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百話目の話

作者: 波狐雪

今晩は、佐吉と申します。故郷の上州から江戸に奉公に出て来て、5年が

経ちました。日本橋の近江屋という呉服屋で丁稚をしております。江戸に

出たらいろんな所が見物できると思っておりましたが、朝から晩までこき

使われて店以外の場所はあまり存知ません。ただ、隠居された大旦那様の

隠居所に行くときだけは江戸の町の見物ができます。


今日は大旦那様の隠居所に行けとの番頭さんの指図で道を急いでおります。

大旦那様は趣味人でらして、小唄、長唄、義太夫、芝居見物に書画骨董集め、

こないだは針灸に凝って、私に試しをなされて、腹に針、山盛りのもぐさを肩

に盛られて火を付けられ、危うく死ぬところでした。

今度は何をされるのかと、心配でなりません。


「ごめんくださいませ、佐吉でございます」

「おお、佐吉か、やっと来たな。今晩はお前に頼みがある。さあ、上がんなさい」

居間に通され、大旦那様は私への頼み事を話されました。

「佐吉、お前、百物語って知ってるか?」

「さあ、存知ません」

「百の怪談を語りあう会だ」

「二階、三階に行く階段ですか、大旦那様、今度は妙なものに凝りましたね」

「ばか、怖い話の怪談。今、百物語は江戸で大流行だぞ」

「はあ、左様でございますか」

「今宵は西念寺で会を催す。10人が輪になって座り、真ん中に蝋燭を90本置き、、

各人の前に大きな蝋燭を1本づつ置く。各人が怪談を一話、話終わったら、真ん中の

蝋燭を1本づつ消していくんだ」

「終わるまで大変ですね」

「まあ、夜明けまでには終わる。90話が終わり、最後の10話になると各人の前の

蝋燭を消しだす。99話になったとき、会は終わりだ」

「エー百物語なのに、99で終わりですか?」

「最後の百話を話終えると、本物の怪が現れると言われてるので、99で終わるのが、ならわしだ」

「左様ですか」

「だがな佐吉、今晩は百までやる。100話目の大取りは私が話す。そこで、お前の出番だ」

「私めが、何をするんですか?」

「最後に私が{水の音が出る人骨の根付の話}をするから、話終えると寺の小坊主が最後の

蝋燭の火を消す。真っ暗闇になるから、そしたら、用意した鉢に御猪口から水を出して

、水音を出すんだ」

「私めが、怪になる訳ですね」

「分かってるじゃないか。褒美をやるから、しっかりやれよ」

「はあ、まあ、承知いたしました」


箱に入れた鉢と御猪口を担いで、大旦那様の後から西念寺の本堂に入ると

もう、百物語の会の用意はできておりました。真ん中に90本の蝋燭が燈っており、

周りを取り囲んで、9人の方が座ってらっしゃいます。その前には大きな蝋燭が燈って

おります。9人の方はみなさん大旦那様ぐらいの年齢のようです。お武家様もいらっしゃいますし、

一番若いのはこの寺の住職のようです。

「近江屋さん、遅いじゃないですか?百話目を話すのが怖くて、尻尾を巻いたと思いましたぞ、

ガアーハハ」住職が大旦那様をからかいます。

「いやー、ちょっと準備に手間取りましてな」

「準備ですな?ふむふむ」

どうやら、住職も大旦那様の仕掛けはご存知のようです。

「近江屋さんがいらっしゃって、全員そろいました。百物語を始めます。まずはこの寺の

住職である私が体験した不思議な話をお聞きください」

私は目立たないように、大旦那様の後ろに座りました。


住職の話は実体験で話自体は怖いのですが、大きな声でしゃべられるので、全然怖くありません。

その点、大旦那様の話は聞いた事があるような話ばかりですが、語り口がお上手なので、引き込ま

れてしまいます。呉服屋より講談師か落語家に向いているように思えます。

話が終わるたびに寺の小坊主さんが蝋燭を消していきます。長い夜の怪談話は永遠に続くかと思えて

きましたが、ついに真ん中の90本の蝋燭が消え、各人の蝋燭が消されるようになりました。

「佐吉、佐吉、寝てないな、いよいよ、近づいてきたぞ」

「起きております。準備万端です」

最初は昼間の様な明るさでしたが、各人の前の蝋燭も消される頃合いになると、隣りの人の顔さえ、

はっきり分からなくなってきました。

私はその暗闇にまぎれて、鉢と水の入っている御猪口を箱から出して用意いたしました。


隣りのお武家様の長いつまらない怪談が終わり、99本目の蝋燭が消されました。

いよいよ、しゃべり出そうとする大旦那様の息を吸う音が聞こえた、その時でございます。

どこからか、若いが枯れた男の声が聞こえてきました。


「百話目の話をするのは何度目でございましょうか、あっちの百物語、こっちの百物語、毎度同じ話を

させてもらってます。なにね、私の因果な話でございます。

何年か前、99話で終えるはずの百物語のならわしを破り、他の参加者の止めるのも聞かず、

100話目の話をしました。話自体は{亡者に指先を触られた}という他愛もない話です。

話し終え、百本目の蝋燭が消されました。私は{なあんだ、怪など起きないではないか}と

得意になり、笑いました。笑い続けたのですが、誰も何も言いません。

そして、気づきました。暗闇の中で私、一人きりでございます。

{ここはどこだ?どこなんだ}叫んだ瞬間です、一本の蝋燭が見えました。

蝋燭の明かりを見つめていますと、{さあ、百話目はお前の話だ。しゃべれ、しゃべれ、お前の体験

を皆に聞かせてやれ}という声が聞こえてきました。

それからでございます、ずっと百話目語りになったのは。これから百年、二百年、百物語の百話目を

話され続けるのでしょうか~あああああああ」


「誰だ!」

大旦那様が大きな声を上げられました。

小坊主さんが蝋燭に火を点けだしました。参加者たちは互いに顔を見合わせています。

「がーはは、誰ですかな、声色までつかって芸が細かい、思いもよらない百話目でした。誰?」

住職が尋ねましたが、皆、{私じゃない}と口々に言います。

その時、大旦那様が「怪です。怪が起きました。百話目語りのため、線香を立て、祈りましょう」と

おっしゃりました。

さすが、大旦那様です。究極の趣味人はうまくまとめます。

私も百話目語りは怪だと思います。おかげで、私は{水の怪}をしなくてすみました。


でも、百年、二百年先に、百物語やっているような暇人はいるのでしょうか?

きっと、江戸の御世には考えもつかない方法なら暇人でなくとも百物語ができるのかもしれません。

こんなこと考えてる私は、呉服屋より読み本書きの方が向いているかもしれませんね。

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