覧した。




 ――――ニュースによれば、夜中の一時頃、自室にて古畑くんとその家族が惨殺死体となっているところを、近隣住民によって発見されたそうだ。

 発見者によると、古畑くんの自宅の玄関のドアが開け放たれた状態のままになっており、不審に思って中を覗き込んでみると、廊下で胸から血を流して倒れている古畑くんを発見。さらにリビングの方には彼の家族も倒れていたため、慌てて百十番通報をしたそうだ。

 到着した警察が遺体を調べてみると、まだ体温は温かく殺されて間もないことが分かった。しかし、古畑一家の殺害に使われた凶器は現場から発見されず、近隣住民に聞き込みをしながらその痕跡と犯人の足取りを追っているという。

 また新たな手掛かりが出れば報道されるのだろうが…………




「あ、あの……倉木さん、私、どうしたら……?!」

「落ち着いてくれ……! 頼む……少し落ち着いてくれ…………」


 自分に言い聞かせるようにして菜穂ちゃんを静かにさせた私は、少し考えてみた。


 昨日の今日であまりにもタイミングが良すぎる。家族もろとも皆殺しにした挙句、玄関のドアを開け放ったままにしているというのは、物取りの線では考えにくいことだ。

 痴情のもつれや友人関係のトラブルによって引き起こされた悲劇なのか、それも考えてみたがどうも違う。もしそうであるなら、古畑くんに殺される理由があったとしても、その『家族』までもが殺される理由にはならないだろう。そうすると犯人は古畑一家によほど強い恨みを抱いていたことになってしまう。

 それに、誰だって捕まりたくないはずだろうから、普通は『事件の発覚』を恐れて発見までの時間を稼ぐものだろう。なのにこの犯人は『玄関のドアを開け放ったまま』逃亡している。その意図は何だ? これではまるで見つけてくださいと言わんばかりじゃないか。







「なあ、菜穂ちゃん――――」

「――――は、はいっ?!」


 いきなり電話口で話しかけられてびっくりしたのか、菜穂ちゃんは声を裏返して息を切らしていた。




「変な質問をするんだが……仮にもしきみが『ドアを開け放ったまま現場から逃げる』としたら、それはどんな理由かな?」

「えっ……?? そ、それは…………よほど慌てた時か…………"現場を見せるため"……でしょうか?」

「"現場を見せるため"……?」

「はい…………『誰かにこの現場を見てもらって、状況を理解してもらうため』……とか。そ、それがどうかしたんですか……?」

「…………」






 ――――ひょっとするとこれは…………と、私の頭の中でとある仮説が成り立った。






「いいかい菜穂ちゃん、よく聞いてくれ」

「はい……?」

「"誰に何を聞かれても知らない"と答えるんだ。いいね? 警察にも、大学にも、きみの友達にもだ。そして大学で私が何かを尋ねたとしても、きみは"何も知らない"と知らぬ存ぜぬを貫き通すこと」

「え、なんでですか……? そ、そんなこといきなり言われても、何も分かんないです……!」

「いいだろう、ならこうしよう。『"何も知らないと答えろ"って倉木さんから言われました』とそう言っておけ。それなら問題ないだろう?」

「だ、だからどうしてそんなこと……? ひょっとして……古畑さんのことと何か関係があるんですか……? 倉木さん……何か知ってるんですか……? まさか古畑さん、『闇社会』のことを調べようとして……?!」




 …………電話の向こうからは菜穂ちゃんの焦りと不安に満ちた声が伝わってくる。やはりオカルト研究会のメンツというだけあって探求心は強い。それは私も、寿代表も、そして死んだ古畑くんも同じだろう。

――――しかし、私は『私の倫理観』を信じ、ここでは彼女に黙って従ってもらうという選択肢を取る。




「確かに私は『何かしらの手掛かり』を得ているよ。でもそれがどういうものなのか、ちゃんとはっきりさせるまでは誰にも話すことはできない。たとえきみであってもね。きみは大人しくしていればいい」

