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カナメ探偵事務所
相変わらずデスクに突っ伏しながら眠っていたカナメは、異常な寒さに目を覚ました。デスクの上にある四角い置き時計を見る。時刻は午後一時半を指していた。
「何だ、この寒さは? まさか冬まで眠りこけてたのか、私」
そんな冗談を口にしながら、カナメはカーテンの隙間から窓の外を見て驚愕した。空には暗雲が立ち込み、道路や街灯、街路樹や歩いていたであろう人までもが凍りついていた。
「嘘だろ、氷河期なんてレベルの話じゃないぞ、これ」
カナメは椅子から立ち上がると、本の山をかき分けて暖炉に火をつけたマッチを入れて火を起こす。火はゆっくりと弱々しく燃えだし、少しだが室内を暖める。
「何が起こってるんだ一体。情報が少な過ぎて理解が追いつかないぞ」
暖炉の前で手を擦りながらカナメが呟くと、暖炉で燃えていた炎が一瞬で凍りついた。
「はあ⁉︎ 何で炎が凍るんだよ! 化学的に考えてありえないだろ!」
カナメが叫ぶと、事務所のドアがゆっくり開き、青白い炎を纏ったチャールズが入ってきた。
「ああ、良かった。死んでいない人間がいたか」
チャールズは安堵した口調で呟く。
「悪いけど、今日は臨時休業中だ。氷が溶けた頃にまた来てくれ」
カナメは寒さで震えた声でそう言うと、チャールズを見て目を丸くした。
「あんた、行方不明になってたケイトの祖父か?」
「私を知っているのか?」
「この世界であんたを知らない人間なんていないよ。階差機関の産みの親、天才チャールズ・バベッジ」
「ふむ、俗世の評価なんて気にした事はなかったが、レディにそう言ってもらえるのは光栄だな」
チャールズはそう言ってカナメに頭を深く下げる。
「紳士の礼なんかに興味は無い。それより、この異常な寒さはなんなんだ? どうしてあんたは普通にしていられるんだ?」
「ああ、儀式のための下準備だ。あれと同期したばかりで、まだ上手くこの力を使いきれていないから実験台を探していたところなんだ」
チャールズは頭を上げて答える。
「その話の流れ的に、私がその実験台ってこと?」
「素晴らしい、ケイトと違って君は理解が早くて助かる」
チャールズは微笑むと、カナメに手を伸ばす。
「さあ、私と一緒に来るんだ」
「断る。モルモットになるくらいなら、ここで凍え死んだほうがマシだ」
カナメはチャールズを睨みつけながら鋭い口調で言った瞬間、隣に積まれていた本の山が一瞬で凍りついた。
「勘違いしないで頂きたい、レディ。これは要望ではなく命令だ。無様に凍え死ぬくらいならば、下等な生物なりに私の役に立ってくれ」
「はっ! 下等な生物とはよく言ったもんだね」
カナメが鼻で笑いながらそう言うと、凍りついた本の山から鋭い氷柱が出現し、カナメの喉元まで迫る。
「さあ、大人しく来るんだ」
「……すまないケイト」
チャールズに聞こえな
いように呟くと、カナメは静かに立ち上がる。
「いい子だ、では行こう」
チャールズはカナメの腕を掴むと、青白い炎を激しく燃え上がらせ、事務所の壁を破壊し、ロンドンの中心にあるエリザベス塔に向かって飛んで行った。




