7
犬が何度も吠えると、その度に突風がむせぶような音が辺りに響きました。
「サーベラス。静かに」
と優しく言って花井先生は、その恐ろしい異形の犬に向かって微笑まれました。
サーベラス、と呼ばれた黒い三つの頭を持つ犬の姿はとても怖いのだけど、
まるで縄みたいな尻尾をしきりと振って、
花井先生に会えたことをとても喜んで甘えているようでした。
しかも目を凝らすと、犬のその尻尾は赤い舌先をチロチロのぞかせた蛇なのです。
犬は興奮しているようで涎が地面にこぼれ、
雫が落ちたその場所からは緑の茎が伸び出して、瞬く間に何かの植物が生まれました。
それは毒草のトリカブトでした。
「いけませんよ」
と、花井先生は言うと地面に生まれたその毒草を摘み取りました。
トリカブトは先生の手の中で白い花びらに変わって、風に掬われるとすぐに消えて行きました。
今はもうすっかり苦しさが癒えて正気を取り戻した私に、花井先生は言われました。
「これでもうお会いすることはできません。でも、どうかお元気でね。皆さんとのことは忘れません」
そして、まるで宙に踏み出すように歩いたかと思うと、
花井先生と男の人と、3つの頭を持つ黒犬の姿は跡形もなく消えたのです。