「…………わかりました、倉木さんを信じます。とにかく"何も知らない"って答えてればいいんですね……?」

「あぁ、ほとぼりが冷めるまでの間はね。素直な女の子は好きだぞ」

「倉木さん…………」

「じゃあ電話を切るよ菜穂ちゃん。いいね、電話を切ったらきみは"普段通り"に振る舞うんだ。なるべく動揺は見せないようにね」

「わかりました…………」




 そうして私は通話を切った。




「くそ……なんてことだ……!」




 スマホをベッドの隅に放り投げた私は、頭を掻きむしりながら部屋の中をぐるぐる歩き回った。




「……私の……せいなのか……!」




 先ほど閃いた仮説が正しいとするなら、全ての責任は私にある。


 古畑くんとその家族を皆殺しにした犯人の目的はおそらく『完全なる抹殺』だ。古畑くんは一昨日、『警視庁の犯罪データベース』をハッキングしている。そこで何かしら危険な情報を入手したんだろう。しかし、それと同時に"何者か"によってそのログ――――いや、IPアドレスだったか?――――を辿られてしまったんだ。

 でもそれが死に繋がったとすると、警視庁の犯罪データベースに情報が残っている時点で、殺害動機としては納得できない。

そうすると、昨日彼が言っていた『他にも入手した資料』とやらが死に繋がった可能性があるな。

 "何者か"にとって不都合な情報を入手してしまった古畑くんは、それのせいで消される羽目になった……といったところだろうか?

 それだけじゃない。犯人は『玄関のドアを開け放ったまま』現場から逃走を図るという意味深な行動を取っている。




 それはおそらく――――『見せしめ』のためだ。私たちに対して『このまま黙って全てを忘れたら、お前たちは生かしてやる』という警告なのだろう。

 だから私は菜穂ちゃんに『何も知らない』と言うように指示した。そうすれば少なくとも菜穂ちゃんやその家族、友人に危害が及ぶことはないはずだ。その何者かだって、無意味な殺傷は好まないだろうし。




 だが私は違う。父さんのことはあまり好きではないが、それでも『弁護士』の娘だ。真相究明に尽力する意志はある。地獄に堕ちるのは私一人だけでいい。






 家を出るまでに大分時間はあったが、私はそのまま大学へ向かうことにした。






 ――――大学に入ってオカルト研究会の部屋へ。こんな朝一から誰もいないだろうが、調べなければいけないことがある。

 部屋の中に入ってすぐにPCを立ち上げた。共有フォルダ内に何もないかどうかを調べるためだ。




「…………ん?」




 ――――妙だな。確か昨日、古畑くんは『パソコンのデータの整理でもしとくから、お前先に帰れよ』と言ってたはず。

 それなのに共有フォルダ内のデータは何一つ整理されていなかった。昨日、私たちが最後に触った状態のままだ。




「古畑くん…………きみは一体、ここで何をしてたんだ…………?」




 とりあえず、片っ端から机の引き出しの中を開けていくことにした。古畑くんが何か手掛かりを残してるかもしれない。

 まずは古畑くんの机の引き出しの中。アニメ柄のクリアファイルから大学のレポート、プログラミングに関する資料などが入っている。

 続いて菜穂ちゃんの机の引き出しの中。お守りやらお札といったド定番のオカルトグッズがあり、綺麗に揃えられた大学のレポートや研究テーマの資料等が入っている。

 そして寿代表の机の引き出しの中。やはり『本日をもってサークルは解散』と言ってから行動は早い人で、引き出しの中はカラッポだった。少しくらい躊躇してくれてもいいだろうに…………寂しいやつだ。




 最後に私の引き出しの中、といってもレポートやら資料やらがぐちゃぐちゃに入ってるだけなんだが……一応調べてみよう。




「……相変わらず、私の引き出しの中は汚いな」




 自分で言っててむなしくなってきた。




 ――――そして一番奥に手を伸ばしたところで何かに当たった。


「ん?」


 引っ張り出してみるとそれは黒いUSBメモリーだった。こんなものを引き出しの中に入れた記憶はないので、古畑くんが入れたものだろう。

 …………待てよ? いつ入れた?




