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P-2


 何も無い、青い空間。無限に広がるかのようなその場所に、白いテーブルと二つの椅子が置かれている。

 テーブルには白いレースのテーブルクロスが敷かれ、中央には白い磁器の皿。それには香ばしく薫るクッキーが上品に添えられている。

 二つの椅子の前には、やはり白いソーサーに載せられた白いティーカップ。そこに注がれている香り豊かな紅い液体は、傍に置かれた白いティーポットから注がれた紅茶であろう。

 と、ティーカップに小さな手が伸び、カップを持ち上げると、これまた小さな口元へと運ばれる。

 と、その手が止まって彼女がこちらを見た。



 四方へ広がるように伸びたオレンジ色の髪は、先っちょの辺りが軽く上向きに跳ねていて不思議な髪型になっている。

 まだ幼く起伏のない肢体を包むのは、オレンジのセーラーに赤いフレアスカート。足元はオレンジのショートブーツ。

 椅子の背もたれに引っかけてあるのは、鍔広でオレンジのとんがり帽子。

 まだ、あどけない容貌のその女の子は、赤黒い瞳の眼を細めてあなたに笑い掛けた。

「ああ、来たのね。アタシは破壊神アリス。この世界の門を守る、門番ってところね? まあ、立ち話もなんだからお座んなさいな」


 にこやかに薦める彼女に対して彼は言いしれぬ恐怖を感じてしまう。

 と、少女がコロコロと、鈴の音が鳴るように笑った。

「とって食ったりしやしないわよ? あなたにお話ししなければならないことがあるの。こちらへいらっしゃいな」

「け、けど、破壊神って……」

 そう、彼女は確かに名乗った。“破壊神アリス”と。

 神様だと言うだけでも荒唐無稽だが、破壊神だなどと言われては、好奇心より恐怖心が先に立っても致し方ないと言えよう。

 そんな彼の戸惑う姿にアリスはため息を吐いた。

「……確かに、アタシは破壊神だけども、世界を守るものでもあるのよ? もう少し信用して欲しいわね」

「……? 世界を守る? 破壊神が?」

 更なるアリスの言葉に、彼の困惑はさらに深まった。

 破壊の神なのに何故世界を守るのだろうか?

「それはね? 破壊の神は、世界が滅び去るときにのみにしか破壊の力を世界に対して振るえないのよ。なぜなら世界は破壊神たるアタシの中に存在しているのだから」

「??」

 意味が分からない。いや、わかってはいけないと、彼は本能的に悟った。

 そして、腹を決めるとテーブルに着くことにした。

「良い子ね」

 赤黒い目を優しげに細めた破壊神の言葉に、顔をしかめる。

 見た目、十歳かそこらにしか見えないのだ。違和感は感じる。それと同時に、自分より遥かに長く生きてきた年長者特有の落ち着いた雰囲気も感じとれ、彼はやはり戸惑いの表情を浮かべた。

「……それで、話って?」

「ええ、まずはあなたに謝罪をしなければならないわ。ごめんなさい」

 燈色の髪を揺らし、小さな破壊神がこうべを垂れた。

 思わぬことに、彼は息を飲む。

「……な、なんで」

 曲がりなりにも神。それも破壊神を名乗る存在が頭を下げるなど、前代未聞だ。

「……理由はこれからお話しするわ。まずは落ち着いて聞いて欲しいのだけど、あなたは本来の運命では、ここで死ぬ筈では無かったの」

「…………は?」

「あなたは、あなたが最も大切に思う女性ひとと、愛を育み、一生を添い遂げる運命だった。子宝にも恵まれて過ぎたる裕福では無いものの良き家族に恵まれ、幸せな日々を過ごし、奇しくも彼女と同じ日に天寿を全うするはずだった」

