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俺、疲れたから勇者辞めるわ。


 街道脇の草原にごろんと寝転がって空を見上げる青年が居た。

 黒髪黒瞳、木綿生地のシャツにズボン。薄汚れたブーツにいくらか傷の入った金属製の胸甲。

 腰には飾り気の無い鞘に納められた剣一本。

 脇に背負い袋を置き、ぼんやり空を見上げる。

 バカみたいに晴れ上がった空は青くて高くて、どこまでも続いていそうだった。

 大地に目を移せば広がる草原。

 所々に、野生の草食動物が居て、のんびりとした様子で草を食んでいる。

 その草原の真ん中を、一本の赤い色のラインが貫いていた。

 草を刈り取られ、敷き詰められているのは赤いレンガだ。

 そこを行くまばらな人影や馬車の姿から、それが道であると分かる。

 大都市と大都市を繋ぐ、国家の動脈、公営大街道。

 この街道網が整備されるまで、数十年掛かったと言われる。

 とはいえ、数年前に起きた国家間の大戦争。その前にあった魔族との戦によってその大動脈がいくつも破壊された。

 しかし、それらも数年と経たずに錬金巨兵ゴーレムや、錬金の魔術によって修復されていた。


 魔族、魔術、錬金巨兵。


 現実にはあり得ない単語。

 それが、ここではまかり通る。

「……ま、異世界だしな」

 ぽつりと呟いた青年の顔に、影が射した。

 遥か上空を飛び行く十文字の影。

 皮膜の翼を広げた長い首と尾を持つ最強のトカゲ。

 ドラゴン。

 その数こそ激減してはいるが、いまだに最強の座に君臨していると言って良いだろう。

 短めの黒髪が風になびき、黒瞳がつまらなさそうに最強種を見上げた。

 そう。

 彼にとって、この異世界は灰色の世界となりつつあった。


 彼の名前は緋崎ひざき 啓介けいすけ

 十年前にこの世界に勇者として召喚され、世界を救った英雄だ。


 十二年前。この世界、アムルディアは突如として出現した魔族の軍勢。それを率いた魔王によって危機にさらされた。

 各国は力を合わせてこれに対抗したが、次々に打ち破られ人々は絶望した。

 その状況を打破すべく、ルカンディア王国で、ひとつの禁忌が破られた。


 “勇者召喚の法”。


 異世界より、資質の有るものを召喚し、勇者とする魔法。

 他者の運命をねじ曲げる、邪法だ。

 当時、ルカンディアの王族であり、召喚法を守る姫巫女ソフィアは最後まで召喚に反対していた。だが、自国民の絶望する姿に結局は折れた。

 そして召喚されたのが啓介だった。


 その時の啓介は、両親との折り合いが悪く、大喧嘩の果てに飛び出してきた直後であった。

 自らが勇者として召喚されたことに喜び、率先して魔王討伐へと乗り出した。

 結論から言えば、啓介の魔王打倒は、二年の月日を以て成された。

 その二年で様々な出来事に遭い、打ちのめされながらも仲間と共に魔王を倒したのだ。

 そして彼は、元の世界に戻れぬことを知る。

 絶望する啓介に寄り添い、彼を支えたのは度の仲間であり、召喚の魔法を行使した姫巫女でるソフィアであった。彼女を嫌っていた啓介だったが、その献身に癒されていく。やがてふたりは惹かれ合い、最後には結ばれた。

 啓介は、異世界で新たな人生を踏み出そうとした。

 しかし、世界は平和にはならなかった。

 魔族との戦いで疲弊した国々を、被害の小さかった国々が喰らい始めたのだ。

 魔族との戦いが終わった世界は、人同士の戦いに移行したのだ。

 啓介はそんな人間達の愚かさに悩みながらも、ソフィアと彼女の国、ルカンディアのために剣を振るった。

 三年にも渡る世界中での戦いに終止符が打たれた時、啓介はすでに万に届くほどに人を斬っていた。

 それでも、愛する人のために勝ち続けた彼は、救国の英雄となったのだ。

 これで平和になると、啓介は喜んだ。数年間戦い続けた少年は、愛しい人との小さな幸せだけを望んだ。

 だが、魔王を倒した勇者にして、国を守った救国の英雄を、まわりは放ってはくれなかった。

 英雄である上に王族であるソフィアとは恋仲。

 そんな影響力を持つ啓介に対し、猜疑に満ち溢れた権力者たち彼を疎ましがった。

 自らが守った国の貴族、王族に命を狙われ続け、彼の心は衰弱していった。

 そして、彼の愛しい人が凶刃に倒れたとき、啓介は、“壊れた”。

 かつての仲間達の助けをもって自らの命が狙われることがなくなった時には、彼が生涯を伴にしたかった女性は、この世の人ではなくなっていた。

 啓介は仲間の誘いを断り、野に降った。

 ひとりの旅人として世界を流れ行く。それが今の啓介のすべてであった。



 あった。はずだった。



『にゃーっ?! 蜂は厭ぁあ~っ!?』

『ちょっと待ちなさいっ! 守れないでしょっ!』

『あらあら~? 大変ねえ~』

『あーもう! ちょろちょろしないでっ!』



 耳に届く少女達の悲鳴に顔をしかめる。

「……………………どうしてこうなった?」

 啓介は痛痒を堪えるように額に手をやり、ぼやいた。


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