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黒烏盗賊団  作者: 朝霧 知乃
=ルギ編=
9/14

番外編№2

雪深い山を降りた後、国境を越え…そして、懐かしい緑鮮やかな森へと入った。

早朝の冷ややかな空気を吸い込み、白い木漏れ日を斜めに見上げながら、懐かしい小屋へと足を進める。


もうすぐ新しい年が始まる…

その前に、ルギはやるべきことがあったのだ。



.:*.。o○o。.*:._.:*.。o○o。.*:._.:*.。o○o。.*



「……ただいま……」



数ヶ月ぶりに戻った自宅は、惨劇の跡が、色濃く残っていた。

大切なものが無くなってしまった日。

ルギの中で、何かがはじけてしまった時。

ルギはすぐに、家を飛び出してしまった。


家に戻ってはみたものの…妹の部屋の中の血の痕跡や、よじれたままのシーツはすべてそのままとなっていた。


妹は、亡くなった当日に、森の片隅に埋葬しただけだった。

そこには、…ひっそりと、ルギの両親も眠っている。


「ごめん…。ユイリ。俺はお前から、逃げてしまったのかもしれない…」


妹の死を受け入れ切れず、ネオスに復讐するという気持ちだけで、自分を奮い立たせていた。

それも終わってしまったら、きっと生きる意味すらなかっただろう。


だけど、ユイリがどんな気持ちで毎日を過ごし、どれだけ自分のことを想っていてくれたのか、黒烏団で過ごして、ようやく判った。


悲しみから逃げることは、ユイリが今までくれた時間を無駄にしてしまうことであった。

だから、ルギは戻ってきたのだ。

妹の死を受け入れ、自分の生きる道を見つける為に。



ルギは、家を数日かけて掃除した。

血糊が落ちないところは木製の床や壁を張替え、屋根や柱も壊れているところを修復した。

シーツをはりなおし、樹を切って来ては、新たな机や椅子を作る。


―森の中の、小さな小屋に、新たな光が灯った。



゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜



ルギは、小屋の外にある、ウッドデッキにテーブルと椅子を置き、ゆっくりコーヒーを飲みながら、森を眺めた。

朝の日差しが、キラキラと木漏れ日を落として、草花の朝露を輝かせている。

花には小さな蝶が舞い、森の奥では、リスの親子が、追いかけっこをしている。


(こんなになんでもないことが…なぜ、何年も、見えなくなっていたんだろう…)


いつからか、ルギは、仕事と妹以外の事が、見えなくなっていた。

街の人々も、風景も、森も、光も、家も。


ただ在るだけのもの。

それに存在意義なんてなかったし、見る理由も、必要なかった。

自分には、妹さえいればいい。そう思っていた。


(だけど、お前はちがったんだな…)


手の中で、カップをクルクルと回し、手の中で揺れる水面を見た。

そして、ユイリを思い出す。


自分のために、働き、戦い、生きる兄。

ただ、機械的に、薬を求め続ける兄。


止めたかったけど、その必死さが、自分のためだとわかっていたから…

彼女は、寂しい笑顔だけを残して、兄を送りだしていたのだろう。


ルギがいつも思い出すのは、消え入りそうな儚い笑顔だけ。

だけど……遠い昔、彼女がルギに花冠を作ってくれたときは、幸せそうな満面の笑みを見せてくれたことがあった。


ネオスが来た、あの夜…。

最後に見た、ユイリの本当の微笑み。


ルギは、自分の部屋に入ると、引き出しの中から日記を取り出した。

日記に挟まっていた、栞を抜き、目を細めて懐かしむ。

ユイリがくれた花冠のシロツメクサの一本。

それを栞にしていたのだ。


ユイリの体調管理や、薬の仕入れや効果等、ルギは日記につけるようにしていた。

その日記とともに、ずっと栞も大事にしていた。


…だけど。

今日で、終わりにしよう。


(……これからは、ずっと一緒にいよう、な………)


ルギは日記をパラパラとめくり、パタンと閉じた後、部屋の片隅にある暖炉に火を入れ…日記を投げ入れた。

それから、手に持った栞を胸に当て、目を閉じる。


(…お前はここに生き続ける……。俺の、胸の中に)


心で呟き、グッと右手を握りしめ、誓う。

そして―

手の中の栞も、暖炉に投げ入れた。


ヒラヒラと、木の葉のように舞い踊った栞は、すぐにパチパチという音をたてて、炎に熔けていった。

ルギは、火が消えるまで、暖炉の前で炎を見つめていた―。



゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・



-数日後。

ルギは、誰もいない家での生活が、初めて家族で暮らしたような、そんな充実した日々のように感じていた。


日の出とともに起きて、食事をし、朝の作業を開始する。

日中は薪割りや水汲み、狩などをし、夕方まで動物たちと戯れ、夜はランプの元で料理をする。


そして、星達が手が届くほどに下りてきたら、眠りにつく-。

そんな、他愛のない当たり前の生活が、とても幸せで、充実していた。


(…これが、お前が望んだものだったんだな…)


ルギは、朝の光を浴びながら、空を見て微笑んだ。


やっと、わかったから。

もう、迷わない。

ルギは、やっと新しい年を、妹と…、家で過ごすことができた。


「長い間、待たせて悪かったな…。…誕生日おめでとう、ユイリ」


誰も居ない家で、ルギはシャンパンの入ったグラスを、テーブルに置いたもう一つに合わせて、チン、と鳴らした。



゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・



年が明けてから1ヶ月。

ルギは、旅支度を整えると、妹の墓の前に来た。

以前は、何もなかった場所に、やっと墓標をたててあげることが出来た。

クローバーとシロツメクサに囲まれた、妹と…、そして、両親と祖父の眠る墓。

みんなが、寄り添って眠る場所の前に立ち、ルギは言う。


「…家でゆっくり過ごせて、楽しかった…」


ユイリの墓を見つめながら、静かに、しかし意思を決して言った。


「…でも、俺はこれから、…必要としてくれる友の為に、生きて行こうと思う…。…わかって…くれるよな…」


優しく妹に語りかけると、暖かい春風が、そっとルギの頬を撫でた。





………『いってらっしゃい、お兄ちゃん』………





不意に聞こえた言葉は、いつもの寂しそうな笑顔の言葉ではなく-。

満ち足りた、幸せそうな笑顔の妹が、見えたような気がした。


「……ああ、行ってくる」


笑顔で言うと、ルギは墓に背を向け、馬に乗って、山へと駆け出した。

-自分を受け入れてくれた、みんなのところへと戻るために。


春風に誘われ、柔らかな木漏れ日が、足元に広がるクローバーの絨毯を、優しく揺らしていた……。


    = fin =

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