二話のようだ
「……はあ、あたま痛え」
啓介の頭痛の源は、彼の近くで騒ぐ六人の少女達だ。
鎧などで武装した、美少女と言って良い六人は、駆け出しの冒険者である。
啓介は、なんの因果かこの初心者六人の面倒を見るハメになっていた。
女三人寄ればかしましいとは言うが、その二倍の数。
その騒音は二乗倍されたかのようなやかましさだ。
彼女らがなぜ騒いでいるのかというと、この街道にたまに顕れる巨大蜂と遭遇したからだ。
魔王が倒され、魔族の軍勢は打ち破られたが、その置き土産として、多数の魔獣が放逐された。
また、魔界へ逃げなかった魔族も数多くアムルディアに潜伏中。実際、魔族に唆されて戦争を始めた国もある。その魔族は啓介によって討ち取られているが、どれだけの残党が残っているのか見当もつかない状態だ。
この巨大蜂も魔獣の一種だ。
体長0.5アトル(約一メートル)もの大きさで、強靭な顎と鋭い毒針を備えている。
毒は麻痺毒であり、これで麻痺させた獲物を巣へと持ち帰り、卵を産み付けるのだ。
街道付近に姿を現したということは、近場に巣が在る可能性が高い。となれば、街道の安全は保証されなくなる。
巣の発見と殲滅は緊急を要する案件だ。
それに対して動いたのが、冒険者の互助を目的として設立された組織“冒険者ギルド”だ。
かつて魔王を倒した勇者の五人の仲間。そのうちの一人が立ち上げたのだが、魔獣対策に苦心する各国はこれに対して少なからず支援をし、小国にすら支部が作られた。
魔族との戦い、そして人間同士の戦争によって疲弊した国々にとって、冒険者という自国の軍隊とは別口の戦力は、非常に魅力的だったのだ。
だが、魔獣の勢力を駆逐しきれるほど冒険者人口が有るわけではない。
また、経験の乏しい冒険者達では魔獣に返り討ちに合うケースも少なからずある。
これを解決するため、冒険者ギルドは新たな試みとして冒険者を養成する学校を設立した。
だが、いまだ手探りでやっているようなものである。
六人の少女は、その学校に入学した駆け出し冒険者だ。
なぜ啓介が彼女らと一緒に居るかと言えば、彼女達の教育を押し付けられたからだ。
流れ流れていた啓介だったが、路銀が尽き、金の無心をしようとかつての仲間が居る国へとやって来たのが運の尽きだった。
歓迎し、飲み食いして高級宿のベッドに寝転がり、次の日に請求された金額に目が眩んだ。
すべてが罠だったのだ。
とはいえ、これを踏み倒すと後が怖い事も十分承知していた啓介は、不承不承ながらも冒険者養成校、ルクレツィア学園の臨時講師になった。
そして、面倒を見ることになったのが、この六人。
学園一の問題児パーティ“ティーパーティー”だ。
「……はあ、“アイツ”が愛想良く歓迎してきた時点で気づくべきだった……」
勇者の仲間……といえば聞こえは良いが、仲間の誰も彼もが一癖も二癖もあるような連中である。
しかし啓介は懐かしさが先に立ってしまい、言われるままに豪遊してしまったのだ。
しかも、冒険者ギルドを立ち上げた人間でもある。この大陸中に張り巡らされた情報網から逃れるのは至難の業だ。
穏便に済ますため、仕方なく引き受けた啓介だったが、すでに挫けそうだった。
「……暇潰しのつもりだったんだが、本気で問題児集団じゃねえか」
ぼやく啓介に答えるものは無かった。
そんな啓介のぼやきを余所に、六人の少女達はきゃあきゃあ騒ぎながら巨大蜂との戦闘を続けていた。
いや、巨大蜂一匹に振り回されていた。
しなやかで長い黒髪に、前髪を綺麗に切り揃えた小柄な少女が頭から飛び出た三角の耳を畳み、腰から伸びた黒い尻尾を膨らませつつ涙目で蜂から逃げ回り、波打つような金髪をツインテールにした少女が、剣と盾を振り回しながらそれを追う。
それを困ったように見ながらおろおろしている、長い黒髪にゆったりとした白い神官衣の少女。
その横では、弓に矢をつがえた赤い髪をポニーテールにまとめた少女が、狙いを定めようと苦心していた。
そこから離れた場所では緑色の髪にツンと尖った耳の少女が我関せずとばかりに草をむしっている。
そして、最後のひとりは、啓介とは離れた位置に寝転がり、のんびりと空を見上げていた。
「……連携のれの字も無いとはなあ」
啓介は少女達の喧騒を聞き流しながら大きく息を吐いた。
見れば解るが、まるで合わせようとはしていない。
啓介は寝転がりながら右手を掲げて横に振る。
現れるのは幻影によって形作られた半透明のプレートだ。かつての仲間、偉大なる勇者の知恵袋たる大魔術師、“守銭奴”ルクレツィアが、啓介から聞き出したインターネットの情報を元に編み出した、近年まれに見る大魔道、“魔導ネットワーク”。それによって渡された六人の冒険者としての情報を呼び出した。
この魔導ネットワーク、いまだ発展途上にあり、現代社会におけるインターネットの利便性にははるかに劣るものだ。
なにせ、専用のマジックアイテムがなければ基本的には受け取れない。
さらに、ネットワークはこのアムルディア内と冒険者ギルドの支部位にしか繋がっていない。
とはいえ、情報伝達速度や情報共有は従来とは比べ物にならないくらい進んだ。
この魔法が無ければ、勇者である啓介を擁するとはいえ魔族との戦いで疲弊していたアムルディアが大戦を生き残ることは難しかっただろう。
「……ま、俺の場合マジックアイテム無しでも送受信出来るけどな」
ルクレツィアとふたりで、この魔法を構築した特権だ。
金が絡まなければ動かない守銭奴の彼女と、楽しく話せた思い出である。
「……おかげで彼女にはヤキモチ妬かれたけどな」
懐かしい思い出に、ふと景色の色が戻った。
だが、その彼女にはもう二度と……。
想いが胸を焦がし、深い悲しみが溢れてきた。
と。
『あっ?! 危な……』
『ふにゃぁぁあっ?!』
「へっ? おぶっ?!」
不意に耳朶を打った警告と悲鳴にハッとなる。
が、その時にはすでに小さな黒い影が啓介の無防備な腹に激突していた。