トイレの外は異世界でした
小さな頃からお腹が弱くて、それは沢山恥ずかしい失敗をして来た。
目も当てられない経験を経て、ようやく高校生になる頃にはこの体質とも上手く付き合う術を身につけて、これまでなんとかやってきてた。
トイレに直ぐに行けない電車やバスなんかに乗る前にはお腹に何も入れないようにしてたし、腹巻き毛糸のパンツは必須で冷えないよう注意も怠らない。
消化の悪い物は控えてたし、もちろん冷たい物は夏でも避けてた。
だけどそれは外に出なければならない日に限った話で、翌日に会社のある休日を除いては休みの日は好きにしてた。
金曜日の夜から土曜日にかけて、抑えていた反動を爆発させて自分の欲のままに暴飲暴食してた。
休日に会う相手も居ないのかと嘆く家族を尻目に、冷たいジュースにアイスクリームにスルメにスナック菓子に舌鼓を打つ。
何度繰り返したかも分からないいつもの日課だった。
直ぐに駆け込めるトイレが私に安心感を与えてくれていた。
家族という邪魔が入る意外は概ね私の独壇場だった。もはや人生を共に歩む相棒と言っても過言ではなかった。
それなのにどうしてだろう。
直ぐに出た暴飲暴食のツケを払い終わりトイレのドアを開けた私は、ありえない光景に直ぐにドアを閉めた。
外部と遮断されたドアに一旦鍵もかけておく。
無言のまま見回したトイレはやっぱり我が家のトイレで、それはそのはず私はわざわざ外に用を足しに行った訳ではなく、緩みきった気持ちのまま目と鼻の先にある家のトイレに入った。
むしろそれが醍醐味な訳で、すぐそこにトイレが無い状態で暴飲暴食なんてしない。長い間占拠するのに暴飲暴食のツケを外で払おうなんてしない。昔のアイドルじゃあるまいし、女の子は排泄しないなんて事は言わないけど、やっぱり家族以外に知られるのは恥ずかしいから外でする訳がない。
だからさっき見えた光景はおかしい、どうも我が家の廊下には見えなかった。寧ろ廊下ですらなかった。
つまり、眩しいくらいの青空に、見渡す限りに広がる広大な草原は風に煽られ波立ち、外国人を乗せた馬が艶やかなたてがみを靡かせながら優雅に闊歩する、そんな雄大な絵画の様な景色では我が家の廊下は無いのだ。
「あ、もしかして度重なる胃への負担で幻覚を!?ビ○フェルミン飲まなくちゃ・・」そう口走った私は突如叩かれたトイレのドアに激しく動揺した。
ヒッッ、ドアが叩かれてるっ!!
お父さんはいつも誰か先客が居る可能性なんてお構い無しにドアノブをガチャガチャ回す。
お母さんはいつも誰か先客が居る可能性なんてお構い無しにドアノブをガチャガチャ回す。
結婚して出て行ったお姉ちゃんはたまに遊びに帰ってくるけど、いまだに誰か先客が居る可能性なんてお構い無しにドアノブをガチャガチャ回す。
この常識人は誰だっ!?
ドアノブをガチャガチャ回さずに、あくまでもノックで呼び出そうとするこのノックの主に、恐る恐る「はい」とだけ返事を返して様子を伺ってみるが、相変わらず一定の間隔でドアはノックされた。
私の返事は無視する気らしい。
怪談の類かと何だか少し怖くなって、ドアを開ける勇気も無いのでトイレの小窓を開けて外を覗いて、すぐ閉めた。
どうやらトイレの小窓に面していた佐々木さん宅はいつの間にか取り壊され、草原に変わったらしい。
私は一瞬の現実逃避ののち草原の真ん中に建つトイレを想像して青ざめた。
「えっどういうこと・・??」
現状を飲み込めず青ざめる私をノックの音が追い立てて、何だかよく分からないまま兎に角何かの間違いだと現状を打破すべく慌ててトイレのドアを開けた。
ドアの取っ手を掴んだまま踏み出した外は草原で、踏み出した足は膝ほどある草の中に沈む。
「わっっ!」
慌てて足を引っ込めたけど、引っ込めた先の床の様子が変で、床から視線を這わせながら後ろを振り返ると、そこはもうトイレじゃなくボロボロの小屋だった。
「えっっ!!?」
小屋は所々隙間から外の様子が覗く程建て付けが悪く、隅に積まれていた干し草は解放されたドアに風に煽られ舞い上がった。
急にヒューヒューと隙間風に吹かれて、前へと靡く髪を抑えてパニックになりならがドアを振り返ると、握っていた取っ手は古びた木製で、ドアは女の私でも体当たりしたら蹴破れるんじゃないかというくらい簡素なものだった。