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ランドフォール・パレード!  作者: 白樺セツ
カシュカシュ
16/19

レポート4は後日執筆。

 

突然現れた、何故か十二単を着こんだ白塗りの女性は秀樹よりもはるかに小さく小柄で幼く見えた。

が、達観した雰囲気は明らかに秀樹よりも年上で、かつ反射的に警戒するに当たる人物だった。

左目を隠す黒い眼帯も雰囲気を形作っている。


「さて。うらが只者ではないということは、もうなんとなく察していることであろう。

うらはうらの存在自体が貴様らを無力化できると考えている。

その意味が分かるかな? 分からなければ説明するし、分かったならば説明する手間が省ける。

ヒントは、鳴識遥の言う穏健派の理念を考えた奴だ」

 

もう答えを言っている。

鳴識は顔を青くし、クロードは顔から一切の表情が無くなっていた。いや、それは最初からだ。何を言っているんだ全く。

そして秀樹を含めた子ども三人はぽかんと口を開けていた。


通称宇宙管理局という組織の中の穏健派。

そのトップなのだと、女性は言っているのだ。 


人生経験が乏しい秀樹にも分かる。

リクたちが逃げようとしても、もしそのトップをいきなり蹴飛ばしたりなんてすれば話し合いも何もできなくなって、逃げるどころか報復とばかりに積極的に潰されるだろう。

そうじゃなければ、それと同じくらいの何かが起こるのだ。きっと。


それに、いきなりこうして無防備に見える形で攻撃態勢を解かない相手の前に現れたということは、それだけの対策がすでにあるということだ。

小学生だったあの日、国木と別れたあとに秀樹の前に現れた男だって――突然、ズキリと頭が痛んだ。


思わず「あ」と小さく声を漏らしてしまった。手で頭を押さえようとしたものの、その前に手をおろした。

俺は今、どうして声を漏らしたのだろう。

というか、なんで俺はさっき小屋にいたとき国木に告白まがいのことを言ったのか。

今更ながらに恥ずかしい。たぶんあれだ。つり橋効果というやつだ。他に理由があったような気がするが忘れた。『も』うい『い』じゃ『ない』か。『思い』出さ『なく』ても。

 

十二単を着た女性と目が合う。秀樹はその目を見て一瞬クラッと目眩がした。

 

ふっと女性が視線を戻し、また一同を見やった。


「……過激派が子飼いにしている地球人とアンジェリク王女の関係については、すでに知るところだ。

というか鳴識。お主、うらの放ったスパイがいると気付いた上で連中を全てのしたろう」 

 

優雅に小首を傾げ、女性が扇子で鳴識を指した。

鳴識は青い顔のまま汗を滝のように流し、蚊の鳴くような声で「申し訳ありません」と謝った。

 

女性はふふふと扇子で口元を隠して笑い、「よいよい」と言った。

次にクロードに向き直り、それから国木の姿をしたリクを一瞥した。


「さて……逃げ出さないということは、ちゃんと理解してくれたようだ。賢い選択だ。

今逃げるのは良くない。とても良くない。

うらは貴君らが過激派の手に落ちることだけは阻止したい。

だからな。分かるな? 

うらは全力で貴様らを保護してやる。殺すなんてもったいないことはさせるな」


「管理下に置きたい、という意味ですね」

 

クロードが言った。


「貴君は怖いもの知らずか」


「いいえ。ずっと前からあなた方組織は脅威になると確信しておりました。

結果、国はおろか星の存続さえ危うい状態にされた上、私たちと同じ種族は皆狩られている状態です。

今回は我ら同種族の者が行いましたが、他惑星の人間が魔力を得られると信じて食人に走ったり研究材料にしたりという実態があります。

主に先導しているのはあなた方でしょう。恐れないわけがありません」


「随分思い切った皮肉だな。ん?」


「私は逃げません。何故ならあなたはまだ話せる人物だと私が今判断したからです。

ある意味今あなたに出会えたことは幸福です。交渉するだけの時間を用意して下さったのですから。

ですが組織の手助けはあまり欲しくありません。監視もなしにして頂きたい」


「ふむ。我らが協定を結ぶ上で詰めるべきはそこだな。

うらは貴君らに干渉したく、貴君らはうらに干渉されたくはない。

さっさと詰めて過激派トップに公文書を突きつけてやろう。手を出せば公式に開戦の火蓋を落としてやるとな」

 

