一つの物語が終わったら
――そして全ては最初に戻るのだ。
ソレはさっきからずっと笑っている。
困ったように首を傾げて微笑むソレを睨みつけ、男は噛みついた。
だけども実態などないのだから。単なる比喩でしか捉えることができないものなのだから。だからこそソレは気にもせずにそこに在り続けられるのだから。
全ては無意味な行為なのだと悟っていた。彼女はもう目を閉じてしまっている。冷たくなって息絶えている。
「ねぇ君たち。この子を奪った存在について何か知らないか?」
答えない彼女の代わりに聞いてあげた。誰も答えられはしなかった。知っている。このまま忘れてしまって、最後には消えてしまう。
もう何も意味はない。どうすることもできない。事実は事実として覆すことができず、1進めど2は戻れない。全ては一つである。その一つを解体して組み替えて再構成することは、自分が彼女と同等の存在であるという事実を放棄することになる。それができる確証もない。ならどうするか? 残された者の役目とはなんなのか。
それは、それは、出来うる限り、原因を究明すること。
動機やその過程はすぐに調べられる。そうじゃない。何故そうなってしまったのか。他の結末はなかったのか。それを検証する必要がある。
男の頭に一つの方法が思い浮かぶ。自身の手の中には細長く、透明なガラスの瓶があった。その中には見たこともない色になった液体があった。
彼女がいたから完成した魔法の薬。不死の薬。生きている者は半永久的に時間を得ることができるだろう。失敗しているかどうかなど、そのときが来れば分かる。
「……君のその時間制限を取っ払って、後の物語に期待してもいいかな」
念のために彼女に問うた。彼女は何も答えない。当たり前だった。それでいい。意見など求めていない。必要なのは大義名分なのだ。
大丈夫。この胸に刻まれた記憶はそう簡単に風化などしない。させはしない。鮮度を保ったまま未来永劫この胸に持ち続けよう。そのためにはどうすればいいのかは、すでに考えがある。
手の平で彼女の顔の凹凸に触れた。肌は白くて冷たくて、まるで陶器のようだった。
「幸せって、何なんだろうねぇ」
言って、男は手の中にあった瓶をいっきにあおり、呑みほした。そうすることで男は前とはまた違った存在になった。何の反応も示さない彼女へ微笑みを落とし、そして男はいつものように脳を働かせ始めた。
さて。まずは彼女の人生についてもう一度詳しくおさらいしよう。
もしもこの今がソレすなわち運命のふざけた産物であったのだとしたら、色々と考えなければならない。嗚咽混じりの語り部を黙らせなければ。
彼女は何故死んだのかと問えば、この胸にある記録上の彼女は「誰かの為に」と言って去っていった。
悲しみに塞ぐなら、前へ。別の環境で彼女の複製を観察し、並行して考察を重ねよう。
違う結末があったのか、その結論が出るまで。