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黒烏盗賊団  作者: 朝霧 知乃
=ルギ編=
7/14

第六章

サクサクと、枯れ葉の上を歩く足音だけが聞こえる。

静けさに包まれた森の中、凛と研ぎ澄まされた空気が、肌に突き刺さる。


とある寒い早朝。

何だか寝付けず朝になってしまい、ルギはアジトの周りを、トレーニングがてら散歩していた。


だいぶ見慣れてきた山道。

アジト近くの、吸い込まれそうな湖。

初めて来た時とは、全然違う風景が目に入る。


四季―を目の当たりに感じたのは、人生で初めてだった。

木が眠り、水が凍り、動物達の姿が消える―。

冬が来たのだと、改めて感じた。


吐いた息が、襟巻きの隙間から白くこぼれた。

ふと見上げると、遠い灰色の空から、ちらほらと、白いものが舞い降りてきた。


「雪…」


ルギが盗賊団に来てから、1ヶ月半が、過ぎようとしていた。



最初にアジトに来た時。

打倒ネオス―それしか考えていなかった。

単身で乗り込んで来て、頭領との一騎打ちを受け入れてもらえなければ、通常なら団員によって制裁を受けていたのだろう。

後で思い返せば、無茶な行為だったと、改めて思う。


しかし、最初の一騎打ちに敗北し、団員としての残留を命じられた後は、ネオスを倒すために―と、自分の力を向上させる訓練や依頼、仕事は積極的にこなした。

その後…だんだんと、自分の気持ちや、アジトの団員達の態度に疑問が生じてきた。


団員は、最初は「頭領を倒しに来た」というルギに対してぎこちなかった。

しかし、毎日を共に生活しているうちに、気さくに接してくるようになってきた。

顔を見れば挨拶をし、食事もみんなでとり、訓練や仕事中も、指導や助言、サポートを行ってくれた。

ルギは、団員と馴れ合う気など、さらさらなかった―なのに、なぜか回りはやたらと世話を焼いてくる。

それが、今までに経験したことのないことだったので、なんだか居心地が悪かった。


ネオスは、ルギには自分から特に接触しようとはせず、訓練等の報告だけを受けていた。

食事の時は、ダイニングで顔を合わせることもあったが、ネオスは他の団員たちと談笑し、いたって普段どおりだった。

そんな毎日を送っているうちに、このままでいいのだろうか、という疑問が、ルギの胸の中に沸いて来た。


……俺は、本当にネオスを倒せれば満足なのか…?

……そして、もし倒せたら、その後どうするんだ…?


立ち止まって雪を見上げながら、そんなことを思う。

曇天の雲を見上げ、ハァ、と息を吐く。

白い吐息が、空に昇っていった。


そして、思い出す。

愛しい、大切な妹。

ネオスが来た夜に見せた、最初で最後の、日の光がこぼれ落ちるような笑顔。



……もし、ネオスを倒したら、お前は笑ってくれるのか…?

……もし、あのときに薬が間に合っていたら…、その後病気が治ったら…。


…お前は、笑ってくれたのか…?



いくら考えても答えが出ない。

そんな葛藤に押し潰されそうになり、ルギは俯き、硬く目を閉じた。


「…ユイリ…」



挿絵(By みてみん)



******************************************



アジトに戻ったルギは、その後、模擬戦に参加した。

1対1の対決の相手は、シーマだった。


双剣のルギに対し、長剣一本のシーマ。

一礼し、すぐさま戦闘が開始される。


双剣で、あらゆる角度から斬撃を浴びせるルギの攻撃を、シーマは悉くかわしていく。

黒烏団の団員は、盗賊だけあって、皆回避の動きが俊敏であった。

少し重量のあるルギの双剣は、威力がある分、隙も多少ある。

すばやい敵を捕らえるのが、苦手だった。

しかし、今は―


手加減せずに、容赦なく撃ち込んでくるシーマの鋭い剣先を、ルギは一瞬の隙をつき、左の剣で受け止める。

そのまま、腕を回転させ、左右の剣でシーマの腕ごとねじり、シーマの剣を弾き飛ばした。


キィィンと、甲高い音が鳴り響き、シーマの剣はクルクル回転しながら、後ろの地面に突き刺さる。

シーマは、後ろにバック転をし距離をとり、剣を取ろうとした。

しかし、間合いを詰めたルギが、シーマの喉に鋭い刃を突きつける。


「そこまで!」


ダインの大声が響く。

シーマは冷や汗をかいていた。


「…うわぁ、負けちゃったな…」


困った顔で、笑顔を作る。


「おめでとう。君の勝ちだ」

「……ああ」


シーマに言われ、ルギは剣をひいた。

少しずつではあるが、ここに来た時より確実に、実力は向上している。

もっと、もっと力をつけねば…!