 ――――まさか。




 私は部屋の入口に背を向けないよう注意して席を移動し、立ち上げたパソコンにUSBメモリーを差し込んだ。

 ここにきっと、古畑くんが残してくれた『闇社会』に関する手がかりがあるはずだ。






「…………なんだ、これ」




 ずらりと並ぶ資料や画像の数々。その中に『相次ぐ不審死に関するレポート』と書かれたPDFファイルがあったので、とりあえずそれを開いてみる。




『相次ぐ不審死に関するレポート』によると、ここ最近で謎の不審死が相次いでいたそうだ。


 まずは『二十代OLによる社員殺人事件』。これは『株式会社モルモットキューブ』で発生した事件で、二十代OLの『佐々木レイナ』という人物がオフィス内で次々に社員たちを殺害した後、自殺したというもの。

 事件発生当時、佐々木レイナはオフィス内で発生していた横領未遂事件の容疑者となっており、更に他の社員たちを口封じで脅していたとして脅迫罪にも問われていたという。

 そして脅迫されたと思われる被害者らと共にやってきた弁護士が社長室にて話をするべく、佐々木レイナを連行しようとした瞬間、突然佐々木レイナはバッグから包丁を取り出し、社員たちに襲い掛かったという。

 死亡したのは『村田むらたまこと』二十七歳と、『田辺たなべ由紀ゆき』二十一歳、『佐伯さえき涼子りょうこ』二十一歳の三名。

 彼らを殺害した佐々木レイナはそのオフィスの屋上にて、追手から逃れるために屋内へ火を放った後、飛び降り自殺を図ったとされている。




 ――――その事件に対し、報告者らしき人物は次のような見解を述べている。




 田辺由紀と佐伯涼子には過去に犯罪歴があることが分かった。

 高校時代、彼女らは『万引き』『窃盗』は勿論のこと、『傷害事件』まで引き起こしたため補導されていたものの、どのような手段を用いたのか定かではないが『彼女たちの凶行が公にされることはなかった』。

 学生時代の彼女たちのことをよく知っている者たちの証言によると、彼女たちの素行は非常に悪く、周りの者たちを力で圧倒しては弄んでいたそうだ。

 一方、佐々木レイナの両親は事件発生の数ヶ月前に不慮の事故で他界しており、唯一の支えとなったのは幼少期からの幼馴染である本条加奈子だけだったとされている。

 その佐々木レイナが突然オフィス内にて横領事件を引き起こした動機や、三名を殺害するに至った動機も不明慮である。

 仮に、彼女が田辺由紀と佐伯涼子の過去の経歴をネタに口封じで脅迫したとするなら、その経歴をどこで知ったのかも謎であり、そもそも田辺ら二人との接点が見当たらない。

 逆に田辺ら二人から佐々木レイナに接触したと考えると、ある仮説が成り立つ。

『横領事件を引き起こした人物が佐々木レイナではなく、他の第三者である』という仮説だ。

 報告によると、横領は未遂に終わっていたとされているが、"何かしらのアクシデント"が起こったために未遂に終わったと考えられる。

 そしてなぜかその容疑が『佐々木レイナ』に集中し、田辺ら二人は彼女から口封じに脅迫を受けたことになっていた。もしその田辺ら二人の証言が虚偽だった場合、次のことが考えられる。

 田辺ら二人は横領事件に関与しており、その容疑を佐々木レイナにかけるべく、彼女の幼馴染である『本条加奈子』に目をつけ、彼女を人質に取っていたのではないかと。

 そう考えると、佐々木レイナが田辺らを殺害する十分な動機と成り得るが、村田誠がなぜ殺されたのかは不明のままだ。佐々木レイナの凶行を止めようとしたために犠牲となったのか、別の理由があったのかは定かではない。この事件について関係者が一切口を開こうとしないためである。

