後編
街は、死の臭いに包まれていた。まるで巨大な獣が踏み荒らしたみたいに、大地が抉られ、焼け焦げていた。そこらじゅうに屍体が転がっている。大きな爪で八つ裂きにされたようなもの。はるか上空から叩きつけられたようなもの。どれも、まったくもって不可解で、悲惨な死に方をしていた。
辛うじて息のある者も居たが、とても逃げ出せる状態ではなかった。その場から動けず、起き上がることも出来ず、ただ幾つもの弱々しい、悲痛な呻きが灰色の空にこだましている。
「う……黒いローブの、男……が……」
俺を追い回した肉屋の親父が、縋るような目でこちらに手を伸ばしーー足先に触れる手前で、事切れた。俺は、動かなくなった“それ”を振り切って、いつもの路地裏へ続く角を曲がる。
「う……ッ!!」
思わず、口元を手で覆った。全身が脈打って、自分の呼吸がやけに煩くて……大きく見開いたまま、閉じられなくなった俺の両目の先にはーー真っ赤な海が、広がっていた。
「…………リィト……マリー……?」
あれは、なんだ。海の中に、ぷかぷかと浮かんでいる、小さな破片は。
「……リサ……ルゥ……っ」
ここはどこだ……?兄弟が、いつも身を寄せ合った寝ぐらは、ここに在るはずじゃなかったか……?
俺が一人で飛び出したから。
俺が“狩り”をしくじったから。
俺が、欲を出したから。
ぐにゃり、と視界が歪むほどの目眩がして、世界が暗くなっていく。薄く開いたままの口からは、息を吸い込むことも、吐き出すこともできず。意識が薄らと霞み、遠のいていくーー。
「…………兄……ちゃん……」
不意に、そんな声が聞こえた。その声は、蚊が鳴くよりも細やかで、弱々しくーーそれでも、俺の鼓膜にしっかりと刺さり、飛びかけた意識を急速に引き戻した。
はっと、声のした方を見る。深い血だまりの中、青い瞳と目が合った。
「アベル……!」
足を縺れさせながら駆け寄り、その傍らに両膝をつく。赤い水がびちゃりと跳ね、身体を汚す。構わず、血だまりの中に両腕を突っ込んで、その華奢な身体を抱き起こしーー
「…………!」
——ぎょっとした。
血の海から掬い上げた躰は、異常なほどに軽くーー腰から下が、なかった。
「兄ちゃんは…………やっぱり、ヒーローだ…………」
切れ切れに言葉を吐きながら、アベルは焦点の定まらない瞳を懸命にこちらに向ける。その手には、血に濡れた星のペンダントが、今もなおしっかりと握られていた。
「お祈り……したら…………ちゃんと……来て、くれ……」
——言葉は、そこで途切れた。
「…………アベル……?」
生命が失われた小さな躰を、抱き締めて、嗚咽を漏らした。
いるかよ。こんな、最悪なヒーロー。
背後から、誰かの足音が聞こえる。
「……これは……」
「……っ、ひでぇ……」
どっかで聞いたような声だな。
「これも……あいつらの仕業、なのか……」
——あいつら。
「……おい」
愛する兄弟をそっと横たえ、声の主を振り返る。
「あんたら、兄弟の仇を知ってるのか」
白服の男が、気圧されるように息を呑むのがわかった。前髪の長いもう一人は、一切の表情を消してこちらを見ている。
「俺を、連れて行け」
有無を言わせぬ血相で、俺は言い放った。
「あんたら、兄弟の仇を追いかけてここまで来たんだろ。俺を連れてけよ。邪魔はしない……あんたらの目的のために、何だってしてやるよ」
そうして、”俺たち”のーー奇妙な協力関係は、始まった。