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クロス・フェイト  作者: うみち
第二章 英雄譚Ⅰ ––ケイト・バベッジ––
8/21

ネビス山、中腹 洞窟前


 イギリスのハイランド地方、ロッホアバー地区に連なるグランピアン山地の西端に位置し、標高1300メートル程あるイギリス諸島最高峰の山。気候のせいなのか、草木がまばらにしか自生しておらず、荒れた岩肌がむき出しになっている。その山の中腹、大きな岩で隠されたような場所に大人一人がしゃがんでやっと入ることが出来る程度の洞窟があった。


 ケイトはサムと共に洞窟の入り口に車を止め、入り口に立つ。


「ここだな、バケモノの巣ってのは。にしても寒いな」


 ケイトは洞窟に入る前に、銃と腰に付けた大圧力筒の最終チェックをする。一通りチェックを終えた時、サムが洞窟に向かって唸りだした。


「ああ、嫌な感じがするな。慎重に行こう」


 ケイトはサムと共にゆっくりと洞窟に入って行く。洞窟の中は一面暗闇に包まれており、地面には所々に水溜りがある。ケイトはレッグポーチから球状の蒸気仕掛けの懐中電灯を取り出しボタンを押す。すると、パシュッ、と音がしてゆっくりと発光し、周囲を照らし出す。


「かなり奥まで続いてんな」


 しばらく進むと、大きく開けた場所に辿り着いた。相変わらず薄暗いが、ケイトは洞窟の奥から青白い光が漏れ出していることに気付き、懐中電灯を消した。


「なんだあの光……」


 ケイトがそう呟いた瞬間、サムは青白い光に向かって勢い良く吠えだした。


「サム、落ち着け! サム!」


 ケイトの制止も聞かずに、サムはいっそう激しく吠える。その数秒後、洞窟の奥の青白い光が突然消え、洞窟全体が闇に包まれる。


 ケイトは咄嗟に両手に銃を構えて辺りを見回す。サムは警戒するように唸り声を上げながらケイトの前に立つ。


 次の瞬間、ケイトとサムの目の前に青白い炎の塊が出現し、周囲に霧が発生する。


「うおあ! なんだこれ!」


 ケイトは銃を向けながら叫ぶ。サムは炎の塊に向かって勢いよく吠える。


「ふんぐるい、むぐるなふ、くとぅぐあ、ふぉまるはうと、んがあ・ぐあ、なふるたぐん、いあ、いあ」


 不気味な声が洞窟内に木霊する。


「その呪文、お前がクトゥグアだな。答えろ! じいちゃんはどこだ!」


 ケイトは炎の塊に銃を向けながら怒鳴る。ケイトの言葉に呼応するかのように、炎の塊は激しく燃え上がり、洞窟の壁面が凍りついていく。


「何なんだよてめえ! いいからじいちゃんを返せ!」


「ふんぐるい、むぐるなふ、くとぅぐあ、ふぉまるはうと、んがあ・ぐあ、なふるたぐん、いあ、いあ!」


 先程とは違い、明らかに殺意の篭った声が洞窟に響く。


「サム! 走れ!」


 ケイトはサムに逃げるように促して、炎に向かって銃を乱射する。サムは一目散に洞窟の入り口に向かって走りだした。


 ケイトは休まずに銃を撃つが、弾丸が炎の眼前に迫ると、一瞬で凍りつき粉々に砕けてしまう。


「クソッ! 全然効いてねえのかよ!」


 ケイトは銃を下ろしながら呆れながらそう言うと、洞窟の入り口に向かってゆっくりと後ずさる。


「■■■■■■■■■■■―――!」


 咆哮が轟いた瞬間、物凄いスピードで青白い炎弾が三発、ケイトに迫って来る。


「おいまじかよ!」


 ケイトは銃のボタンを押し、靴のソールから蒸気が勢いよく吹き出され、後方に倒れこむようにして炎弾を躱す。躱した炎弾が地面に着弾した瞬間、地面が一瞬で凍りつき、鋭い氷の氷柱が勢い良く出現した。