 少なくとも『二十代OLによる社員殺人事件』について、事件の再検証をする必要性があると考えられる。











 続いて『私立笹野学園教師殺人事件』。

 これは『笹野学園中等学校』に勤めていた四十代後半の中学校教師『立花たちばなりょう』という人物が、同校に勤める中学校教師『新垣あらがき留美子るみこ』を被害者宅にて絞殺し、更に天井に吊るしたロープを用いて首つり自殺を図ったというものだ。

 現場の状況によると、被害者は椅子に座らせられていて、手足を縛られ身動きが取れない状態になっていた。

 首には何か紐状の物で絞められた跡があり、絞殺されたものと見られている。そして部屋の中央には倒れた椅子があり、その真上で『立花亮』は天井に吊るされたロープで首を吊って死亡していた。

 そのロープと『新垣留美子』の首についていた索条痕さくじょうこんが一致したため、『立花亮』が『新垣留美子』を殺害後、自殺を図ったと当時の警察は断定した。


 事件発生当時の立花亮は、妻の『立花たちばな久子ひさこ』と娘の『立花たちばな環希たまき』を失って間もなく、心に重い疾患を抱えていたと見られている。

 そんな彼が『娘が通っていた学校で教師を務めたい』と願い出て、以前勤めていた中学校から『笹野学園中等学校』へ異動したのだという。

 そしてその中等学校で立花亮に対して、親切心を持って接していたのが『新垣留美子』であり、おそらく意中にあったのではないかと見られ、痴情のもつれによって殺害に至り、良心の呵責に耐え切れず自殺を図ったものというのが当時の警察の見解だった。






 ――――これについても、報告者らしき人物は次のような見解を述べている。






 立花亮の家族について調べてみると、事件発生から二年前、娘の『立花環希』は通学路の途中にある下り階段から足を滑らせて転倒し、搬送先の病院で死亡していた。そして妻の『立花久子』は娘の死から一年後、自宅のリビングにて首吊り自殺した。

 久子については事件性は低く見えるが、一方の『立花環希』の死について疑問点が残っている。実際に現場を見てみると、写真にあったものよりかなりの段差が感じられた。確かに転落したら大怪我は免れないと思われる。

 しかし、現場の階段はザラついており、転落防止加工がされていた。通常、足を滑らせて転落した場合、背中を打ち付けるようにして滑っていくため、死亡するのは稀なことである。

死体発見時の近隣住民の証言によると、『被害者は階段に対して横向きでうつ伏せになって倒れていた』そうだ。

司法解剖をおこなった執刀医によれば、『被害者の頭、肩、背中、足といった全身に至るまで強い打撲痕があり、よほど勢いをつけて打ち付けないとここまで酷くはならない』と答えていた。つまり、殺人の疑いがあると考えられる。

 しかしこの転落事件は『事故死』として処理されたので、それ以上の追求はかなわなかった。

 父親である『立花亮』が娘の死に疑問を持たなかったとは言い切れないが、仮に疑問を持っていたと考えると、新垣留美子の殺害動機である『痴情のもつれ』という線について、再検証すべきではないかと思われる。




 どちらの事件の被疑者も警察が到着する前に自殺している。まるで何かから逃れようとするかのように。非常に不可解な事件である。





 ――――以上が『レポート』の内容だ。そしてその報告者を見た時、私は眉をひそめた。


 『平成29年6月12日 刑事課特別捜査係係長 野原慎太郎』。それは梅宮さんが所属していた係であり、その係長の名前が示されていたからだ。


「この不審死が『闇社会』とどう関わってくるんだ……?」


 私は他の資料についても調べてみた。

 そこには三つの会社のフォルダがあって、それぞれ決算書や仕訳帳等が揃っていた。『株式会社モルモットキューブ』と『宮野コーポレーション』、『林道りんどう商事株式会社』だ。なぜ古畑くんがこんなものを調べていたのかはわからないが、きっと何か意味があるのかもしれない。