女性が軽く片手を挙げると、さっきの女性が現れたときと同じように何もない空間から次々とスーツを来た人間が現れた。

それも、秀樹たちの周囲にだ。

ずっと囲まれていたのだ。透明になれる何かで姿を隠して。


数名がブルーシートやら何かの機材を持ち、先程までクロードたちが乱闘していた小屋の中へ入っていく。


「ひとまずはここを離れよう。少ししたところに我らと同盟を結んでいる地球人の屋敷がある」

 

くるっと女性が背中を向けて歩き出したが「あ」と声をあげてまた振り向き、それこそぞっとするような凶悪な笑顔で問うた。


「なあ、貴様ら。うらの目を奪った馬鹿者について、他に誰か知らないか?」



   ◆◆◆



里沙は顔をわずかにしかめた。


昼時で客が皆屋台へ流れているのをいいことに、智美は椅子を繋げて堂々と教室の真ん中で昼寝していた。

口元にはお好み焼きのソースがついている上、自分のクラスの出し物であるアイスクリームをつまみ食いしたために、ベタベタしているどころか甘さと香ばしさが混ざり合っている。

 

そんな中、窓に寄りかかった要が「んーふふふ」と、機嫌が良さそうに笑っていた。


掲示板の裏に置いてある、机を二つくっつけて作ったベッドで昼寝をしていた蒼介が目を覚まし、寝ぼけた声で聞く。


「どうしたの要たん」


「何がだい? 蒼介たん」


「窓の外にウインクしてる。ナンパ?」

 

背中が痛くなったのか、智美がうつ伏せになる。

里沙は智美の一つに結んだ髪をほどき、三つ編みを二つ作ると、それを蝶結びにしておいた。


「さすがに雀は対象外かな。こうすると見えやすいんだよ。田中君に国木さん、今日はもう時間内には戻ってこれないかも。鳴識先生は……もうしばらくしたら、かな。当番どうする? これは明日も怪しいよ」

 

窓から離れると要は智美の頭を撫で、そのスカートのポケットから紙を取り出した。今日のスケジュール表だった。


「え、じゃあもうイベント終わっちゃった……?」

 

がばっと蒼介が起きて身を乗り出したため、掲示板の後ろからニョキっとその頭が生える。

ひどく悲しそうな顔をする。その口元にはよだれの跡があった。


「んー、君たちにとって実際の事件にイベントって名称を付けるのは不謹慎と言われる元じゃないかな。

まあ僕にとってはイベントだけど。物語の第一章後半での盛り上がりを見せるイベント、ってところかな。序盤だし、一応コンティニューするみたいだね」


「それはさー、続けるの、それともゲーム的なジ・エンドなのどっち」


「ご想像にお任せするよ」


「えー、俺今日ここでずっと楽しみに待ってたのに! 酷くない?」

 

パンッと音が響き、要の顔が横を向く。うわっと蒼介が思わず手で目を隠した。

 

里沙が振り上げた手をおろそうとすると、要は微笑んでその手をとり、赤くなった自身の頬にそっと当て、顔を傾けた。


「怒った顔も可愛いね。マイフェアレディ?」

 

すう、と赤くなった頬がまたもとの色に戻る。

それと同時に、衝撃で痛みと共に赤くなった里沙の手の平からも熱が冷めていった。

 

