従姉弟同士の異世界転生
日差しが強くなり始めた今日この頃、少年が一人信号待ちをしていた。
半袖のシャツにスラックス。中肉中背で優しげな容貌ではあるが、半袖から覗く二の腕は無駄無く絞り込まれている。
立ち姿も背筋に鉄芯が入ったかのようにピンとしていて美しい姿勢だ。
にも関わらず、その雰囲気は覇気に欠け、どこか弱々しい。
その理由は、彼が落伍者だからか。
肩から掛けてるバッグには勉強道具。すぐそこの予備校で次なる戦争に勝つために、勉強しているのだ。
本来ならば、彼が一番大切に思っている相手と、一緒に大学に通っていたはずだった。
成績は余裕で足りていた。
負けるはずの無い戦だった。
しかし、彼は負けてしまったのだ。
試験当日に、原因不明の高熱により試験会場で倒れて救急車で運ばれた。それから十日間、生死の境をさ迷った。
結果、桜は散ってしまった。滑り止め校も受けられず、晴れて一浪確定である。
彼の大切に思う相手は、試験会場の教室が違ったために彼の窮状を知ること無く試験を終えた。
彼女の桜は咲いた。
しかし、彼女は泣き腫らして暮らした。彼女のもっとも大切に思う彼は、生死の境をさ迷ったから。
そして、彼の桜が散った事を知った彼女は、自分の桜をも散らそうとした。
しかし、それを止めたのは彼だった。来年、追い付くから。と。
そうして、彼と彼女の道は、別たれた。
そして、ひと月、ふた月と時間が経つにつれ、ふたりの道は、どんどん遠ざかっていくように感じた。社交的な彼女はどんどん華やかになっていって、彼は徐々に自らがみすぼらしくなっていくように感じた。
会う時間もずいぶん減ってしまった。
だからだろうか?
彼女の声が聞こえたとき、反射的にそちらを見てしまった。
まだ二月程度しか離れていないにも関わらず懐かしさを感じる。
居た。
大学生とおぼしき数人の集団の真ん中で、彼女は誰より華やいでいた。
そんな彼女の姿に、彼は嬉しさを現した。が、しかしすぐに曇った。
彼女の肩に、男の手が回されているのに気づいてしまったから。
大学生らしいカジュアルなファッションの青年の姿に、ことさら惨めな自分を思い出す。
と、いつのまにか信号が変わっていた。渡る前に彼女を見た。
目が合った。
合ってしまった。
声を上げる彼女に、彼は足早に歩き出す。惨めな姿を、彼女に見せたくなくて。顔を伏せて歩いた。
だからか。
彼女が男の腕をねじり上げて地面に転がし、走り出したことに気づかなかったのは。
悲鳴が上がった。それが誰の声かもわからずに、彼は足を止めて振り返った。
彼女がいた。彼が振り返ったことが嬉しくて、彼女は笑んでいた。その瞳には、彼しかいなかった。
だから……。
彼女は横合いから接近してきた大型トラックに気づいては、いなかった。
彼は即座にとって返し、彼女へ手を伸ばした。彼女もまた、その手をとるべく手を伸ばした。
互いに伸ばした手の、指先が触れるか否かね瞬間に、二人の世界が暗転した。
ふと、目を開ければ、そこに彼女の顔があった。彼のもっとも大切な女性。なによりも護りたかった彼女は血にまみれ、その“蒼い”瞳はなにものも映さぬガラス玉と成り果て、陽の光を照り返していた“金色”の髪は深紅に染まり、その胸は、鼓動を刻んでいなかった。彼は声を上げた。だが、その喉から溢れるのは、慟哭ではなく、風穴を吹き抜ける風の音。彼女の傍へと近づきたくとも彼の体が動くことはない。
わずかに、人差し指が震えた。懸命に、命を睹して、彼は彼女へ人差し指を動かしてその手を“引き摺り”彼女へと伸ばした。
視界が霞む。
それでも諦めずに、わずかに残った生命を注ぎ込み、彼は彼女の手に、自分の手を……。
そこで再び、世界は暗転した。