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カナメがチャールズに連れ去られた数十分後。ケイトは変わり果てたロンドンを車で直進していた。
「遅かったか、カナメさんは無事なのか⁉︎」
ケイトは事務所が入っているビルの前に車を止め、壁が破壊された事務所を窓越しに見る。
「嘘だろ!」
ケイトは車から飛び降り、駆け足で事務所に入り、ケイトを探す。
「どこだよカナメさん!」
誰もいない事務所で、ケイトは必死に叫ぶ。
「どうにかしてじいちゃんを止めないと、本当に世界が終わっちまう」
ケイトは事務所出て、車に乗り込む。
「まずじいちゃんを探さなきゃなんねえけど、どこにいるんだ? サム、お前匂いで追えたりしないか?」
サムはケイトを見て情けない声で鳴く。
「いや、お前は悪くねえよ。あんな姿になっちまってるんだ。匂いだって変わってるよな。あー! どうすりゃいいんだよ!」
ケイトはハンドルを叩いて大声を出す。
少しして、正午を知らせる鐘の音が街に響いた。
「鐘の音? おかしいな、もう正午は過ぎてるはず……。行くぞ、サム!」
ケイトは何かに気がついたのか、シートベルトを締めて車を急発進させる。
「ビッグ・ベンの鐘は午前六時と正午、それに午後六時になれば自動で音がなる仕掛けになってる。それがこんな中途半端な時間に鳴るってことは、誰かが鐘を鳴らしてるってことだ。何か手掛かりがあるかもしれない」
ケイトは早口でサムにそう言うと、それに答えるかのように、ワン、と吠える。
「ああ、カナメさんだといいんだけどな。とにかく急ごう!」
ケイトはアクセルを強く踏み込み、スピードを上げてエリザベス塔に向かった。
♢
エリザベス塔、最上階
ロンドンの街並みを一望できるようになっている空間。上部には大きな鐘が取り付けられており、一定の時間になると蒸気仕掛けが作動して鐘を鳴らす。
その空間の中央に、五芒星が青白い炎で描かれており、その五芒星の中央にチャールズが立っている。そして、階段の側に両腕を切断され、意識朦朧のカナメが倒れこんでいた。傷口は凍りつき出血は止まっているが、痛みと寒さで衰弱しきっていた。
「全く、余計な行動さえしなければ、そんなことにならずに済んだんだ」
チャールズは少しイラつきながら、カナメに向かって言った。
「まあいい。偉業を成すには、いくつもの障害があるのは当然だからな。それは私に抗ったことへの罰だと思いたまえ」
カナメはチャールズを睨むことしかできずにいた。
「ある程度この力にも慣れてきた。君を実験台にする必要は無くなったんだ、もっと喜びたまえ」
チャールズがなだめるように言った時、外から車の走行する音が聞こえてきた。
「カナメさーーーーーーん! いるかーーーーー!」
ケイトの呼びかけに、カナメは思わず涙を流す。
「良かった……生きていたか、ケイト……」
涙声でカナメは呟く。
「ケイト……。まだ私の邪魔をする気か。生かしておいてやった命を、わざわざ捨てに来るとはな」
チャールズは哀れんだ表情でそう言うと、指を鳴らす。すると、青白い炎が空中に出現し、銃や槍を持った兵士の姿になる。
「儀式の邪魔をされるわけにはいかない。下に行って、ケイトを殺せ」
炎の兵たちはチャールズの命令を聞くと、下の階に向かって行った。
「あんた……本当に……ケイトの祖父なのか?」
カナメは弱々しい声でチャールズに問う。
「いかにも、私はケイトの祖父、チャールズ・バベッジだ。何故そんなことを聞く?」
「なら……あんたは、自分の孫を……殺すのか?」
「私の偉業の邪魔をする人間は、誰であろうと容赦はしない。それが、可愛い自分の孫だとしてもな」
カナメの言葉を聞き、チャールズは静かにそう答えた。
「そうか……。私は……あんたのことを、偉大な天才だと思っていたが……違ったようだ。あんたはただの、自分のことしか考えない狂人だ」
チャールズを睨みながら、鋭い口調でカナメは言い放った。
「世間からの評価などに興味は無い。好きなように評価するがいい」
涼しい顔でチャールズは答えると、カナメには聞き取れない発音で何かを詠唱し始め、儀式を再開した。