国木瑞架、田中秀樹、それから鳴識遥。

せめてこの三人が今どこにいるのか、何をしているのかが知りたい。できるのであれば現場に行きたい。

しかしこいつに頼ることは極力避けるべきだ。奴の言葉を借りるなら、それはチートと言う。

それでは面白くない。何の意味もない。


里沙は黙って廊下へ出て歩き始めた。

するとにこにこ笑ったままの要も付いてきた。

心の中で舌打ちした。

早歩きをするものの意味はない。悠々と追いつかれて逆に速度を合わせられる。たちの悪い。


「これからどうする? 君好みの状況なら僕が作ってあげられるけど」


「黙りなさいこのミュータント」


「これはこれは。僕は君の気に障ることを言ってしまったようだ。しかしこれは紛れもない善意だ。まあ確かに今現場に行っても何しに来たのってなるだろうね」


「…………」


要はやれやれと肩をすくめる。


「君がそうであるように、私は私で結構危ない橋を渡っているんだよ? 

かつての恋人の一人から宝を拝借しただけで命がけの逃亡生活だ。

彼女は矜持が高い上に執念深いから、能力が半減した目をもってして健気に俺をそこに再び映そうとする。


だけどまあ仕方がないよね。

乱暴な人たちが僕をうらやんで、俺の大事なものをいっぱい奪ってしまったから。

しかもそれで私をおびき出そうとしている。

ならこれは望遠鏡が必要だよね。途中で物事を投げ出すのはよくない。


ねえ、だから君の現在は一応君の望む形にはなっているんだよ。

左目を奪われて怒り狂った彼女が私を追い、俺は君を見つけ、君は僕を隠し、君の両親はあろうことか彼女と交流を持って君を『幸せ』にしようとしている。

とってもギリギリな感じだね。すばらしい。


君を気に入った僕だから、当然君を守るために動く。

君が彼女にばれないように配慮する。

その君が好き勝手に動いてくれることで俺の目を楽しませてくれる。

僕は制限が多くある中で行動するんだ。なあ、良い関係だろ?」


「あなたが付きまとうから利用してあげているだけよ。契約も何もないんだから今すぐどこかへ行ってしまってもいいのよ」


「いいや。これは人生をよりやりこむための縛りだからね。飽きるそのときまで僕の心は君のものさ」


「今、ものすごく気分が重くなったわ」


「『命が長く体も達者というのは、それだけで一つの力』そう彼は言ったけど、俺は別に彼のようになりたいわけじゃないよ。ただ観察して考察を重ねたいだけなんだ」


「それで、今回の彼女に何か見いだせたのかしら。あなたはただ執着したいだけよね。国木瑞架という個体ではなく、その運命に。

果ての見えない謎を追い求めること、不老不死になった人間にとってはとてもちょうどいいものだわ」


「これは痛いところを。それとも、それは君なりのやきもちなのかな? 

確かに私は『彼女』の運命を観察し、違う結末があったのかを確認したい。

だけども恋人を作ることとはまた別だよ。僕は人生を謳歌する。


あの魔法の星は本当に面白かった。何しろ魔法というものがあるんだからね。

つまりそこで前回の『彼女』を観察していたわけだけど、魔法が存在する世界でも、結末はやはり変わらなかった。

けど最期はとても美しかったよ。

青いドレスを着て、王女の身代りになって玉座の前で息絶えたんだ。とってもドラマチックだね」

 

足を止め、里沙は甘い香りが漂ってくる教室を指差した。コスプレ喫茶だった。

入口に立っている目が猫のようにくりっとした色白のメイドが里沙たちに気付いて微笑んだ。

首から下げた小さな看板をより見える用にとこちらに向ける。


「プロが作ったもの以外も食べるんだ」


「嫌味? 劣るものもたまには口にするわよ」


「酷い言い草だ。店員さんの前では言わないようにね」

 

くすくすと笑って要がメイドの格好をした生徒に人数を言う。

その声で、メイドが男子生徒であることが分かった。

 