ルギは、シーマに勝利した余韻に浸る暇もなく、足早に中庭を後にした。


ルギの姿が見えなくなった後、汗を拭きながら、シーマはダインの傍に腰をかけた。

水を差しだしながら、ダインはシーマに言った。


「おう。お疲れ。奴とやって、どうだった?」


シーマは、肩を落として、フゥとため息をつきながら言った。


「見ての通りですよ。成長が著しいですね。元々、二刀流というのは強みですが、ますます強くなってる。文句なしですね。ただ…」


少し表情を曇らせるシーマに、ダインは首を傾げる。


「ただ、なんだ?」

「あ、いえ…。最近のルギの様子が、おかしいんです。元々、無口で団員ともほとんど話はしてなかったんですが、最近さらに、自分から人を避けてるというか…」

「そうかぁ?」


ダインは気づいていない。


「はい。それに、彼…最近、何かの訓練とか、用事がない限り、夜アジトにいないんですよ…」

「下山して、麓の街の女の居る店で、飲み明かしてるんじゃねえのかぁ?」

「ダインさんじゃないんですから…」


ガハハ、と笑うダインに、シーマは苦笑した。


「もともと、お酒飲まないですよね。ルギって、食事も本当に少量ですし、間食もしてないし。彼が酒臭いことなんか見たことありません。それに、最近あんまり、寝てないようなんです。なにか思い詰めている感じで…」

「ふーむ」


ダインは、無精髭を指でなぞる。


「まぁ、俺としては、腕がたてば大歓迎なんだけどなぁ。情緒不安定とあっては、少々困るな」

「そうですね、仕事中に影響があるかもしれませんし」

「一応、頭領に報告しておくかぁ。なんか変わったことがあれば、教えてくれや」

「はい」


そういって、ダインは巨大な大剣を片手で軽々と担ぎ、アジトに戻っていった。

シーマは、フゥとため息をついた。


「…これ以上放っておくと、手遅れになりそうな気もするけど。ルギ、大丈夫なのかな…」


シーマは、ヨイショと武器を装着し、アジトへ入った。



******************************************



ルギは、夜にアジトを抜け出した。

最近は、食事もろくにとらない。

とれなくなっていた。


何かを食べようとすると、手が止まる。

口に入れることが出来ない。

目の前に、フラッシュバックする惨劇―。

壁に、床に、ベットに残る血糊の手形、そして血溜まりに倒れるユイリ―。



(頭が破裂しそうだ…!)



両手で頭を抱え、空を仰ぐ。

苦しくて、たまらない。

時間が経つにつれ、だんだんとユイリの死様を思い出すことが多くなってきていた。


―ルギは、今夜も、静かな湖の水辺に来ていた。

岸辺に座り込み、ひざに両腕をかけ、顔を埋めた。

ハアーっと息を吐き、少し気持ちを落ち着かせる。


日中、訓練をしていたり、仕事をしていたり、何かに打ち込んでいられるうちはいい。

何も思い出さなくて済むからだ。

だけど、夜一人になり―寝ようとすると、どうしても同じことばかり考えてしまう。


自分の中で、どうすればいいのかがわからない。

答えが出ない。


最初は、ネオスを倒せば、すべてが終わると思っていた。

それは、ユイリとの約束だから…というのももちろんだったが、妹の悲しい顔を、もう見なくてすむと思っていたから。

自分の中のユイリは、きっと笑ってくれる。そう信じていたのだ。

だけど、盗賊団に来て、団員達の中で生活するようになって、それで本当にいいのか、わからなくなった。


ずっと一緒にいたのに、いつも申し訳なさそうな顔で、ルギを送り出していたユイリ。

家に帰れば、寂しかったであろう顔をほころばせて、笑顔で迎えてくれた。


しかし、ネオスに見せたあの笑顔。

自分に向けられたことのなかった、優しい微笑み―。


もしも、ネオスを倒すことが出来たら、ユイリは笑ってくれるのか…?