「……え? ……え?」

 彼の困惑は加速する。その様子を見てアリスは顔をしかめた。

「……落ち着いて。ほら、紅茶を飲みなさい」

「う、うん……」

 彼はテーブルに置かれたティーカップへと手を伸ばし、震える手でそれを取った。

 身体の震えがカップを揺らしソーサーとぶつかってカチャカチャと音を立て、紅い湖面を揺らした。

 それをなんとか口許へと運び、口を着けてひと口すする。

 ほう……。

 と、吐息が漏れた。

「……落ち着いたかしら?」

「……た、多少は」

 小さな破壊神の言葉にうなずいて答えると、彼女は満足そうに微笑んだ。

「では続けるわね? 本来あなた達はそんな幸せな人生を送るはずだったのよ」

「……」

 返事は出来なかった。けれども、破壊神を名乗る少女の言いたいことは把握できた。

「……つまり、僕の人生はどこかで狂った……いや、狂わされた?」

 探るように、自らの仮説を口に出してみた。彼女は満足そうにうなずく。

「……ええ、その通り、あなたの歩むべき人生は、運命は、第三者によって狂わされた。他ならぬ神によってね」

「!」

 アリスの言葉に、彼は目を剥いた。それはそうだ。なぜ、神がちっぽけな人ひとりの人生を、運命を狂わせる必要があるのか? そしてそれを為したのは……。

「……残念ながら……というべきか、犯人はアタシでは無いわ。やったのはアタシの部下ね。だから責任自体はアタシにもあるわね。どうする? アタシを殺す?」

「……あなたを殺して、すべてが元に戻るなら、そうしたいところですけど」

 彼は、うつむいて呟く。それを聞いてアリスは天を仰いだ。

「……それは無理ね。すでに何百人もの運命を巻き込んでしまっているわ。どのみち、あなたは元の運命には戻れない」

「……生き返ったりは……できないか……」

 彼がぼんやりと漏らした。

 が。

「……別の運命としてなら、生き返ることも出来なくはないわ」

 応えたアリスの言葉に、彼は目を見開いた。藁にもすがる思いで訊ねる。

「ど、どういうことですか?」

「今回の事はこちらの落ち度でもあるし、あなたの運命から生ずるはずだった因果がまだ残っているの。これを利用すれば、近似世界は無理でも異世界にならあなたの運命を挿入出来るわ」

「……えっと?」

 さすがに理解が追い付かない。

「ふふ、わかりやすく言い直しましょう。あなたの運命となるべきだった因果というエネルギーが残っていて、それを利用すれば元の世界には無理だけど、まったく異なる世界に転生させてあげられるわ。今回の事にはアタシにも責任があるし、あなたが望むなら確実に異世界へ転生出来るわ」

「……元の世界へは?」

「残念だけど……」

「……そうですか。いえ、確認しただけです」

 想定はしていたのか落胆の色は濃くない。

「それで、どんな世界が良いかしら? やっぱりマンガやアニメの近似世界かしら? それと普通にファンタジー世界とか? あと、欲しければあなたが生きていく上で有利になる特典やなにがしかの能力なども与えられるわよ? この辺りはお詫びも兼ねているから融通は利かせるわよ?」

 彼に気を使ってか、燈色の破壊神はことさら明るく聞いてきた。しかし、彼には気になっていることがあった。

「……あの」

「なにかしら?」

 おずおずと声を掛けた彼へ、小さな破壊神が応えた。

 彼は、緊張のあまり喉が乾き、口中に溜まった唾液を嚥下した。

「……あの、彼女は……僕と一緒に轢かれた彼女は……どう……なりました……」

 答えは知っている。けれども、聞かずにおられない。

 彼の痛ましいまでの葛藤を感じ、破壊の神は表情を曇らせた。

「……死んだわ。彼女も」

「……」

 彼の表情が、絶望に彩られた。それを見て、アリスは大きく息を吐いた。

「……彼女の運命も、本来あそこで途切れる筈ではなかったの」

「……え?」

 彼の顔が跳ね上がった。小さな破壊神は続ける。

「彼女の運命は、あなたの運命と複雑に絡み合っていたのよ。互いの運命を支えるように、ね。それが突然分かたれた。結果として、彼女の運命はあなたの運命もろとも倒れてしまった」

