学園戦国空もの
白い雲海を抜け、青々とした空を、一隻の船が行く。
航空船の定期便だ。
ゲートに依らない大陸間の移動には欠かせない人々の貴重な移動手段である。
船縁から下を見れば、広がるのは灰褐色の海。それは、この世界に生きる者立ちにとって最大の嫌悪と恐怖の対象。
“虚海”。
このアールガディアス界の大地と海をはじめとする、すべてを呑み込んだ悪夢。
突然に起きたそれに、人々は蹂躙された。
“虚”
あらゆるものを呑み込み、すべて消し去ってしまう大災害。それが世界を飲み干すまで数ヵ月しかかからなかった。
生き残った人々が魔道を駆使して結界を張り、七つの島を浮遊させて難を逃れてから二百年。
地を嘗め尽くした“虚”は溢れ返り、海のようにたゆたう。
それこそが、“虚海”だ。その様子に人々は震え上がり、“虚海”を畏れた。
人々はそれぞれの島から出ることすら出来ず、“虚海”の驚異に怯えながらも、徐々に生活を、社会を、文明を取り戻し、国を構築していった。
やがて、魔術師たちの尽力により、島と島を繋ぐ門が作られ、七つの島の交流が始まった。
だが、人と人が交われば、国と国が交われば様々な問題も持ち上がるものだ。
とはいえ、“虚”によって多くの人々が消え去り、どの島も人口は少なかった。
また、ゲートを渡ることでしか島と島を渡れなかった時代だった事が幸いしたためか、安易に戦争ということにはならなかった。
だが、浮遊島国家同士の話し合いは、うまく決着がつかなかった。
そこで、世界に救いをもたらした魔術師達により、“戦将陣”という疑似戦争ゲームが作られた。
以降、七つの浮遊島国家は、様々な問題の決着を“戦将陣”の結果によって決着させるようになった。
“戦将陣”
敵対するふたりの戦将が展開する結界により生ずる異界の内で、二十人の戦騎達を展開し、相手の陣に攻め込み戦将陣の核を破壊することで決着する、疑似戦争ゲーム。
戦騎達には、さまざまな職能、個人の持つ様々な固有の技術が存在し、戦将の指示にしたがって戦い合う。
ゲームでありながらも、戦争であるというこの歪な催しに、各浮遊島国家の代表として戦う戦騎達の姿は華々しく華麗であり、虚海に囲まれ絶望し、娯楽が皆無に等しくなった島々に住む人々はこれに熱狂した。
そして、国を代表する戦将と戦騎に、人々は憧れた。国を背負って戦う彼らは、人々にとってはさながら勇者であったのだ。
それゆえに、戦将や戦騎になる事を夢見る者は多かった。
優秀な戦将と戦騎を欲する各浮遊島国家はこれに目をつけ、魔術師達の力を借りて、戦将と戦騎を養成する機関を作り上げた。
通称“学院”だ。
これに浮遊島国家の名前を合わせて呼びならわす。
すなわち。
バルツ帝国学院。
ソルディア王国学院。
五桜皇国学院。
ル・マリア法国学院。
ソロジア共和国学院。
ユーステア連邦学院。
そして、この定期便が向かう先にある、七つの浮遊島国家最小の国“アムルディア”。
そこにあるアムルディア学院。
この七つの学院で、戦将と戦騎は誕生するのだ。
アムルディアは、七つの浮遊島の中でももっとも小さい島だ。
総人口も十万人と七浮遊島国家最低ランク。
特に優れた技術が有るわけでもないのだが、もともと大地にアムルディアがあった頃、この島は周囲を海に囲まれた群島であった。そのため、領有している浮遊小島の数が多い。
各浮遊島は、魔術師達の偉大な結界魔術によって半ば掬い上げられるように浮いている。
そのせいかアムルディア本島を含め、今は失われた海の一部が浮遊島に付随して天に上がった。
おかげで、アムルディアは海産物をはじめとした様々な資源を確保している。
しかしながら、これもトラブルの種であった。
限られた大地しか持てなくなった人間達にとって、あらゆる資源は貴重であり、各浮遊島国家にとって喉から手が出るほどに欲しいものだ。
おかげで、アムルディアは各国から狙われ続け、戦将陣を仕掛けられ、敗北を重ね、多くの資源島を失っていた。
それでもなお、いくつもの浮遊島を保持している辺りに、この浮遊島国家の地力がかいま見えるといえよう。
そんな国、アムルディアに向かう定期便に、一人の少年が渡航客として搭乗していた。
年の頃は十代半ば。
短めの黒髪に、中肉中背の平凡な体つき。
目を瞑ったかのような糸目で、のんきそうに船縁から空を眺めていた。荒事には無縁そうに見える少年だが、黒くゆったりとした羽織物から覗く二の腕はしっかりと絞り込まれて鍛えあげられていた。
そして腰に下げているのは、緩やかな反りを見せる二本の武骨な黒い鞘。
刀だ。
浮遊島国家、五桜皇国にて発展した、特殊な鍛冶技術によって鍛造される、近接戦用の剣である。
その柄が左腰から前へふたつ突き出している。飾りっ気はまるで無く、実用性のみを追求したようなそれは、その少年の雰囲気にはそぐわない。
だが、その立ち姿はピタリと填まっていて違和感はまるで無いという、不思議な少年であった。
少年はちゃんと見えているのかわからぬ糸目の視線を落とし、船縁から身を乗り出すように虚海へと顔を向けた。
そして……。
「うぉおえぇぇぇぇぇえ〜〜〜〜」
虚無のたゆたう海に向かって盛大に吐いた。