そんな疑問が、盗賊団の中で生活しているうちに、どんどんルギの中で膨らんできたのだ。

そして、そう思うようになってから、食事も睡眠の量も比例して減っていった。

さらに、新たな考えが浮かぶ。


もし、自分がもっと早く、病に利く薬を見つけていれば、それですんだのではないか。

それとも、今後、どんなに頑張っても、妹の命が救われることはなかったのではないか。


終わってしまったこと―とはいえ、次々と後悔の念が浮かぶ。

自分の色々な想いが胸を交差し、重みに耐え切れずに、押しつぶされそうになる。


(…お前と、ネオスを倒すって、約束したのに…)


その約束すら、守るべきなのか、自己満足なのかも、わからなくなってしまっていた。


翌日の夜―。


いつもどおり仕事をこなしてはいるが、食欲もなく、人を避けるルギを、シーマは心配していた。

夕食を終え、フラフラと部屋に入るルギを後ろから見送り、シーマはその夜、頭領の部屋を訪れた。


ノックをすると、ネオスが入り口を開けた。


「なんだ?」

「…頭領、最近のルギは、精神的な疲れが見え始めています。このままでは、立ち直るどころか、身体もボロボロになってしまいます…」

「…そうだな」


ネオスも同意する。


「頭領は、最初ルギが来たときに言いましたよね? 「性根を叩きなおすいい機会だ」って。でも、ちっとも彼は立ち直っていません。我々は、技術的なことではサポートできますが、心のケアをしてあげることができなかったんです…。」


シーマが力なく項垂れた。

ネオスが、そんなシーマの肩をポン、ポンと叩く。


「……お前たちには感謝している。俺の一存で決めたことに、従ってくれているのだから。良くやってくれている」


そして、ネオスもため息をつき、目を伏せて言った。


「…あいつが立ち直るには、あいつが自分で答えを見つけるしかない。真実は、あいつの中にある。導き出すことが出来るのは…本人だけなんだ」

「真実…?」


シーマが呟く。

ネオスは、頷いた。



(………真実ってなんだ………)



今夜も眠れそうにないからと、外に行こうとしていたルギは、通路でネオスとシーマの会話が聞こえてしまい、立ち止まっていた。

その後も二人は話していたが、その後は今後の訓練の方向性などの話になり、そのまま部屋の中に入っていった。


(……そういえば、ネオスは何か…隠してるな…)


前から、少しづつ思っていた。

以前、ネオスが家に現れたときに、すぐに『妹の病に、盗品の薬を使うな』と言った。

―なぜ、初対面で会った妹の病気を、すぐに断定できた?

妹に病名を聞いたとしても、なぜ盗品が、ギルドに入るとわかっていた?

どうして、自分が、ルドベキアの盗品の薬を手に入れようとしているとわかった?

誰にも言っていないのに。


ネオスはいつも、自分からは何も言わない。

皆を信じて、任せて、自分では結論をださない。

そんなことが多かった。


(……確かめなければいけないのか? 俺は…)


そのまま部屋に戻り、ベットの上にゴロンと寝転がる。

そして目を閉じる。


……真実。


妹が死んでから、何も考えたくなかった。

真実なんか、何もない。妹がいなくなった、ということだけ。

例え何か知っても、現実は変わらない。

『死』は、なかったことにはならないから。


……だけど、それが逃げだというのなら、知ってやる。

俺の『真実』を………!