「冗談じゃねえぞ、まだ死ぬわけにはいかねえんだよ!」


 再び炎弾が迫っているのに気付き、ケイトが立ち上がろうとした瞬間、炎が発する冷気によって凍り付いた水溜り

に足を滑らせてしまう。


「うおわあああ!」


 ケイトが死を覚悟した瞬間、全速力で走って来たサムが服の襟を咥え、ケイトを思いっきり洞窟の入り口に引きずり、炎弾から助け出した。


「助かった、サム! 一時撤退だ、走れ!」


 サムとケイトは全速力で入り口まで走りだす。ケイトを逃すまいと炎弾が飛び交うが、間一髪で躱し切り、洞窟から脱出しようとした瞬間だった。


「ケイ……ト……」


 聞き覚えのある声が聞こえ、ケイトは思わず振り向く。そこには、今までいなかったはずの祖父、チャールズ・バベッジがいた。上下黒のスーツはシワだらけになっており、右半身だけ凍りついていた。黒だった髪は全て真っ白になっており、瞳の色は金色に変色していた。


「じいちゃん! 探してたんだぞ! 話は後で聞くから、今は逃げよう!」


 ケイトはチャールズの腕を掴んで洞窟から出ようとするが、チャールズはその手を振り払う。


「じいちゃん?」


「なぜ逃げる必要があるんだ、ケイト?」


「何でって、あんな化け物がいるんだぞ⁉︎ 逃げるに決まってるだろ!」


 ケイトは青白い炎を指差しながら答えた。


「化け物? お前はあれを化け物だというのか?」


 チャールズはケイトの言葉を聞き、不思議そうに尋ねた。


「当たり前だろ! いいから早く逃げよう!」


「まだ駄目だ。あと少しで、あれとの同期が終了する。そうすれば、クトゥグア復活の準備ができるんだ」


「はあ? 何言ってんだよじいちゃん! 意味分かんねえよ!」


「理解する必要はない」


 チャールズは落ち着いた口調で言うと、不気味な笑みを零す。


「さっきからいってるクトゥグアって一体何なんだよ? あいつがそのクトゥグアなんじゃねえのか?」


「あれはクトゥグアが死の間際に産みおとした者だ。死したクトゥグアの復活を悲願としている。神だ」


「神? じいちゃん、あんた昔から無神論者だったろ! 神なんてこの世に存在しないって散々言ってたじゃねえか!」


 チャールズは静かに首を横に振る。


「それは愚かだった頃の私だ、今の私は違う。お前には私の成しえる偉業を見届けてもらいたいんだ。大人しく家に帰りなさい」


「何馬鹿なこと言ってんだ! あいつに操られてんのか⁉︎」


「いいや、これは私の意思だ」


「いい加減にしろよ! あいつのせいでおかしくなってるんだろ? 俺が目を覚まさせてやる!」


 ケイトはレッグポーチから小型の蒸気爆弾を取り出し、ボタンを押して炎に向かって投げる。


「ケイト! 止めろ!」


 チャールズは叫びながら炎に駆け寄って行く。


「じいちゃん! 行くな!」


 ケイトが叫んだ瞬間、爆弾が爆発し、ケイトは爆風で洞窟の外まで吹き飛ばされ、その直後に洞窟が崩れてしまう。


「うっ……じいちゃん!」


 ケイトは起き上がり洞窟に向かって涙を流しながら叫ぶ。


「くそっ……何でだよ……じいちゃん……」


 経理そうな声で呟くケイトの側に、サムは寄り添い顔を舐める。


「サム……怪我はないか? ––––なんだ? 急に寒くなってきた」


 ケイトは体を震わせて辺りを見回す。突然吐く息が白くなり、洞窟内で見た霧が発生した。


 数秒後、大きく地面が揺れ始め、崩れた洞窟から青白い炎を纏ったチャールズが飛び出して空中に浮かび上がった。


「じいちゃん⁉︎」


「サム、お前に理解してもらえないのは本当に残念だよ。お前は昔から私の言うことは素直に聞いてくれていたんだがな」


 チャールズは少しだけ悲しそうな顔をしてそう言うと、街の方を見る。


「まあ、今はそれもどうでもいいことだ。私はこれからしなければいけないことが沢山ある。お前はただ見ていればいい」


「待てよ! 何をする気だ!」


「クトゥグア復活の為の贄を捧げる。ではな、ケイト。私が成す最後の偉業を見ているが良い」


 チャールズはそう言い残して、街の方に高速で飛んで行った。


「じいちゃん!」


 ケイトは追おうとするが、すでにチャールズは見えなくなっていた。


 呆然としているケイトに、サムは喝を入れるかのように吠える。


「ああ、今のじいちゃんは何するかわからねえ。街が、カナメさんが危ない。行くぞ、サム!」


 ケイトとサムは車に乗り込み、街に向かって全速力で向かった。

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