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トイレの外は異世界でした

見覚えの無い取っ手から慌てて手を離せば、外に逃げる隙間風に押されたドアが勢いよく全開に開いた。


目前に広がる見慣れない光景に頭が追いつかず、一歩後ずさると小屋の床がそれに合わせてギシギシと音を立てる。


髪が顔にかかるのも忘れ、小屋の前で此方を凝視する見慣れない出で立ちの異国風の男から距離を置こうと無意識にまた一歩後ずさる。


「あ、あの、ここは」ーーーどこですか?


そう言いかけた言葉は、男のとった突拍子の無い行動で言葉にならなかった。


突然胸に手を当て草原に膝を着いた男は、私に向かって何かを口にした後頭を垂れた。


男の後方で馬の手綱を持ち茫然とした様子で突っ立っていた男も、私と目が合うと慌てて膝を着く。


私は男性2人のつむじを交互に見下ろしながら、何故か大の大人に頭を下げられる異常事態に戸惑い、他に誰か居るんじゃないかと小屋の中を振り返ったけれど、振り返った先で目の当たりにした何かの間違いでは済まなさそうなやけにリアリティのある景色に、ここにきて漸く得体の知れない恐ろしさを感じた。


何が何だか分からない状況に恐々状態に陥りながら、兎に角目の前の人物に縋るべく声をかけようとして、助けを乞うのに見下ろしていてはエラそうだと同じように膝を着く事にした。


助けてもらう為に少しでも心証を良くしようとした結果だった。


だけど話しかけようと近付いた私の気配に顔を上げた男は、膝を着こうと身を屈めた私を押しとどめる。


男は緩く首を振りながら私に向かって何かを言うけど、その言葉は聞いた事もないようなもので、何を言っているのか分からずただただ困惑して「何を言っているか分からないです」と小さく繰り返した。


膝を着く事の許されなかった私は、慣れない人を見下ろすという行為に怖気つきながらも、必死に男に今しがた自分に起きた理解し難い出来事を言い募るが、勿論言葉が通じないのはお互い様で、男は少し首を傾げた後は私が話すのをずっと黙って聞いてた。


視界を遮る目障りな髪を耳にかけながらオロオロと話す私を見上げる男は酷く冷静で、その灰色の瞳は何の感情も灯してはおらず、そこに映る私だけが酷く取り乱して男の瞳を通して見えた自分は酷く滑稽だった。


男との温度差に気付いた私の口数は徐々に減り、誰にも共感されず1人で慌てふためいていた自分の惨めさに最後は居た堪れなくなり男から視線を逸らした。


黙り込んだ私に辺りはシンと静まり返って、背後から吹き抜ける隙間風の音がやけに耳に付いた。


先程までの自身の喧しさに気付き羞恥心に顔を覆いたくなるがそこはグッと堪え、風に掻き消されてしまいそうな声量で「あの、私はどうすればいいんでしょうか?」と最後は言葉も通じない相手に判断を仰いだ。


男は暫く私をジッと見つめていたが、また何かを私に語りかけると一礼して立ち上がった。


後方に向かって何かを話しかける男に私は置いて行かれるんじゃないかと不安になって、家着として愛用していた高校時代のジャージを握り締めて出口へ向けて一歩踏み出した。


男が信用できる人間かどうかは分からないけれど、こんな草しか無い山奥で1人にされたらそれこそ危ないし、なにより困る。車と違って相手は馬だし、道中危険だと思ったら道行く人にでも大声を上げて助けを求めればいい。


それに凄い田舎みたいだけど、もしかしたら何処かに交番があるかも知れない。最悪交番が無くても民家で電話を貸してもらえば家に帰れる。


兎に角この見渡す限りの草原から抜け出さない事にはどうにもならない。


男に置いて行かれないように近付いた出口で、生い茂る背の高い草を前にやはり怖くなって、茶色地に桃色の小花が散るトイレのスリッパを履いた足が草の中に踏み出せずに二の足を踏む。


此方に向き直った男は端正な顔でそんな私を見下ろし、一言何かを言ったかと思うと両脇に手を差し込みそのまま持ち上げた。


私はというと突然の展開に唖然としてしまい、いつの間にか直ぐ側まで来ていたもう1人の男に手伝われ馬の背に乗せられるまで、一体何が起こったのか理解出来なかった。


状態を理解出来ないまま乗った馬の背は高く、落ちたら大怪我をしそうなことだけは良くわかり必死に鞍に掴まるが、易々と後ろに跨った男に腕を回されピッタリと体が密着する程引かれた腰に鞍から手が離れる。


男の顔が直ぐ近くにある距離感にドギマギしたけど、背中に男の体があるおかげか随分と乗り心地が良くなり、男の腿と腕に挟まれ安定感すらあるので馬の2人乗りはこういうものなのだと納得した。


馬が歩き出すと後ろで束ねた男の長い髪が草原を走る風に煽られて私の肩に落ちてくるので、私は自分の社会人仕様の黒い肩程までしかない髪から伸びる艶々とした絹糸のような銀色の髪をなんとも言えない気持ちで眺めた。


異性とこの距離で密着したのはいつぶりだろうか。そう考えて、意識してたらこの状態に耐えれなくなると視線を外して頭を切り替えた。


馬が進み始めて暫く手綱を握る男の腕から見渡した草原に私が居たであろう小屋の全貌が見え、波立つ草原の中にポツンと一棟だけ建つ簡素な小屋に何だか寂しい気持ちになった。


何故そのような所に私が居たのか、私はどうやって其処へ来たのか。まるで見当もつかないけれど、兎に角クオリティーの高い騎士のコスプレをする人外かと言いたくなるくらい美人な外国人のお兄さんの手を借りて、どうにか家へ帰ろう。


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