登校
02
学校へは電車で三駅だ。その間は夕と喋ったり、その日の朝ある小テストの勉強をしたりする。けれど、今日はそんなことする余裕もない。
手を伸ばして、夕の頬を軽く抓った。
「いた! ちょ、何すんねん!」
「いや、夢じゃないんかなーって思って」
「自分のでやりゃええやろ!」
受け入れるしかないのだろうか。この不思議な状況を。眠ると、次の日ではなく前の日になってしまう。そんな、おとぎ話のようなこと、あるのだろうか。こうやって悩んでも、今目の前にあることが現実。理屈ではわかっていても、理解が追いつかなかった。
タタンタタンと小さく揺れる電車はいつも通り結構人が乗ってくる。頗る田舎だからか、電車はほとんどが二両で、ひどい時には1時間に一本しかないときもある。人は多いし、本数は少ない。それでもこの短い登校時間を幸せだと感じるのは、隣に夕がいるからだ。
「あ、紅葉、国語辞典ある?」
「うん。置き勉しとる」
「わかった三時間目借りに行くわ」
「自分で持ってきぃや」
たわいもない話をテンポ良く。
幼馴染とは怖いもので、隣にいるのが当たり前で、少し離れたくらいでも縁が薄くならない自信が湧いてしまうのだ。事実私はそう思っている。夕はどんなことがあっても私から離れたりしないし、私も夕から離れることはない。それが「幼馴染」の関係のままだとしても。
言おう言おうと思い始めて何年経つだろうか。ひたすらにこの恋心を隠してきて、何人も女の子が彼に告白する話を聞いてきた。その度に覚悟を決めるのに、そんなときに限って夕は私に言うのだ。
「紅葉が幼馴染でよかったわ」
「ゲンキンな奴め」
それは、まるで「幼馴染じゃなくなるのは嫌だ」と言われているようで。喉まで出かかった「好き」を、いつも私は飲み込んでしまう。気持ちは、溢れてしまいそうなほど大きいのに、あと一歩が、どうしても出てくれない。
「紅葉! ボタンおせよ!」
「え? あ、ごめん」
駅に到着しても、扉を開くためにはボタンを押さなければいけない。いつも扉の近くに立っているから私が押すのだが、ぼーっとしていて忘れていた。それを見かねた夕が私の眼の前に腕を伸ばしボタンを押した。開いた扉から慌てて出て、定期を見せる。同じ高校の人たちに飲まれないようにすぐにはけて、しばらくしてから二人並んで学校までを歩く。学校までは走れば三分で、徒歩で五、六分で着く。入学したての頃は駅から学校までが近くて嬉しかったが、三年目になった今ではこの距離ですら遠く感じるのだから、年をとったと思った。
「大津や」
「うわ、あとでホームルームで見るのに」
学校までは短い距離なのに、毎朝先生が立っている。好きな先生がいれば嬉しいし、嫌な先生だと朝から萎える。大津先生は私の担任で、二年目だ。肩があるのか疑うほどのなで肩で、小柄で生徒と間違えるほどの人だから、みんな敬語はなしで話している。理科の先生だから白衣を着ることもあるが、どこからどう見ても子供の下手なコスプレにしか見えない。
そして、大津は、確かに。確かに一昨日立っていた。
ああ、やはり、これは夢ではないのだ。
それでもおかしいところはある。九月三十日に出会わなかった人と挨拶をかわしたり、その前の日、二十九日に喧嘩をして気まずかった友達も普通に接してくる。ところどころちぐはぐで、全てが同じというわけではないようだから、余計頭が混乱する。
「もう考えるのやめよかな」
「これ以上アホになるんけ」
「は? 夕の方がアホやんか!」
この一日、気づいたことがあればメモ帳に書いて、あとで見直せるようにしよう。
そんな気持ちで校門をくぐった。