******************************************



数日後―。


ネオスが仕事で、しばらく出張することになった。

そのチャンスを逃さず、ルギは行動に出た。


夜中に、ネオスの部屋に侵入し、仕事の調査結果報告書を探す。

さすがに、盗賊団頭領の部屋だけある。

何重の罠と、厳重な鍵がついていたが、盗賊の腕は一流のルギには、解除することが出来た。


そして、あの日―

ルギの家に来た日、妹に初めて会った日のネオスの仕事内容を調べるため、パラパラとページをめくる。

そこには、こう書かれていた。


『998年10月24日

 依頼 : セイクレア盗賊ギルド(仲介)

 依頼主 : セイクレア魔法学院

 依頼内容 : 改良型モンスターの密輸の阻止

 詳細:998/10/24 

     セイクレア魔法学院の入手情報によると、

     ルドベキアで作成された改良モンスターが、

     セイクリッド国内に輸出されようとしている。

     これを阻止せよ。

     改良型モンスターの生死は不問とする。 

 経過:998/10/26 

     処理完了。

     セイクレアへ帰還する。』


(これは、大型蛇のことだな…)


ネオスに妨害されて、失敗となった改良モンスター捕獲の依頼を思い出す。

しかし、知りたいのはそのことではない。


ルギは、ページをパラパラと開く。


『998年10月20日

 依 頼:セイクレア盗賊ギルド(仲介)

 依頼主:カレス(男性)

 依頼内容:開発研究薬品(新薬)の回収もしくは破壊

 詳細:998/10/20 

     ルドベキアの盗賊ギルドメンバー 

     第9幹部によって、

     カレス家研究室から、

     新薬「エクイセト」が盗まれた模様。

     至急回収願う。』



(新薬…)


これがきっと、妹の病気の薬なのだろう。

しかし、ネオスは麻薬、と言ったのだ。


(どういうことだ…?)


ここには、依頼内容しか書かれていない。

そのまま、視線を下に落としていくと。


「契約に相違あり。契約違法行為のために契約は無効とし、破棄する。

 依頼主 カレス には、ギルドよりの追手を派遣し、処理するものとする。」


(……違法行為?)