 まずは『宮野コーポレーション 平成27年度 決算書』というフォルダを開き、そこにあるPDFファイルを片っ端から閲覧していった。

 そこには『損益計算書』や『貸借対照表』もあったので目を通してみる。




「うん、さっぱり分からん」




 こんなことなら簿記の勉強でもしておけば良かったかと思ったが、ある程度の勘定科目の意味なら想像できるので、何とかなるだろう。

 とりあえず貸借対照表から見て行こう。資産の部、負債及び純資産の部をそれぞれ確認していく。

 資産は現金とか売掛金――――おそらく後で相手から受け取るツケみたいなものか?――――それと備品やら建物の金額が記載されていた。負債及び純資産の部には、買掛金――――えっと、後で相手に支払うツケ?――――そして借入金――――つまり借金か? 後は当期純利益が記載されていた。

 …………会計のことに関しては詳しくないのでよく分からないが、やけに純利益の額が少なく感じられた。負債の額がかなり大きかったのでそれだけ利益を得られなかったのだろうか。

 ところが、次の『平成28年度 決算書』というフォルダを開いて貸借対照表を見てみると、前年に対してあり得ないような起死回生の仕方だった。

 前年比に対し千パーセント等、いくら何も知らない私でも不自然だと感じた。


 なぜそんなことになったのか、損益計算書からも何か手掛かりが得られないかと、前年と翌年の表を見比べてみることにした。


 すると、二十七年度の表で、他の科目と比べて圧倒的に金額が高い勘定科目があった。それは『支払手数料』だ。その額はなんと五百万円。おそらく買掛金や借入金の金額よりも目立っていたそれが原因で、二十七年度は全く利益を得られなかったのだろう。

 しかし、翌年の『支払手数料』はその十分の一にも満たない二十万ちょっとで、その代わりに莫大な売上金を手にしている。

 他の会社はどうなのか見てみると、『株式会社モルモットキューブ』や『林道商事株式会社』も同様に、売上には困っていなかったものの、莫大な支払手数料を支払った翌年の二十八年度には、莫大な売上金を獲得していた。

 ――――ちなみに調べてみたが、この『モルモットキューブ』という会社はなぜかその翌年には消滅し、今は廃墟ビルと化していた。



 どういうことだ……? なぜモルモットキューブは最高潮とも言える売上を取っていたにもかかわらず、その後に消滅しているのだろう? やっぱり、殺人事件が大きく影響を与えたのだろうか。




 ――――答えが何なのかを確かめるべく、仕訳帳も見てみることにする。




 この三社は『株式会社フューチャー・コンサルティング』という会社に、現金で五百万円の手数料を支払っていたようだ。この洒落た名前の会社はどうやら経営コンサルトを行っている会社で、調べてみると確かに実在していた。


 しかし、その翌年でこれだけの売上を得ることなど可能なのだろうか? どんな経営方針にしたらそんなことが…………?

 この売上がどこから来たのか更に調べてみたが、帳簿を見る限り、正しくやり取りがされているようで、何も不自然な点はなさそうだった。プロが見れば何かしら穴を見つけられるかもしれない。

 しかし、税務署が何も突っ込まなかったということは、やはり不正はなかったということだろうか……?






 ――――そんなはずはない。そう考えた私は、今年に入ってから他に消滅した会社がないかどうかをネットで調べてみることにした。

すると、全国各地に点在する色々な会社が次々に倒産、あるいは他社や投資ファンドに買収されていたことに気が付いた。そのほとんどの理由が『経営不振によるもの』とされていたが……何かがおかしい。






 もしこの情報のせいで古畑くんが殺されたとなると、首をかしげる以外にないのだ。古畑一家が惨殺されたということは、犯人がそれだけ危機感を抱いていたからだとそう思っていたから……このように"不特定多数の人間が認知できるような理由"であるとは考えにくいのだ。




 古畑くんは『警察のデータベースをハッキングした』と言っていた。じゃあこの三社の決算書は一体何なんだ? これも古畑くんがその三社をハッキングして盗み出したものだろう? 『モルモットキューブ』という会社を手掛かりにしてこの情報を手に入れたはず。ならば、『警察のデータベース』とこの三社を結び付ける何かがきっとあるはずだ。おそらくそれが、古畑くんを死に追いやったに違いない。



 もう少し考えてみよう。



 まず、『モルモットキューブ』が突然消滅した理由、それは佐々木レイナが引き起こした殺人事件が関係しているのは間違いない。しかし本当にそれだけだったのか? 例のレポートを書いた人物の考えるように、他にも検証しなければいけない理由があったとしたら?






