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トイレの外は異世界でした

美人騎士は緩やかな仕草でカップをソーサーに戻すと、私へと迷いなく視線を向けて笑みを浮かべた。どうやら私の存在には気付いていたらしい。分かっていながら黙ってジロジロと舐め回…ゲフンゲフン、不躾に観察していた私を泳がしていたなんて、余程の自信家だ。


首を傾げて非常に魅惑的な仕草で何か話しかけてくるが、すなわちこっちへ来いと言っているのだろう。凄く遠慮したいが、断る術がない。何か一つくらいあっても良いだろうに、ピンと来る要素が今の所見当たらない彼等の言語を駆使して、好意を無碍にしない上手い断り方が解読の糸口すら掴めていない私に出来るはずが無い。今の私はイエスマンになるしかないのだ。


言われるがまま隣へと腰を下ろした私にまたしても美人騎士は流れるような動作で身を寄せてきて、目の前のカップにお茶を注ぎ始めた。近い位置で語られる美人騎士のどストライクな美声に骨抜きにされそうだ。


軽薄そうな唇が視界の端で誘惑するかのように動くのを、心の中でお経を唱えてやり過ごす。煩悩よ去れっっ!!


漸く注ぎ終えて身を離した美人騎士に、ドッと疲労感が湧き上がる。ほんの数分だろうがえらく長く感じられた、早くこの時間から解放されたい。


4人は座れそうな程のたっぶりと余裕のあるソファーで、肩身を狭くしながらせっかくなので「ありがとうございます」とお礼を言い紅茶を頂く。距離感が近いのが非常に気になるが、指摘出来る勇気も能力も持っていないので、全身に変な汗をかきながら黙ってカップに口を付ける。


この時間を乗り切る算段が浮かばず内心で茶髪騎士に助けを求めて絶叫していた私は、自分の淹れた紅茶を美味しそうに飲んでいる事に満足したのか、やっと視線を外してくれ、自身も紅茶を嗜む事にしたらしい美人騎士にホッとした。


内心でバンザーイと歓喜に両手を上げて喜びを表現していた私は、やっと紅茶を啜る避難行為から解放されカップをソーサーへ戻そうと手を伸ばして、テーブルに紅茶をぶちまけた。


慌てて転がったカップに手を伸ばすが、寸のところで制止される。テーブルの上で広がる紅茶の水溜りの中に横たわる上等な食器に傷は付いてないか、高そうな絨毯にいつ紅茶が滴り落ちないかと気が気ではない私とは対照的に、美人騎士は呑気に私の手を取り丹念に火傷の有無を調べている。片付ける気はゼロである。


呼んでもないのに一体この惨事をどこで知ったのか現れた使用人が、私より若そうでありながら驚くべき手際の良さでササッと片付けていく。その間私は「すみません」と平謝りするしかなかったが、流石金持ちの風格がある男は違う。


脚を組んでソファーに座る男は、使用人に一言声を掛けただけだった。下々の者で纏められる出自の私からすれば信じられないエラそうさである。


しかし声を掛けられた使用人は頬を染めて満更でもない様子で、布巾を握り締めてお辞儀をする姿はいじらしくて可憐だった。横の男に言ってやりたい、平凡な私の顔など注視せずに彼女を見てやれと。


自分の粗相の後始末をしてもらっただけに、もうちょっとリップサービスしてあげなさいよと一気に使用人側の肩を持つ思考に切り替わったが、発言能力の無い私が味方になったところで、役には立たない。退出していく使用人に、ごめん無力で!!と内心で合掌した。


再び二人きりになってしまったが、まぬけな自分の失態にひと段落ついてホッとしたのか、心なしか眠くなって来た。


ほんの少し重い瞼を瞬かせながら何故かまだ握られたままの手をこれ幸いと引っこ抜いて目を擦る。どさくさにまぎれ作戦である。何かを探るような美人騎士の目から逃れる意味合いもある。


私は眠いですよーという諸々のアピールが効いたのか、美人騎士がベットへと連れて行ってくれるが、何故だか布団に入ってもその場を離れようとしない。


「おやすみなさい」と言って目を閉じたものの、思いっきり此方を見ている視線を感じる。何故なんだ、寝たふりが辛い。


狸寝入りがばれているのだろうかと限界を感じ始めた頃、緊張感で張り詰める室内にノックの音が響いた。額に柔らかい感触が僅かに触れ、離れて行く気配に身体から力が抜ける。助かった・・・。


部屋にやって来たのは声からして茶髪騎士ではないらしかった。私を放って彼は一体どこにいるんだ。ひと言ふた言話す声が聞こえた後に部屋の明かりが落とされ、静かにドアが閉まる音がした。


シーンとなった部屋で、気配を探る。出て行ったのだろうか、どうなんだろう。暫くジッと寝息を立てていたが意を決して薄眼を開けてみると、室内に人影は無かった。はぁぁぁと大袈裟に溜息を吐いて、開放感に酔いしれる。世話になっておいてあんまりな言い草ではあるが、この世界に来てからずっと周りに誰かが居て、なかなか気も抜けなかった。だから今は凄く貴重な時間だ。


ベットの上で仰向けに寝転がりながら、放心したように宙を眺めていた。


今頃皆何してるだろう。神隠しにあったみたいに忽然と消えた私を、お母さん心配してるだろうな。鍵が閉まったままのトイレにお父さん困っただろうな。ドレスを着て馬車で移動して息を呑むほどのイケメンにエスコートされたうえ、天蓋付きのベットに寝ているなんてお姉ちゃんに言ったら、後生イジられ続けるんだろうな。そんなのまっぴら御免だ。帰ってもお姉ちゃんにだけは黙っておこう。


さてと充分に気を休め気分スッキリ気持ちを切り替えた私は、体を起こすとそっとベットから抜け出した。


少し眠気はあるが、なにせ初めての自由時間である。気を引き締めて何か手掛かりを掴みたい。ただの閉鎖的な国か、はたまた過去か、私は何処にいるのかを!!


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