そこに書かれていたのは…


『セイクレア魔術師ギルドの調査結果報告

 依頼主:セイクレア盗賊ギルド幹部 ネオス

 依頼物:新薬「エクイセト」

 結果:新薬「エクイセト」の成分分析について

     独断の調査の結果、新薬は、不治の病「アッシュブラッド」に対して、

     効果がある薬では、ないものとする。

     詳細成分として、数種類の薬草が混合されているが、

     病に効く成分は全く含まれていないことが判明。

     また、中毒性の高い混合薬が混入されていると思われるため、

     人体には悪影響を及ぼす。

     以上により、開発元の「カレス」が、虚偽の申請を行っていたことに対しての処分を行う。

     なお――――    』



その文章の続きを読んで、ルギは息を呑んだ。


「……そういう………ことか………」


思わず、口から言葉が漏れた。

だから、ネオスは知っていたのか…

あの薬が、麻薬だと…。


そして、真実を――


ルギは報告書を閉じ、部屋を後にした。


ルギが最期に見たページには、こう書かれていた。



「―なお、症状が重症化し、


 吐血等の末期症状が現れた


 患者についての治療薬は、


 ―未だに、開発されていない― 」



******************************************



三日後。


ルギは、アジトに戻ったネオスに、決闘を申し込んだ。

完全装備による、互いに万全な体制の元での、正式な戦いだった。


団員たちが見守る中―、中庭中央に、二人が歩み寄る。

ネオスは黒刀に短刀、ルギは双剣を装備した。


ルギは皮手袋をはめると、ネオスを睨んだ。


「……今日で……お前を…倒す」

「………」


ネオスは黙って、ルギを見つめた。

そして、ゆっくりと唇を動かす。


「…覚悟を決めたのか?」

「…ああ、お前から開放される覚悟をな」


ルギがそういい終わると同時に、ダインの号令の掛け声が響く。


「始めぇ!」


その言葉と同時に、ルギは背中の剣を抜き、ネオスに切り掛かる。

ネオスは黒刀で受け流す。


「ハアッ!」


ルギはその流れのまま、激しい打撃を打ち込みはじめる。

流れるようなルギの剣の軌跡をかわしながら、ネオスは隙をついて、ルギの肩や脇腹の間接部分を狙う。

しかし、ネオスの刀もまた、ルギの双剣に防がれていた。


「あんたは…、俺を救ってくれたのかもしれない…」


ルギは、ネオスに斬り付けながら、独り言のように呟く。


「生きる気力を無くした俺に、目標をくれた…っ!」


ガン、ガン、ガンと連続で打ち込まれる、凄まじい速さの剣の乱舞に、ネオスが少しずつ後ずさる。

さらにルギは、双剣を交差させ、叫んだ。


「だが、それだけじゃない。俺に真実を知る機会をくれた!」


ガキィン!という、金属の交わる音とともに、ルギの乱舞無双が始まった。


「ハァァァッ!!!」


と、息を深く吐きながら、左右からのすさまじい連撃を浴びせる。

ネオスも黒刀一本じゃ捌き切れなくなり、ついに腰の小刀を抜き、二刀で防いだ。


「……やっと抜いたな……!」


呟いたルギはそれでも、追撃を止めない。

双剣での乱舞無双は、激しくスタミナを消耗する。

そのために、ルギは必死にトレーニングを積み、体力をつけてきていた。


同じ二刀流になったものの、さすがのネオスにも、怒濤の剣の嵐を止めることは出来ない。

肩が、胸が、脚が切り裂かれ、皮鎧に傷がつく。

自分の刀でぎりぎりかわしてはいるが、腕や頬に、赤い筋が次々に入った。

そしてついに、黒刀が弾き飛ばされた。


「っ……!」


ネオスが眉をしかめたその瞬間。


「もらった!」


トドメとばかりに、ルギがネオスに飛び、上空から双剣を叩きつける。

しかし、ネオスはその隙を見逃さなかった。

一瞬無防備になったルギの腹に回し蹴りを入れ、その身体を吹き飛ばす。


「ぐっ!」


ルギは回転しながら受身を取り、すぐに体制を立て直したが、遅かった。

ネオスは一瞬でルギの懐まで間合いをつめると、今度は小刀を次々と回転させて、ルギの身体を切り裂く。

胴を、腕を、胸を―――

皮鎧に守られて、辛うじて傷にはならないものの、その小刀の繰り出される速さに、今度はルギが防戦一方になる。

そして、その軌跡を受け止めようとしたとき―

今度は双剣を持つ左腕に、ネオスの蹴りが入る。


「うっ!」


小手の上からでもズシンと重い衝撃に、思わず剣を落とし―――

そのまま、残った右の剣だけで防戦するが、ネオスの攻撃はさらに早かった。

右肩の付け根に小剣を深々と刺され、そのまま強く体当たりを喰らい、押し倒される。


「うわぁっ!」


ドンッ!と、地面に倒れ、一瞬目をつぶる。

すぐに目を開けたが、そこには―――


自分の上に馬乗りになり、首に、いつの間にか手にした仕込短剣を突きつけている、ネオスの姿があった。


「………負け………だな………」


ルギは、ハアハアと荒い息をしながら、呟いた。

ネオスも、肩で息をしながら、仕込短剣を引き、立ち上がる。


「……トドメを、刺さないのか…?」


右肩に刺さる剣の痛みに耐えながら、ルギはネオスに言った。

ネオスは、息を整えたあと、ルギを見た。


「……もう、勝負はついたはずだ……」


そう答えたネオスは、ルギの肩にすばやく布を巻き、小刀を引き抜く。