 ――――『横領』。






 そう、モルモットキューブで起きた『横領未遂事件』がヒントになっているはずだ。

『横領』とは本来『他人の物を不法に自分の物とすること』なので、この『横領』を引き起こした犯人は何かしらの利益を得るためにやったことになる。

 ここからは私の想像だが、おそらく『横領』の目的は、会社の資金だけでなく、『企業秘密や開発資料等』を盗み出すことだったのではないだろうか? たとえばそれが闇市場で法外な金額で売れるとしたら?


 仮にAという会社とBという会社があったとしよう。


 "もし、そのAという会社がとても切羽詰まっていて、銀行からの融資も一切受けられないような絶望的な経営不振に陥っていたとしたら、『倫理観』を棄ててでも『越えてはならない一線』を越えてしまう"のではないだろうか。それに手を貸した"何者か"は手数料として五百万円を受け取り、その知恵を貸した……

 Aという会社は"何者か"の協力を得て、Bという会社から『資本金・企業秘密・開発資料等』を横領、それを闇市場に売りさばいた。おそらく一度"何者か"の手を介して、上手く処理されたのだろう。

 しかし、そのままだと売上金の出所を怪しまれてしまうため、所謂(いわゆる)『マネーロンダリング』という方法を用いて、分散して法外な金額を受け取ったのだ。

 先ほどの帳簿等を見ても不審なやり取りがなさそうだった所を見ると、仕分けの帳簿でやり取りされていたいくつかの会社は『マネーロンダリング』に利用された物じゃないかと思う。

 文字通り、帳簿だけのやり取りってやつだ。あるいは、隠し口座みたいなものでも使ったのかもしれない……


 この仮説を今回の事件に当てはめて考えてみる。




 ――――"どこかの会社"から送り込まれてきたエージェントは『株式会社モルモットキューブ』で横領を働こうとした。ところが、そこで思いがけないアクシデントが発生した。それは、その現場を誰かに目撃されたことだろう。


 そしてその現場を目撃した人物とはおそらく――――本条加奈子だ。彼女はたまたまその現場を目撃してしまい、エージェントたちに消されそうになったのだろう。佐々木レイナは"それに気づき"、凶行に走ったのではないだろうか。大事な幼馴染を守るため、"エージェントたち"を殺害したんだ。


 さっきのレポートに出てきた田辺と佐伯という女はおそらくどこかの会社から送り込まれてきたエージェントで、村田誠という人物は彼女たちの上司ではないだろうか。

 ……そして知恵を与えた"何者か"の正体を考えた時、私は『株式会社フューチャー・コンサルティング』という会社が頭に浮かんだ。

 五百万円の大金と引き換えに、私たちの想像もつかないようなことをしていたのではないだろうか…………?




 ――――古畑くんもまた探求心の強い男だ。もし、今の私と同じようにこの経営コンサルト会社を疑ったのだとしたら……


 彼は一昨日の夜、違法で入手した資料をこのUSBメモリーに入れ込み、その翌日、私たちが研究会の部屋から出た後、私の机の引き出しの中にUSBメモリーを忍ばせた。

そしてその日の夜、『株式会社フューチャー・コンサルティング』にハッキングを仕掛け、その過程で殺されたのではないだろうか。

 そう、『株式会社フューチャー・コンサルティング』という会社こそ『闇社会』の一員であり、そいつらに殺されたと考えるとしっくりくるのだ。つまり、この会社を追求していけば、『闇社会』の手がかりを掴めるかもしれないのだ。

まあ、あくまで推測に過ぎず、これが正しいのかどうかは断言できないが。






「ひとまず、情報はこれくらいか…………」


 私はUSBメモリーを引き抜き、ポケットに忍ばせると、部屋から出た。






 廊下に出る頃には良い時間になっていた。私はそのまま二時限目の実習に出ることにした――






(第三幕に続く)

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