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トイレの外は異世界でした

しかし現実はそう甘くなかった。


幾ら進んでも人っ子ひとり居ないどころか、想像していたよりもずっと広大だった草原をようやく抜けたと思ったら、今度は森に入り日が暮れるというのに何時までたってもその森は開けない。


前を歩く馬上の男の人がふいに空を見上げたのにつられて、私も木々の間から見える空を見上げると顔をポツリと雨粒が濡らした。


小屋に居た時あんなに晴れ渡っていた空は森に入る頃にはどんよりとしたものに変わり、いつしか風が湿り気を帯びて嫌な予感はしてたけど、人の生活する痕跡が微塵もない民家とは程遠そうなここで雨に降られるとか最悪だ。逃げ場がない。


着替えも持ってないのにと憂鬱になる私を差し置いて、空から視線を戻した男の人がなにやら私の頭上越しに美人騎士と一言二言言葉を交わして前を向いた。


急に速度を上げ始めた馬に体制を保てず美人騎士の胸にぶつかれば、そのままギュッと胸に引き寄せられたので有難く凭れさせて頂くことにした。


耳元で何かを言われたけど、多分それは速度を上げるから気を付けろとかそういう類の事だろうと思う。


馬が走り出してすぐ雨脚は強くなり、それはもう「ゲリラ豪雨かよっっ!」と悪態を吐く程雷に風に雨粒が激しく私達を襲った。


馬は水を跳ね上げながら出口の見えない森を駆け抜けていく。私は激しい雨に目を開けていられなくなり、顔に当たる雨粒を両腕を交差させて防いだ。


近いところで雷が落ちるような音が聞こえる度に体がブルリと震え上がる。


奪われた視界にもう何処を走っているのか見当もつかないが、吹き荒ぶ風に抵抗して駆けていた馬の速度が落ちたことに何処かに到着したのだと分かった。


駆け込んだ厩に息つく間もなく馬上から引き摺られるように降ろされれば、美人騎士に抱え込まれたまま小屋に運び込まれる。


頭からバケツをかぶったみたいにベチョベチョになっている私の顔に張り付いた髪を左右へ撫で付けると、美人騎士はまた膝を着いた。


胸に手を当てて何かを言うけど、分からないものは分からない。というかこんな状況でもそれをするのか。遅れて扉から入って来た男の人も、激しい風に持って行かれそうになるドアを体重をかけて閉めると同じ様に膝を着いた。


もしかしたら自分は何かの役に見立てられているのかも知れないなとぼんやり思う。


騎士に跪かれる程の地位は新入社員1年目の安月給な自分には不相応としか言えない相当な役どろこだ。しかも今はずぶ濡れで不相応に拍車をかけてる。


びしょ濡れの美人騎士は酷い天候にみまわれ酷い有様になっているに違いない私と比べて、大雨に降られても強風に吹かれても美人は美人のままだった。滑らかな肌を水滴が滑り落ちて、首元から前へと垂れた銀髪を伝って滴る様子はそれはそれは扇情的で目に悪い。


見ていられなくなりもう1人の騎士へ視線を逃せば、濡れて落ちた茶色い前髪の隙間から真髄にこちらを見る瞳と視線がぶつかって、何だかドッと疲れを感じた。


もうあらゆる意味でクタクタな私は騎士の設定に忠実すぎる2人を黙って見ていた。


もう心証なんてどうでもいい、なんか知らないけど勝手に自分に跪く大人の相手をする気力がない。好きにやって下さい。


取り敢えず服が体に張り付いてそれが凄く気持ち悪いし、替えも無いのに下着までベチョベチョだと思うとげんなりする。馬に乗るときに預けたスリッパもあの雨じゃあ何処かで湿っていることだろう。


床にポタポタと落ちた水滴が靴下の周りで水溜りになって小屋の床板を広がっていく。


ようやく納得したのか立ち上がった騎士達は何だか手間のかかりそうな装いを手馴れた様子で脱ぎ去ると、今度は話しもしてないのに上手い具合に二手に分かれて片方は脱ぎ去ったものを、美人騎士は手際よく薪を焚べて火を起こし始めた。


私はというとそれを暫くボケっと眺めてから、手の付けようがなく思える悲惨な自分の状態をどうにかしようと渋々動き出した。


ドアの側でマントから水気を切る男の人の隣に立つと、驚いたように男の人が此方を見る。


その顔をちらりと見上げてーー外国人は彫りが深いせいか皆芸能人みたいに見えるなーーと思いながら年季の入ったジャージの首元から滑りの悪いチャックを下ろす。


いつもより重みの増したジャージを床に落とすと、水を含んだ特有のベチャッという音がした。「うわぁ〜」と顔を歪めながら続いて中の長袖シャツも勢いよく脱いだけど、驚く程の速さとよろめく位の強さで背後からマントに包まれた。


反射的に隣の茶色い瞳を見上げるけれど、その顔は私よりビックリしてて何だか逆に冷静になる。人は自分より上回る感情に遭遇すると逆に落ち着くらしい。突然ガッチリと絡む視線に気恥ずかしくなり大袈裟に振り返ると、そこにはマントの合わせ目を掴む美人騎士が平然と私を見下ろして立っていた。


私をマントで襲った美人騎士に連れられ火のそばまで行くと、膝を曲げたのでお馴染みの低姿勢かと思ったら今回は違うらしい。


私にマントの合わせ目をしっかりと握らせた美人騎士の両手が今度は肩に掛かり、距離の近さにドキッとしたけどこれは所謂(いわゆる)お母さんが子供にする言い聞かせる的なやつだと気付く。


眉間に皺を寄せてこんこんと話す感じがまさにそれで、何を言っているかは分からないが窘められている感じがひしひしと伝わってくる。


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