「ぐうッ」


苦痛に顔をゆがませ、思わず傷口に手を当てるルギを起こし、ネオスはラシェルを呼んだ。


「すぐに手当てを頼む…」


ネオスがそういうと、ラシェルは、そっと傷口に手を当て、治癒をはじめた。

ルギはその間、深く息を吐きながら、空を見上げて、誰ともなく呟く。


「……あんたの報告書を見て、わかったんだ……」


そして目を閉じる。


「……結局、妹を、病を治す方法なんか、無かったんだと……」


唇をかみ締めながら、震える声で、ルギは言った。


「…だけど、妹を笑わせてやれなかったのは…、本当の笑顔を見れなかったのは…、薬のせいでも、…あんたのせいでもなかった…」


ルギの目から、一筋の涙がこぼれた。


「……俺が、あいつの重荷になっていたんだと……ようやくわかったんだ……」




―――『待てなくて、ごめんね』―――




妹のその言葉は、妹が命を落とした、その日のことを意味するものではなかった。


自分が小さい頃から、一生懸命、自分の薬を探してくれてた兄。

自分の時間をすべて犠牲にして、自分のためだけに、生きてくれていた兄。

ならば、自分は兄のために生きよう。

いつか、兄が本当の薬を持ってきてくれる日まで。

少しでも、長い時間、傍に居れる様に。

そして、いつか、一緒に笑えるように。



―――兄が、自分から開放されて、幸せになれるように。



しかし、妹の願いは叶わなかった。

お互いに、何かが狂い始めた。


ルギは、妹のために、薬を手に入れることが自分の役目だと信じていた。

……それが、妹の願いだと思っていた。


ユイリは、兄のために、少しでも長く生きて、傍に居ることが幸せだと思っていた。

……しかし、自分のために自分の人生を費やす兄に、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

それが、辛かったのだ。


「ユイリは、早く病気を治したいんだと、…そう思っていた…。そうじゃなかったんだな……。妹が笑わなかったのは、俺のせいだ……」


左腕で、顔を覆いながら、ルギが呟いた。


自分の必死さが、妹の負担になっていた。

薬を待たなきゃいけない、と、思わせてしまっていた。

いつも寂しそうな顔で、優しく微笑んで、ルギを送り出す姿は儚げだった。

もっと傍にいてやっていたら、彼女だって寂しい想いをしなかったはずなのに……!



「…俺は……馬鹿だ……」



ルギの目から、再び涙が零れ落ちた。



******************************************



きっと、ネオスも知っていたんだろう。

ユイリの本心を。


―あの夜、ネオスが家に来た晩。

ユイリが、ネオスとどんな話をしたのかはわからない。

しかし、ネオスもきっと気づいたのだろう。

ユイリの病気が治らないことに。

そして、自分に残された残りわずかな時間を、少しでも長く、ルギと過ごしたいということに。


だが、ネオスはルギに、何も言わなかった。

ルギが、自分で気づかなければいけないことだったからだ。

だから、彼が盗賊団に現れた日、追い返さずに迎え入れ、そのまま見守っていた。

いつか必ず、妹の想いが伝わる時がくるように。


―そして、妹の死を、受け入れることが出来ると信じて―。



―――ルギが、ネオスと決闘を行った次の日の朝。


ラシェルの治癒術の力で傷が癒えたルギは、ラシェルの部屋を訪れ、治療のお礼を言った。


「ええっ!そんな、当然のことをしただけだよ」


と、わざわざお礼に来たルギに驚き、ラシェルは慌てた。

しかし、ルギは、


「…あんたには、これからも世話になる。……よろしく頼む」


というと、頭を下げた。



―――そして、朝食時。

皆が食事を取り終える頃に、ルギは立ち上がっていった。


「ネオス――いや、頭領――」


その時、ルギは初めてネオスを『頭領』と呼んだ。

そのまま、ネオスをまっすぐ見つめて、言った。


「――俺を、これからもここにおいて欲しい。どうか、頼む」


そういって、深く頭を下げた。

それを見た団員たちは、一瞬沈黙したが…

すぐにその後。


「あったりまえだろ! もう何年一緒にやってんだ! ガハハ!」


とダインが言う。


「ちょっとダインさん、まだ2ヶ月くらいですよ…!」


とシーマが突っ込んだが、


「それでも、修行やら訓練やら、色々一緒にやった仲じゃねぇか。いまさら出て行くのも、水臭いぜ!」


と、ダインが明るく笑った。

そんな皆の表情をみて、ネオスも頬を緩ませ、


「……ああ、よろしく頼む」


と、ルギに言った。

そして、ルギは


「ありがとう…」


と言い。


―初めて、

団員の前で、笑顔を見せた。


皆が、明るく歓声を上げる中で、ルギは、目を閉じて、思い出す。


―――『お兄ちゃん、はい、あげる……!』―――


幼い頃、笑顔で花冠をくれた彼女。

これからは、心の中の彼女が、いつまでも笑ってくれるように。


―――俺は、生きる。

―――これからは、俺のために。


窓の外を見ると、何処までも青い空が、遠く遥かに続いている。

ルギは、その空に誓うのであった―。


        =fin=

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