奥のテーブルに通され、執事の格好をした生徒に椅子を引かれて座る。

弱冠恥じらいを見せながら、一生懸命男の低い声を真似て執事は注文をとった。


学園祭と言えば、学校で最も部外者が入りやすく目立つ行事だ。

学園祭で何かあれば必ず部長の自分にも影響がある。

だから学校という枠の中で起こって欲しかった。事件の渦中にいたかった。

要に「報告が遅い」と言うが負け惜しみでしかない。布陣が足りなかったのだ。


「頑張ったね」なんてねぎらいの言葉なんかいらない。

欲しいのは「お前はなんてことをしたんだ」「全部お前のせいだ」「お前は最悪だ」という、里沙への強い言葉。反発する言葉だ。受容なんていらない。


田中秀樹と話しているときなど、警戒している相手に接するときは嬉しかった。楽しかった。

自分が相手に影響を与えていたのだと、相手に里沙が何者であるか、見定められていたのだと。


里沙は里沙が分からない。

里沙とは誰のことなのか。

期待も失望もされずに、ただ里沙という名前がある。

里沙には肩書きも背負わされなかった。


里沙がピグマリオンではなく、誰かにピグマリオンであって欲しかった。

乱暴で、傲慢な考えで、何者かである里沙を勝手に見て欲しかった。


その機会を、とっておきの舞台を見つけ出したのに、逃したのだ。


里沙は息をしない。山下だけが生きていく。

肉体が滅ぶのも時間の問題だ。


「矛盾しているよ」


着物と洋服を組み合わせた珍妙な格好をした生徒が紅茶とリンゴジュースを置いて行った。

里沙は紅茶、要はリンゴジュース。入れ物はどちらも紙コップだ。


ソレはリンゴジュースを一口飲み、紙コップをゆらゆらと片手で揺らす。


「自分が何者であるか勝手に精査されたいのであれば、何か問題でも起こせばいい。

例えば誰かを本格的にいじめ抜いて恨みを買えばいい。

それをしないのは、自分が直接手を下したくないからだ。

自分はただ選択肢を与えるだけの人間で、選択肢を選んだ責任は他者に押しつける。


何故君は選択肢を選んで直接事を起こさないのか。

それはまず、君が何も選べない人間だからだ。


1と0個の林檎どちらを選ぶか。君は林檎を2個選ぶだろう。なくても、どうやってか2個揃えておく。

何故なら保険を置いておきたいから。何故ならそれだけの余裕があるから。

それが染み付いてしまっている。


だけど、2個揃えた林檎は結局1個余って腐ってしまう。無駄にしてしまう。

余裕こそが君の敵だ。直接手を下せば、保険がきかなくなる。

だから相手の判断に任せるところがある。


君はただ、エピソードを一つ見逃しただけに過ぎない。

その他のエピソードを見るには時間が無いと言う。

それまでの過程なんか予想できるから面白くないんだね。


チートを憎むのは、せっぱ詰まった選択肢を作るため。

でも君は君自体がチートでもある。

何でもできる人間なんて、お話にならないよ。

何でもできる人間はいらない。

まだ何でもできない人間の方が面白い。


ねえ、僕が君を面白く思ったのはね、君が何でもできる人間で、だから何でもできない人間だったからだよ。

まあ、よくある話ではあるんだけどね。

でも君は『何でもできる』ようになるのに起因したものが、つまり何で『何でもできる』ようになったのか、が、ない。


最初から百パーセントなんだよね。

レベルが百で、ゲーム三周目みたいな。

ゲーム三周目なのに前の記憶がない、みたいな。そりゃつまらないに決まってる。

記憶があれば、穴を見つけてやり込んでいけるのにね。

ただ、君にとっての唯一の救いとしては、君の弱い体だ。

君も長くない。だからこそ時間制限の縛りが出来るんだ。


で、ここであえて問うよ。


君は、その時間制限を取っ払って、後のエピソードに期待するかい?」


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