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クロス・フェイト  作者: うみち
第三章 英雄譚Ⅱ ––ナキ––
19/21

エルサレム、ソロモン神殿


 石造りの家屋が立ち並び、多くの人々で賑わう市街地。エルサレムの市街地は四つの地区に分けられており、アルメニア人地区、キリスト教徒地区、ユダヤ人地区、ムスリム地区があり、市街地全体を見下ろすことができる神殿の丘に、ソロモン王が建設したソロモン神殿が立っている。そして、エルサレム全体を守るように高さ十五メートル、厚さ三メートルほどの石の壁が築かれている。市壁にはエルサレムに入国するための門が、それぞれの地区に二つずつ、計八つ存在している。


 セリーネはキプロス島の調査報告をするため、ソロモン王のいる神殿に足を運んだ。


 赤色の巨大な石の柱が等間隔で立てられており、壁や床は真っ白な大理石で出来ている。柱の前には、鎧を着た騎士たちが武装して立っており、神殿の最深部にある玉座を守っている。


 セリーネは騎士達に構わずに玉座へと足を進める。


「セリーネ・オルゼン、帰還致しました!」


 セリーネは兜を脱ぎ、玉座に座るソロモンに向かって膝をついて頭を下げる。


「うむ。調査ご苦労だった。頭を上げよセリーネ」


 セリーネは顔を上げてソロモンを見る。腰まで伸びる艶のある銀髪。赤い刺繍の入った白いローブを纏っている。褐色の肌に金色の瞳で、指に一つずつ指輪をはめている。


「予定よりも幾分か早い帰還だが、何があった?」


「はい。キプロス島に調査へ赴いて僅か数刻で、竜の襲撃に遭い、撤退を余儀なくされました」


「兵は無事か?」


「こちらの損害はありません。ですが、満足のいく調査は出来ませんでした」


 セリーネは淡々とした口調で報告する。


「ふむ、分かった。調査はまた機を見てから行おう。今は体の疲れを癒やせ。時が来れば、また卿にも調査に赴いて

もらう」


「はっ! それと、もう一つご報告したいことが」


「ほう」


「少女が一人、竜と共に我らを襲撃してきました」


 ソロモンは少しだけ驚いた表情でセリーネに問う。


「なに? 人間があの島にいたのか?」


「はい。その少女は、自分を竜だと言って我らを襲いました」


「ふむ。遥か東方の島国には、物の怪に育てられた人間がいたと聞いたことがある。その人間も、それと同じ様なも

のなのだろう」


 ソロモンは目を細めながら続ける。


「報告ご苦労だった。下がって良いぞ」


「あの、ソロモン王……」


 セリーネは目を伏せながら呼び掛けた。


「なんだ?」


「その、キプロス島の調査が終わった後は、どうなさるおつもりなのですか?」


「決まっている。竜共を残らず討伐し、あの島に拠点となる町を作る」


 ソロモンの言葉を聞き、暫しの沈黙の後にセリーネは口を開く。


「……王よ、竜を討伐する必要はあるのでしょうか?」


「なにが言いたい?」


「キプロス島にいた少女を見て思いました。人と竜、共に生きることは出来ないのでしょうか? 分かり合える道が

あるのでは……」


「そんな道は無い。お前も分かるだろう? 強大な力を持つ野蛮な竜と、我ら人間とでは共に手を取り合って生きていくことなぞ出来ないと」


 セリーネの言葉を遮り、鋭い口調でソロモンは言い放った。


「ですが!」


「話は終わりだ。下がれ、セリーネ」


 食い下がるセリーネに、ソロモンはそれだけ言って玉座から立ち上がると、セリーネを残して寝室へと消えた。


「…………はい。失礼致します」


 誰もいない玉座に向かって呟くと、セリーネは立ち上がって神殿を後にした。

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