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三話……か……


「ぐ、ぉおお……」

 無防備な腹にもらった一撃に悶絶する啓介。だが、そこに迫る重低音に気づき、顔をしかめながら見上げると、そこには巨大な影が迫っていた。

 スズメバチを巨大化させたような複眼で見下ろしながら鋭い牙をカチカチ鳴らす。

「ちぃ……」

 油断しすぎたかと舌打ちしながら腰の得物に手をやるが、黒猫娘が腹の上で目を回していて邪魔をしている。

「なろっ」

 抜刀を諦めて小柄な黒猫少女を抱えて転がる啓介。 間一髪、彼が寝転がっていた場所へと、巨大な針が液体を噴出させながら突き刺さった。

 巨大蜂の毒は神経性の麻痺毒だが、普通の蜂のものとは違い、この噴射された毒液を浴びただけでも麻痺の効果が弱めに表れる。針自体の硬度も高く、質の悪い金属製鎧ならば簡単に貫けるほどだ。

 ただ蜂が大きくなった生物という訳では無く、れっきとした魔獣なのだ。

 転がる啓介を追うようにして、巨大蜂はホバリングしながら再び針を突き出してくる。

 その速度は、熟練兵士の槍撃に匹敵するだろう。とはいえ、本来の啓介の実力からすれば片手間にあしらえる程度だ。

 魔王を倒し、人間同士大戦争を潜り抜けた彼の実力はそれほどのものだ。

 だが、人ひとり抱えた状態で体勢を立て直す暇も無いとなれば話は別である。

 全盛期に愛用していた聖武具や魔具の類いがあれば違ったろうが、野に下った今、それらは国へと納めてしまっていた。

 それ以前に、啓介はとある理由から勇者としての能力の大半を喪っている。

 今の彼は、魔王を倒し、あの大戦で身に付けた知識と技術、経験しか残っていない。

 それでもなお、このアムルディアにおいて比肩するものが無いほどの強さを誇っている。

 しかし、そんな彼でも油断が過ぎればこうなるという悪い見本であった。

「チッ」

 針を避けながら転がる啓介。腕の中の黒猫娘を放り投げたい気分になったが、そのワンアクションをとる隙すらなかなかやってこない。


 と。

「たあああっ!」

 気合いの入った声と共に、盾を構えた少女が巨大蜂と啓介の間に割り込んだ。

 ガツンッ! と、硬い音が響き、少女の体が吹き飛んだ。

「きゃあっ?!」

 悲鳴を聞き流しながら啓介は素早く身を起こして片膝を着いた姿勢を取りながら右手を突き出した。

 刹那。

 ヒュボッ!

 と、音を引きながら白い剣が手のひらから飛び出し、巨大蜂の胸を貫いた。

「……スゴい!」

「あらぁ~」

「へえ」

「……」

 動けずにいた二人が感嘆し、動く気の無かった二人が小さく驚きを示した。

 蜂を貫いた白い剣は、即座にその姿をほどき、光の粒子に還る。

 魔力の残滓である。

「……消えちゃった」

 弓を構えていたポニテ少女が構えを解きながら呟いた。

 神官の少女も目を丸くしている。


「……攻撃魔法? けど、あんな魔法知らない……」

 寝転がっていた少女は身を起こしてつぶやく。その横に、足音も起てずに耳の尖った少女がやって来た。

「……かなりの精度と精密さを持つ、幻影魔法ですね」

「幻影?」

 その言葉に顔をあげる少女。尖り耳の少女は小さくうなずいた。

「……幻影魔法は極めれば実物と寸分変わらぬ性能を持つと言われています。あれほどの精緻さ……あなた方ドワーフ族はもとより、私たちエルフ族でも滅多に居ませんよ」

「……さらっと見下された気もするけど、今は置いとく。なるほど、教官やるだけの実力はあるって訳だ」

 ドワーフの少女は、エルフの少女を軽く睨んでから啓介へと視線を戻し、不敵に笑った。

 対してエルフ少女は啓介の様子を観察するように目を細めている。細かな挙動も見逃さない構えだ。

 一方で啓介は、注目されてることを気にするでもなく、複雑そうに、納得のいかなさそう顔で自らの右手を見ていた。

「…………。ん?」

 と、抱えていた荷物がもぞりと動き出した。

「あう~めがまわりましたぁ~」

 荷物……黒猫娘が目を回しながら顔をあげた。その顔は、どちらかと言えば本物の猫に近い造作だ。

「……大丈夫か?」

「ふえ?」

 啓介が声をかけると、黒猫娘が見上げてきた。

 翠がかった金色の瞳が綺麗だ。

「……あ、あれ? 先生? あれ? わたし?」

 目をしばたたかせ、黒猫娘が思案する。そしてみるみる赤くなっていった。

「う、うにゃぁああっ?! は、恥ずかしっ!」

 いきなりテンパり始める猫少女。啓介の腕の中にすっぽり収まる小さな体が暴れ始める。

「ちょっ! お、落ち着け!?」

 啓介がそう声をあげるが、彼女には聞こえていないようだった。

 啓介は仕方ないとばかりに素早く彼女の顎に手をやり、こりこりと軽く掻き始める。

「うに? うゆぅ……」

 途端に動きを止めておとなしくなる黒猫娘。

 この身長が半アトル(一メートル)にも満たない少女は、ケットシー族と呼ばれる種族だ。

 猫の特性を強く備えた種族で、運動能力と暗所行動能力に長けている。

 そのかわり、猫に近い性向嗜好を持つため、猫を撫でるようにすると、同じように反応してしまうのだ。

「……」

「んっ、にゅ……」

 気持ち良さげに目を細めてゴロゴロと喉を鳴らし始めるケットシーの少女。

 さらに啓介は彼女の三角形の猫耳も優しく擦り始める。

 まるでバラの花びらを愛でるように優しく丁寧に撫でてやる。

 耳の内側から伸びる柔らかな毛を折らないように、注意しながらソフトに。

「……ん、ゅ……」

 そして、ケットシーの少女は啓介にすべて委ねるように身を任せた。

「……くっくっくっ。近所の野良猫飼い猫共を端からメロメロにしたこの俺のフィンガーテクニックに、為すがままじゃないか……」

 ゲスい笑みを浮かべた啓介に。

 そして啓介がさらにケットシー少女いたずらしようと手を伸ばした瞬間。

「って、アンに何をやっとるかあっ!?」

「ぬっ? ごべらっ?!」

 彼の顔面に、金属製の盾が叩き込まれた。

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