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ランドフォール・パレード!  作者: 白樺セツ
カシュカシュ
18/19

いずれどうこくへ至る為

 

結局、国木瑞架も岸田雅樹も学校へ戻ってこなかった。


戻ってきた鳴識は彼女が体調を悪くして帰ったと言うし、田中秀樹は何も覚えていない。

これは記憶の改ざんだとすぐに気がついた。


どこから改ざんされた? どこからの記憶がない? わたしがお膳立てしたのは全部パー?


家に帰ってくると、また見知らぬ車がいくつも敷地内にあった。

黒スーツの者たちが屋敷内をうろついている。不愉快だ。

それが宇宙人関係のあれそれだと、両親が里沙を救うために選んだ道だと知ると尚不愉快さが増す。


「あらあ、里沙ちゃんお帰りなさい。大丈夫? 疲れてない? しんどくない? 悪口なんか言われなかった? イライラしていない? 悲しくない? 何か欲しいものはない? どれぐらい幸せ?」

 

甘ったるい笑顔で近寄ってくる母親を無視し、里沙は階段を上がる。その先に自室がある。

しかし途中でベスト姿の父親に遭遇し、心の中で舌打ちをする。


「里沙、いいところに。今あの人たちからいいことを聞いたんだ。あのな、ある動物の肉がすごく体にいいらしいんだ。宇宙の生き物だから味はまだ分からんが、捕まえたらシェフに言いつけて」

 

全てを聞かず、里沙は急いで自室へと飛び込んだ。イライラする。

 

不意に首がしまったように呼吸することが困難になった。

息を吸っているのに苦しい。

過呼吸だと気付いた。呼吸と動悸がどんどん速くなる。

対処法は分かっている。

分かっているが、どうしようもなく、楽になるためのその行為そのものが腹立たしく思えるのだ。

 

扉の前でへたりこんだ里沙の腕を誰かが強く掴んで引きあげた。

その誰かによりかかった形になると、唐突に唇が塞がれた。

いや、塞がれたのでなく、二酸化炭素を調整するために互いの呼気をつなげたのだ。

こんなふざけたことをするのは一人しかいない。

 

抵抗しようにも、苦しくてそれどころではない。

頭の奥がチカチカする。知らない間にその状態のままベッドへ運ばれ、横たえられた。

一度口が離れる。ぷは、と里沙の口が大きく開くが、また塞がれた。

今度は角度を変え、口内に気持ち悪いものを入れてくる。

舌がからめとられる。

何か小さな固体がのどの奥に落ちて呑みこんでしまう。

 

今度こそ口が離れると、あとはただ息を整えるのに苦心した。

目からあふれだした水を相手の唇がすくい、味わうようにぺろりと舌舐めずりをする。

里沙の全身が総毛立つ。要は楽しそうに笑うだけだ。


「犯、罪よ……」


「緊急事態だった、ってことでどうかな」


「殺してやる」

 

唇をごしごしと手で拭き、上体を起こす。


「今呑ませたのは栄養剤だから安心して。今日あんまり食べてないでしょ。しかも薬きちんと呑んでないし」


「何でそんなこと知ってるのよ。気持ち悪い」


「どっちつかずの君のことは私が理解している。安心していいよ。健康管理くらいはしてあげる」


「通報レベルよ」


「だって、こうでもしないと君は何も選ばないまま無様に死んでしまう。何も選ばないままだなんて、それぐらい無様なことはないと俺は思うよ? はい、これ」


要がベッドに何かを置く。

ナイフだ。


「で、これ」

 

また何かを置く。

ガラスのように透明で、赤い何かの欠片だった。

三センチほどの大きさしかない小さなもの。

 

ナイフを指差し「これで首を切ったら死ぬ」と言い、赤い何かの欠片を指差すと「これを選べばたぶん生きられる」と言った。


「なんちゃってエリクサーって名付けようかな。気つけ薬みたいなものだ」


要はニコニコとこともなげに説明した。


「僕はただ自分の発明品を利用されたってだけじゃないよ。

まあ期待は半々だったけどね、ほら、これはあの剣で砕かれた人形の玉だ。

赤いだろ? 血の色みたいだ。感情が、気が詰まってる。

あの剣とぶつかったことで結晶化したんだね。

うまくいってよかった。仲間のふりをしたのが無駄にならなくってよかった。


もう材料がなかったからね。

試しに鉱石の欠片たちを小さな玉にして、二つを眼窩にはめてみたんだ。

死に限りなく近いのに死ではありえない景色を見る。

まだ生きていて、まだ生きたいと強く願う魂。ついに消えるかというときに生まれた強い感情から生まれた結晶。

ああ、これは感動の結果だよ。まさに必然と偶然のミルフィーユ! 

いやいや、連中のずさんなやり方も役に立ったということだね。


君に足りないのは『気』だよ。元気の『気』。気が育っていないんだ。

感情の塊を取り込めば、すぐにでも体に溶け込んで頭が割れるようにもがき苦しむよ。良かったね。

さあ、どちらを選ぶ? 生か死か。まあほっといても君は死ぬだろうけど。近いうちに。


君は『どうしようもないことに遭いたい』が望みだ。

それってさ、本当は結構簡単なんだよ?

生を選べば死んだ方がマシと思ってしまう苦しみの多い人生が。

死を選べばあるかも分からないあの世に行くかもしれないし、ただ消えるだけかもしれない。


生は死に進むことができる。

死は生に進むことはできない。

一秒進んだらその一秒は取り戻せないのと同じ。生と死の分岐だ。


選ばない選択肢はないんだ。

もう提示されたのだから言葉の撤回は無理だ。

言った言葉は戻らない。次に出せるのは提案だけ。

僕が出せる提案はこれ以上持っていない。君がこの提案をどうするかは、君が判断しなければならない。


さあどうする? これはね、僕なりの感謝の印なんだ。

私の娘はすんでのところで選択を覆した。今までにないことなんだよ。

原因を考えると、やっぱり君の行動が功を成したと言わざるを得ない。

実験は継続するとして、今後は君の物語も観察してみたいと思うのだけれど、だめかな?」


困ったように首を傾げて微笑むソレを睨みつけ、里沙はそれを噛み砕いた。




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