「う、あ……」

「端的に言えば、あなたの運命に巻き込まれたとも言えるわね」

「ああああああっ!」

 彼は慟哭した。両手で顔を覆い。ただひたすらに。

 しかし。

「だけど、あなたのせいじゃないわ。すべてアタシ達のせい」

 アリスがぴしゃりと言い放ち、彼の慟哭が止んだ。


「お、まえが……」


 そして、漏れ出るは、


「おまえが……」


 怨嗟。


「おまえがぁっ!」


 そして怒り。掴みかからんと立ち上がる彼に、しかし、小さな破壊神は涼しい顔で

「彼女も転生するわ」

 と言い放った。

「……は?」

 怒りの形相が、間の抜けた顔に変わった。

 意味が分からないといった顔だ。

 破壊神はコロコロと笑う。

「当然でしょう? あなたの死が神の失策によるもので、お詫びに転生するのだから、運命を共有しているとも言える彼女にも同じ対処が取られるわ」

「……人が悪いですよ」

「当然よ。破壊神だもの」

 すとんと腰を下ろして呟く彼にアリスはしれっと答えた。

「少しは安心してもら得たかしら?」

「死んでるのに安心も何もありませんけどね……」

 童女のように笑うアリスに、彼は力無く息を吐いた。

「……その、もうひとつ、良いですか?」

「なにかしら?」

「……なぜ、その神は僕の運命を……狂わせたんですか?」

 ためらいがちに訊ねる。

 対して破壊の神は大きく息を吐いた。

「……馬鹿馬鹿しい話で申し訳ないんだけどね。あなたが疎ましかったらしいわ」

「……え?」

 意味が分からず、間の抜けた声が出た。

「……たまに居るのよ。人間の女の子に熱をあげて、勝手に運命を弄くるバカが……ここ、千年くらい居なかったんで油断したわ……」

 沈痛そうに額を押さえる小学生にしか見えない破壊神の姿に、彼の表情が渋いものになる。

「……確かに彼女は魅力的な女性でしたけど……」

「ふふ、ご馳走さま☆」

 破壊の神たる少女にイタズラっぽく言われ、彼はアッとなり顔を赤らめた。

「ともあれ、そんな馬鹿な理由であなたの運命を狂わせたそいつはすでに罰したわ。向こう一万年は害虫に転生して殺され続け、さらに一万年は益鳥となって害虫を食い殺し続けることになってる。出来れば滅してしまいたかったんだけど、なかなかそういう訳にはいかなくてね。あなたには不満な罰かもしれないけど」

「……い、いえ」

 凄惨な笑みを浮かべた破壊神の姿に、彼は背筋を震わせた。目の前の女の子は、やはり破壊の神なのだと嫌が応でも思い知らされたのだ。

「で、どうする? 転生先や特典は」

「あ、はい。……それなんですが」

 話題を戻した破壊神の言葉に、彼はうなずき、意を決したように口を開いた。

「……特典もチート能力も要りません。その代わり、転生した彼女が必ず幸せになれるように取り計らって貰えませんか?」

 真剣な顔で言う彼に、破壊の神は目を丸くした。

「……自分の幸せは要らないのかしら? 特典やチート能力があれば、好き放題できるし、幸せになれるわよ?」

「……それはいいです。自分で努力すれば良いことですし」

「転生先が彼女と同じとは限らないし、よしんば同じ世界だったとしても、年代が大幅にずれる事もあるわ。彼女にはもう会えない。それでも?」

「…………はい、構いません」

「……ふう。まったく、あなた達は……」

 強い意思を感じさせる顔でうなずく彼に、破壊神は天を仰いで背もたれに寄りかかった。

「……あの、無理ですか?」

 その様子に不安になり、思わず聞いてしまう。が、破壊神は苦笑して体を起こし、テーブルに両肘を着いて組んだ手の上にあごを乗せた。

「……いいえ、あなたに渡す特典やチート能力分の因果があれば、人ひとりの生涯を幸せにするには十分ね。こちらとしても失策の埋め合わせの側面があるから、是非もないわ。そのように取り計らいましょう」

「あ、ありがとうございます!」

 彼は席から立ち上がって頭を下げる。その姿に破壊神は苦笑した。

「では世界の選択も無しでの転生となるわ。覚悟なさい?」

「は、はい」

 表情を引き締めた破壊神の言葉に、彼は顔を上げて居住まいを唯した。それを見た破壊神が、組んでいた手をほどき、彼を見据える。

「では、これから転生させます。目をつぶって?」

「はい……」

 不安げな面持ちで目を閉じた彼の姿に、燈色の破壊神の顔がニンマリと邪悪な笑みを浮かべた。

「じゃ、いってらっしゃい♪」

「え? うわっ?!」

 ガタン! と音がして、彼の足元の床が大きく口を開け、彼の体はその中へと落ちていった。

「うわああああぁぁぁぁああっ?!」

「頑張るのよ~」

 絶叫を上げて落ちていく彼を見送り、破壊神はのんびり手を振った。




「……さて、これで一通りのテンプレは済んだかしら?」


 再び青い空間に一人となって、破壊の神はカンペを確認し、満足気にうなずいた。

「こんなものみたいね。意外と面倒ね異世界転生って」

 カンペを放り、軽く息を吐いてからティーカップとソーサーを手にする。

「……にしても、面白い“ふたり”だったわね」

 先ほどの彼と、“その前に”来た“彼女”を思い浮かべ、破壊の神たる少女は笑みを浮かべた。

「ふたり揃って言うことが同じなんですもの」

 口に手をやり、鈴を転がすようにコロコロと笑う。そして、紅茶をひとくち含んでテーブルに戻した。

「それじゃあ、ふたりのお願い通り、彼らが幸せになるために一番必要なものを用意するとしましょうか」

 言って、右手の人差し指を立てて軽く振ると、小さな毒々しいデザインのステッキが現れた。

「ふふ、こんなサービス滅多にしないんだから、感謝しなさい♪」

 そう言って破壊神がステッキを振るうと、小さな星がいくつも煌めいて消えた。













 その日、ある家で、二つの命が産声をあげた。

 義理の姉妹となるふたりの母親のうち、義姉の家に遊びに来ていた義妹が産気づいたのを皮切りに義姉の方でも陣痛が始まり、奇しくも同刻に子を出産した。

 ひとりは黒い瞳の男の子。

 ひとりは蒼い瞳の女の子。

 玉の汗をぬぐう乳母の手元に置かれた、大きめの木籠でしつらえた即席のベビーベッドに寝かされたふたりの赤ん坊は、まるで双子のように身を寄せ合い、互いの手をしっかりと握って眠っていた。

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