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イルマニアファミリー

イルマニア 復活編

コピー機の紙を補充し、お湯を沸かし、換気を行い、新聞を取りに行く。


大澤めぐみは、そんな雑用を誰もいない事務所でこなしていた。気づいた者がやることになっているが、大抵は一番早く出社するめぐみがこの作業を行っている。掃除を行い、メールをチェックし、コーヒーを淹れ、始業時間まで他の社員と他愛もない会話を交わす。




雑用をこなすと同時に、めぐみはめぐみの世界、そして外の世界にいる同胞達と来たるべき時に備え交信を行っていた。始業前の誰もいない落ち着いた時間に、集中して事を進めているのだ。


実際には、めぐみはめぐみとして仕事をしながら、食事をしながら、恋人と愛を確かめ合いながら、あるいは睡眠をとりながらでさえも何の支障もなく仲間と交信出来る。


さらにいえば、めぐみの世界でいう「ヒト」と呼ばれる構成員が生涯をかけても得ることが出来ない情報量を、めぐみ達は一秒もかからずにやりとりすることが出来るのだ。


しかしながら、これは気持ちの問題だ。会社員大澤めぐみとしての二十数年の人生は、めぐみの思考回路に多大な影響を与えている。




気づけばめぐみの出社時間は十分以上早くなっていた。




「――そういえばさあ、土曜のド根性ガエル観た?」

隣のデスクの先輩、青識さんが聞いてきた。さっきからずっとしゃべりかけてくる。彼女には常に勝手に喋り続ける傾向があるが、受け身に回れるので楽と言えば楽だ。


「いやー、わたし出かけてて見れなかったんですよ。どうでした?」

「うーん、マツケン目当てで見たんだけど…もう見なくていいかなー」

そんなくだらない会話が続く。


「――そうだ、マツケンといえば日曜、デスノート見ましたか?」

「みたー!超ショックなんだけどー!」

「私もですー、もうあれLじゃないですよね」

「もうわたし絶対あの番組見ないわ」

「あっ本当ですか。実はわたし結構好きですよ」

「うわー大澤さんセンスないわー」




いつものように朝礼が行われる。今日の連絡事項は本社から通達があった来月の販売強化品目の再確認だ。実は本社で受ける予定だった大型受注がポシャッたために何とか在庫を空にしたいらしい、という噂がまことしやかに流れている。めぐみ本人は午後から外出するので、それまでに今日の仕事を終わらせる予定だ。


「ちょっと大澤さん、なにこの距離で新幹線使ってるんですか。しれっとデスクに領収書置いとかないで下さいよ」

経理部にいる新人の起爆である。入社二年目にしてまるで小姑のような経理っぷりだが、なかなかどうして憎めない後輩だ。


経理部の起爆というのはこの世界での起爆の役割で、実のところ起爆は赤ら顔の脅威からめぐみの世界に逃れてきためぐみの同胞でもある。始業前にもめぐみや仲間と交信を行ったばかりだ。


とはいえ、めぐみの世界ではめぐみはめぐみで、起爆は起爆なのだ。経理としてめぐみの理由なき出費を見過ごすわけには行かない。


「ごめん、今日もわたし午後から同じとこ行かなきゃだからまた新幹線使うね?」

「午前中に出れば間に合うでしょう。とにかく今後はこういう事がないようにお願いしますね」



なんだかんだで融通が利く奴だ。



めぐみは心の中でそうつぶやいた。





――はい、…はい?…かしこまりました。こちらにおかけになってお待ちください。


誰かが来たようだ。どうやら国税の強制調査らしい。



えっ、抜き打ち?うちの会社そんな悪いことしてたの。もしかして私が交通費使いすぎたから?



そんなくだらない考えが頭をよぎる。


「今回調査を担当させていただきます国税調査官の○○です。お忙しい所ご迷惑をおかけしますが、本日はよろしくお願い致します。しばらく会議室をお借りしますが、どうか皆様、お気になさらず仕事を続けてください。」





国税の男はそう言うと、起爆の方に歩み寄り、おもむろに組み伏せた。





「えっ!?ゥッ―――!?!?!?」

澱みない動きで起爆の動きを封じ、苦しむ起爆を押さえつけながらバッグから取り出した容器詰めの液体を、起爆の口に流し込む。何かの毒だろうか。起爆は白目を剥いて痙攣し始め、すぐに動かなくなった。


何が起こっているのだ。


めぐみは呆気にとられていた。一つだけ確かなことは、起爆が死んだということだ。



この状況は…いや、そんなはずは…。



脳が状況理解を拒否しているのだろうか。めぐみは妙に冷静な物思いにふける。


端から見ればそう見えるかもしれないが、めぐみとしてのめぐみはある疑問と恐れを抱いていた。




――さん…

――――さん!


「大澤さん!早く!逃げないと!」

青識に手を引かれ、めぐみは会社から逃げ出した。めぐみだけではない。気づけば社員全員が会社を脱出し、国税の男が起爆の死体と共に会議室に立てこもる、という事態に陥っていた。




これだけの騒ぎである。誰かが通報したのだろう。事務所が入っているビルの前にパトカーが到着した。事情聴取だろうか、警察官の一人がめぐみに話しかけてきた。



「おめでとう大澤くん。起爆は死んだのだ。」



…は?



「君の世界は常に君の望む姿であり続ける。起爆は君の望む方法で死んだのだ。」



…?いや、そんなことはありえない。不安材料は全て排除したはずだ。



「大塚君が起承転結君の死を望み、九代目調査官がカーネル人形君を殺したのだ。すべては君が望んだことだ」



交差点の向こうにある商業ビルの電光掲示板に先ほどの警官が映し出され、めぐみに話かけてきた。



警官の顔は、赤かった。



めぐみの脳が急回転する。一瞬で相手を組み伏せる、そんな芸当がただの国税調査官に出来るだろうか。男が取り出した液体は毒ではない、どこかで見たことがある第2類医薬品ではなかったか。男の顔色は何色だっただろうか。



あれは国税の男ではない。赤ら顔のラ・マンチャの男だ。



間違いない。あれは赤ら顔の兆候だ。しかしなぜなのかしら。まだメインストリームとの衝突には時間があるはず…。どこかでわたし達が把握していない罅割れが発生していたとでもいうのか。それとも…。



「君が望めば京極夏彦君を生き返らせることも出来るし、そもそも彼が死んでいない世界を作り出すことも出来る。あるいは、コマネチ君が存在しない世界も思いのままだ。すべてはオスマンサンコン君の気持ち次第だ」



何かがおかしい。いずれにせよ、赤ら顔が流入した以上この世界はこの世界のままではいられない。



わたしが、望む世界…

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