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つい最近思い出した、昔の奇妙な記憶があります。
その頃、私は周囲を深い森に囲まれた、
水田や畑が広がる地方の農村地帯にある中学校に通っていました。
2年生に進級した春に、新しい音楽の先生が赴任して来られました。
花井春香先生という名の女の先生で、
色白で豊かな黒髪で幾分ふっくらとした、
女性らしい丸みを帯びた姿形の方だったと思います。
不思議に思われたのは、
先生の髪が陽の光に煌めくと赤っぽく輝く茶色に見えたり、
金色に見えることもあったことです。
先生はピンクベージュに小花柄の柔らかい素材のワンピースをよく着ていて、
普段は物静かな方でした。
お顔は。
そう、名前と雰囲気は思い出せるのに、
お顔がはっきりと思い出せないのです。
すごい美人というより、もの柔らかで包むような存在感があって、
そばにいると先生の名前の通り、
春の空気の中に置かれたような気分になれたのです。
村の古い民家に、年のいったお母様と一緒に住んでいて、
この田舎町にはお母様の病気の静養のため、
きれいで良い空気や水のある土地を探して、
移り住んだと話されていました。
先生は授業で、合唱の指導をする時にお手本に歌ってくれることもあリました。
美しく心地よい先生の声を聞くと、
なぜだか気持ちがゆったりとして、
いつも騒がしい男の子たちまでがうっとりと、
聴き惚れてしまうのでした。