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Sky-1

 空を行く航空船から、キラキラと陽の光に反射する美しい輝きが、虚海へ向けて降り注いだ。

 幻想的な光景ではある。

 それが嘔吐物でなければ。

「……う~、やっぱダメだ……」

 糸目の少年、緋崎ひざき たけるは、青い顔のまま船縁にもたれながら呟いた。船酔いのようである。

 海を行く船が希少となり、空を行く船が一般的となりつつあるこの世界ではあるが、航行中の揺れに関しては変わらなかったようだ。

 とはいえ、海の上の複雑な揺れに比べれば、乱気流にでも巻き込まれない限り空を行く方が安定している。

 要はこの少年が極端なまでに乗り物に弱いということだ。

「だらしないわね」

 不意に聞こえてきた声に、武は青いままの顔を上げ、そちらを見やる。

 陽の光に照り返した黄金色が、風に揺れて波打った。

 意思の強そうな蒼い瞳は射抜くように武を見つめている。

 肘まである白い長手袋をした両手を、真っ赤なミニスカートに覆われた魅力的な曲線の腰に宛てて立つ少女の姿。

 スカートから伸びる少々ボリュームの有る健康的な白い太ももを惜しげもなくさらし、頑丈そうなゴツいショートブーツを履いた足で甲板にしっかり立つ。

 その姿勢は鋼芯を一本通したかのようで、赤いリボンをあしらった白い半袖のブラウスの胸元を押し上げる、ふたつの大きな膨らみを強調している。

「……それでも桜木の継承者なの?」

 少々呆れたように言う少女に、武は苦笑した。

「……“桜”は継いでないよ? それは君も知ってるはずだろ? アリス」

「……儀式的な問題でしょう? 実質的には継いだも同然じゃない」

 少年の言葉に、アリスは不満そうに言う。武は憂鬱そうにため息を吐いた。

「……それくらいにしてくれよ、アリシアナ・アル・アルテミス。あんまり“桜”の話題を出すのも良くない」

 例えこの船が叔母上の肝入りだとしてもね。

 そう続ける武に、アリスは口をつぐんだ。

 だが、顔は納得がいかなそうで、形の良い細い眉がきゅっと寄せられていた。

 その様子を見て武はフッと力を抜いた笑みを見せた。

「……ありがとうアリス。君が僕の事を心配してくれるのは素直に嬉しいよ。……正直、僕はまだ混乱しているからね」

「武……」

 自嘲気味にうつむく少年の姿に、アリスの足は自然に動いていた。

 うなだれる武を守るように抱き締めるように、アリス。

「……今は、休みましょう? あんなことがあったのだもの。まだ整理が着いてないのよ……」

「……う……ん」

 優しげな少女の声に武は弱々しくうなずいた。

 “桜木”

 ふたりの故郷、五桜皇国では桜を冠する名前は特別な意味を持つ。

 国の名前にもなっているそれは、国の中枢を束ねる五家にしか許されていないものである。

 それぞれ、“桜花おうか”“桜庭さくらば”“山桜やまざくら”“八重桜やえざくら”“桜木さくらぎ”。

 五桜皇国の政務と軍務を司る五つの系譜だ。

 その中でも、桜木は異彩を放っている。

 五家において軍事を司る桜木家は、その武勇と知略を以て継承される。

 他の四家が血筋に依っているのに対し、桜木だけは血筋によらず継承できる。

 そう。

 己の武と知によって。

 もっとも、桜木の家に生まれるのは知勇に優れたサラブレットばかり。

 これを打ち破るのは容易ではない事だ。

 武はその桜木の家に生まれた。

 当初、桜木の血筋からすれば凡庸にもならない程度の才覚しか持ち合わせず、“桜木”を名乗ることを許されずに、母方の“緋崎”を名乗っていた武だが、血の滲むような努力の結果、桜木にふさわしい力を身に付け、戦将陣によってそれを示した。

 武は十と五年目にして、やっと本当の性を名乗ることを許されたのだ。

 だが、桜木襲名の儀は行えなかった。

 皇国で政変が起きたのだ。

 桜の五家それぞれが奇襲を受け、四家が討ち取られ、残るは桜木のみとなった。

 武は父、桜木玄馬と共にその奇襲を跳ね返しはした。

 だが、悲劇はその後に起きた。味方であった玄馬の実の弟である桜木孔苑の突然の裏切り。それによって父玄馬は武の目の前で暗殺されてしまった。

 そして母、桜木華乃は武達を逃すために孔苑に降ったのだ。

 武は、姉と妹、そしてアリスをはじめとする数少ない信頼できる郎党を引き連れて五桜皇国を脱出してきたのだ。

「……父さんは絶対に負けないと信じていたんだ」

「……」

 小さく漏らす武に、アリスは答えない。だが、思いは同じだ。

 五桜皇国の武を司る桜木。その当主ともなれば戦将としても、ひとりの武人としても皇国最強。

 武だけではなく、アリスにとっても強い憧れとともに、越えるべき目標と定めていた存在だ。

 それが呆気なく暗殺されてしまった。

 目の前で起きたそれが信じられなかった。

 玄馬の元に居た二十人の戦騎すべてが孔苑に寝返り、戦将陣を展開すること無く玄馬に襲いかかったのだ。

 結果、玄馬は死んだ。

 戦将として信頼していたはずの配下に裏切られて。

 戦将陣は戦争ゲーム。

 だが、ひとたびゲームの枠からはみ出れば、強大な力を振るう戦騎達は殺戮兵器にも等しい存在となる。

 武は、戦将陣の歪さを突きつけられたのだ。

 父の死。

 囚われた母。

 裏切り。

 そして、自らの得た戦将の、戦騎の力の恐ろしさ。

 国を追われた身となり、アムルディアへと嫁いだ叔母を頼っての逃避行。

 短い間に起きた様々な事柄に、少年の心は掻き乱されていた。

 だが。

「……ありがとうアリス。もう大丈夫だよ」

「そう? まだ顔色良くないわよ?」

 武はアリスにささやいて、そっと放れた。

 しかし、アリスはいまだに心配げだ。

「だいじょうぶ。船酔い……が……酷い……だけ……」

 アリスに答えながら武は船縁へと振り返った。

 直後に聞こえてきた耳障りの悪い声と音に、アリスはひきつりながら三歩はなれた。

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