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旧神の楔・小部屋
扉を開け、ナキは自分にあてがわれた部屋を見て、少しだけ驚いた。六条ほどの部屋の中央に、植物のツルで編まれたハンモックが吊るされている。部屋の隅には焚き火の跡と、腰掛ける事が出来る大きさの岩がある。壁はゴツゴツとした岩肌が剥き出しになっており、床には砂利や石が敷き詰められている。洞窟の空間をそのまま切り取ったような不自然な部屋になっていた。
「へえ、凄い。私が住んでた洞窟そのままじゃないか。扉があるってのは少し違和感あるけど、そこは気にしなければ良いか」
ナキは部屋の隅にある岩に腰掛け、深い溜息をつく。
「しかし、よく分からない戦いに巻き込まれたな。胡散臭い奴もいるし」
ナキは大広間を出る直前に、言葉を交わしたレミリアの事を思い出す。
(アイツの魔力、広間にいた連中とは比べ物にならないほど強大だった。この世界についても何か知ってるみたいだ
し、何なんだ?)
しばらく考えてから、再び溜息をついて顔を上げる。
「いま考えたって仕方ないか、分かんないもんは分かんないし。夜まで時間もある、一度寝とくか」
ナキは立ち上がり、ハンモックに横になり、目を瞑る。大きな欠伸をして、そのまま眠りについた。
♢
女が一人、布で包んだ赤子を抱いて、夜の森を走っていた。
青々とした葉を広げる木々が生い茂る森の中で、一際巨大な木の根元まで来ると、女は布で包んだ赤子をそっと根元に置いた。
女はそっと布をめくり、赤子を見る。何も知らない赤子は、小さな寝息を立てて、眠っている。
「ごめんね、ごめんね」
大粒の涙を零しながら、女は赤子に向かってそう言った。しばらく泣いた後、女は布を戻して立ち上がり、赤子を置いたまま走り去った。
♢
紀元前980年、キプロス島、
地上に色濃く神秘が残る時代。強大な力を持った“竜”と呼ばれる幻想の獣に地上が支配されている世界。人々は竜の
脅威に対抗する為、魔法と呼ばれる神秘を用いて自分達の生活圏を守っていた。
ここキプロス島にもかつては人が生活していたが、竜との戦いの末に島を追われ、今は竜だけが存在している。そのため、人々から“竜の巣窟”と呼ばれ、誰も近寄る事のない島となっていた。
「ほらこっちこっち!」
だが、人間が一人もいないはずの島で、一人の少女が元気良く森を駆け抜けていた。
「待ってよナキ姐ちゃん!」
「僕らじゃまだ追いつかないよ!」
ナキの後を、全長二メートルほどある雛竜が二頭追っている。一頭は脚が二本で、大きな翼を有している。首は長く、全身を白い鱗が覆っている。もう一頭は四足歩行で翼は無く、首が短く、黒い岩のような鱗が全身を覆っている。
「何言ってんのさ! 全力出しな!」
ナキはそう言うと、背中から炎の翼を出現させ、大きく上空に飛び上がった。
「そんな高い所まで飛べないよ!」
「僕なんてそもそも翼無いし!」
雛竜は上空のナキに向かって文句を言った。
「ったく! そんなんじゃ立派な竜にはなれないよ! ––––ん?」
ナキは海岸の方に目をやると、島に近づく一隻の船に気がついた。
「人間だ。アタシらの島に一体何の用だ?」
ナキは不思議そうにそう呟いた。
「人間? 人間が来てるの?」
「僕、人間見て見たい!」
ナキの言葉を聞いて、雛竜は無邪気にはしゃぎだす。
「何があるか分からないからダメだ。アンタ達は母様にこの事を知らせに行きな!」
「えー! なんでー!」
「ちょっとくらい良いじゃん!」
「うるっさい! またお仕置きされたいのかい⁉︎」
雛竜は駄々をこね始めるが、ナキに一喝され、大人しくなる。
「分かったよぉ」
「どんなだったか聞かせてね!」
雛竜はそう言って森の奥に戻って行った。
「ハイハイ。それじゃあ、見てくるか」
ナキは大きく体を伸ばして、島の海岸まで飛んで行った。
♢
真っ白な砂浜が続く海岸。その海岸沿いにある森の木に身を隠すようにしてナキは船を見る。、海岸にはすでに船が停泊し、数十人の鎧を着た人間が島に上陸していた。
「ここに来るのは数年前の遠征以来ですね」
真っ白な砂浜に一人の騎士が立ち、辺りを見渡す。騎士の身長は百七十前半で、銀色の鎧を纏い、六芒星が刻まれている兜を被り、腰に茜色の鞘と両手剣を差している。声は透き通った声で、騎士が女性であるということが分かる。
「セリーネ様、隊の準備が完了しました」
部下の一人がセリーネの側に近づきそう言った。
「ありがとうございます、キルス。では、今回の任務の確認をしましょうか」
セリーネと呼ばれた騎士は振り向きながらそう言うと、一列に並んだ騎士達に向かって言葉を継ぐ。
「今回の目的は、ここキプロス島奪還の為の調査です。竜との戦闘は可能な限り避けること、仮に戦闘が避けられな
い状況になった場合は、すぐに支給した笛を鳴らし、私を呼んでください。キルス隊はこの海岸に残り船を守り、そのほかの隊は私と共に島を探索します。皆さん、くれぐれも慎重にお願いします」
セリーネがそう言うと、騎士達は一斉に返事をする。
「では行きますか。キルス、船の守りは任せましたよ」
「はっ!」
セリーネと騎士達は列を成して海岸沿いの森へと足を踏み入れた。
今回の文で一部間違いがある状態で投稿してしまったため、改稿させていただきました。
今後はこのようなことがないように努力しますので、読んでくださっている皆様、よろしくお願いします。
改稿部分
紀元前1000年→紀元前980年




