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「追い込んだな、サーベラス」
と、あの黒髪の美しい男の人が、犬に向かって深い声で言いました。
青白い貌に緋色の唇が微笑して、犬を褒めたようです。
犬は、以前見たときは水色の瞳だったはずですが、
今見るとやはり真っ赤な炎のように見える瞳をしています。
瞳の色が変わる犬、そんな動物がいるんでしょうか。
それとも。
男の人は、急にそばに来た私に別段驚く風もなく、訊きました。
「人を探しているのだが」
そしてまた、紫とも藍色ともつかない冷たい光を宿す瞳で見据えられました。
そう言われた途端、なぜかすぐに私の心に花井先生の顔が浮かびました。
それが伝わったかのように、男の人は
「やはり、ここにいるのだな。なぜ見つからない。彼女の家はどこだ」
と私を問い詰めました。
何も話していないのに、どうして私の心がわかったんだろう。
背筋が寒くなりました。
でもこの狭い村の中で見たはずの花井先生の家が、
どうしてもはっきりと思い出せないのです。頭の中に靄がかかってしまったように。
先生がお母様の手を取って、2人で畑の中におられるところも見かけたことがある、それなのに。
さらに男の人の瞳に見据えられると、私は急にがたがたと体が震えて胸が苦しくなり、
気が遠くなって来ました。
怖い。
どこかに連れて行かれてしまいそうな気がする。暗闇に。
行ったこともない、帰れるあてのない世界に。