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黒烏盗賊団  作者: 朝霧 知乃
=ルギ編=
6/14

第五章

赤く色づいた木の葉が、くるくると宙を舞って落ちた。

真紅の絨毯がひかれた、朝日が差し込む森の中に、悠然と佇むログキャビン。

ルギとラシェルは、朝食後、ルークに、枯れ葉の散り積もった空中庭園に呼び出された。


「今日は、二人合同で、遺跡探索訓練を受けてもらいます」


ルークのその言葉に、ルギはポカンと口を開けて絶句し、ラシェルはそんなルギの態度に、あからさまに不機嫌になった。


「…異議はないですね、ラシェル?」

「わ、私はないんですけど…それよりもこっちの人のほうが、何か言いたげぽいですよ?」


そのラシェルの言葉に、ルークはルギを半目でジロッと睨んだ。


「………俺は………」


ルギが呟いたが、その後に話す暇を与えず、ルークはルギに言った。


「貴方は、腕は一流ですが、こちらの盗賊団では新人です。つまりは、4ヶ月前に入団したばかりの、ラシェルの後輩にあたります。今回は、新人同士の能力向上を図るため、既出の遺跡の調査を行っていただきます」


文句を言うな、といわんばかりのルークの眼力に、ルギは黙った。

どうせ、こいつに何を言っても無駄だと悟ったのだ。


オホン、と一つ咳払いをして、ルークは続けた。


「…調査内容は、アジトから少々離れたところにある、修行場として使っていた遺跡―通称『雨の遺跡』―です。先日の台風で起きた土砂崩れで、今まで発見されていなかった新たな通路が発見されました。貴方達は、その通路の奥を調査してきてください」


ルークは、そこで手元にある資料をぱらっとめくり、自分の眼鏡に触れた。


「…通路の先は、未だ未知数です。危険を感じたら…調査を中止し、帰還してください。最終報告期限は三日以内。…以上です」


そういって、ルークはアジト内に立ち去った。

後に残されて立ちすくむ二人を、木々の間から差し込むやわらかい斜光が包み込む。

ラシェルは小さく身震いすると、ルギに向かって言った。


「……別に、私と一緒が嫌なら、断ればよかったじゃない」


ムスッとした顔で、秋風になびく千草色の長い髪の先をいじくる。

最近、ラシェルは、あからさまにルギに避けられているのを感じており、正直、仕事上ペアを組まされても、やりづらいだけだと思っていた。


「あ……いや、そんなことはない」


慌ててルギが否定する。

嫌ではないが、やりづらいと思っていたのは、ルギも一緒だった。


「そう? ならいいけど。じゃあ、九時に現地集合ね」


そう言って、ラシェルは準備をするため、自室に駆けていった。

ルギは、現在の状況が把握できずに、呆然とその場に立ちつくした。


「……どうしてこうなった…?」



*******************************************



数時間後、二人は「雨の遺跡」の入り口、現地前で集合していた。

先に着き、大岩に腰掛けて待つルギの前に、小走りで駆けてきたラシェルが近づく。


「おまたせっ」

「ああ。…じゃあ行こう」


遺跡探索の経験豊富なルギとは違い、ほぼ何もかも初心者なラシェルは、準備に手間取って遅れてしまっていた。

しかし、ルギは特になにも言わず、言葉少なく、さっさと遺跡に足を踏み入れる。

ラシェルは、遅れたことを気まずく思いつつも、それについて何も言わないルギを、不思議に思った。


(この人って、あんまり感情を表に出さない人なのかな…)


抱きつかれたけど、ということを思い出し、ラシェルはぶんぶんとかぶりを振る。

ルギが先にいってしまうので、ラシェルは急いでランタンを灯し、後に続いた。


既出の遺跡の調査とはいっても、奥のほうは誰も足を踏み入れていない、未開のダンジョン。

二人とも慎重に装備品を着用し、愛用の武器を持ってきていた。


基本的な流れは、ルギが前に出て、罠の発見や解除、調査。

ラシェルはランタンを照らし、マッピングを行っていた。


「遺跡調査に必要なことは、俺がやる。あんたは、明かりと地図記載を頼む」


そういってルギは、率先して先を歩いた。

後輩のくせにっ、と、ラシェルは面白くないまま、ムスッとした顔で、後ろからついていった。


少しづつ、慎重に進んでいくルギの後ろで、ラシェルは地図を作成しながら、色々な情報を書き込んでいく。


毒針の罠が仕掛けられた扉や、落とし穴。

天井が落ちてくる罠。

上に乗ると跳ねる床。

槍が飛び出してくる壁。


そういったものをすべて的確に発見&解除し、「ここはこれがあるから、これに触らないように」というルギの説明どおり、ペンを走らせるのであった。


ラシェルは、自分では発見出来ないような罠なども、ルギがあっさり見つけて解除するので、ルギが先頭でちょっとだけホッとするのと同時に、なんだか訳もわからず、胸がムカムカした。



*******************************************



一方、ルギは、罠解除や罠発見に集中することで、ラシェルのことを意識しないようにしていた。


ただでさえ、暗い闇の中に二人きりである。

もし、こんな時に、また妹の幻を見てしまったら…

自分では、手を伸ばしたい欲求を、抑えることが出来るかわからない。


だから、最初から、自分が先頭に立ち罠を解除することで、ラシェルを数歩後ろに、サポートとして待機しておかせることにした。


近くにいると思っただけで、やりにくい。

つい、意識がラシェルに飛んでしまう…。

そのため、罠を解除するときは、灯りをラシェルから受け取り、手元に置くか口に咥えるかで、作業を行った。

ランタンを持った彼女が近づくと、ふわりと優しい甘い香が漂い、脳の奥が痺れるような感覚になり、指の先が震えてしまうからだ。


今のところ、罠は複雑なものはなかったが、数をこなしていたので、集中力が切れてきた。

ルギは、フゥ、と息をつき、毒針の仕込まれていた扉の罠を解除したところで、一つの事を見落としていた。


扉を開けて、次の部屋へ進むルギについて、ラシェルがドアをくぐろうとしたとき…

天井から滲み出ていたなにかが、ラシェルの肩に滴り落ちてきた。


ポタッと、肩に違和感を感じ、反射的にラシェルが見上げると…

天井から、ドロッとした触手がラシェルの上に絡み付いてきた!


「きゃあっ!」


ドンッ


「うわっ!?」


ラシェルは、思わず触手を避け、前を歩くルギの方向に飛び出してしまった。

体当たりされたルギはバランスを崩し、扉の先の床に、足を踏ん張る。


途端、床が真っ二つに割れ、奈落の口が開いた―。



*******************************************



二人の足元に開いた大きな深刻の闇は、底が見えない深さだった。

穴に落ちる瞬間、ルギはラシェルの体を抱きしめ、自分の中に包む。


すぐに受身の体制を―と身体をひねったが、その刻は一瞬だった。

数秒程の間の後に、ルギは背中から、地面へ叩き付けられた。


ドンッ


「ぐっ!」


思わず呻き声が出る。

背中のバックパックがクッションになったとは言え、一瞬呼吸ができず、視界が真っ暗になった。


二人が落ちてすぐに、ゴウゥゥンという石のぶつかる音がして、落ちて来た穴―現在は天井であるが―は、閉じてしまっていた。


「う…」


ラシェルは頭を抱えながら、上半身を起こした。

なにやらドロドロする物体に驚いて、その先の穴に落ちてしまったけど、自分の体に怪我はなかった。

手をついた先がなにやら暖かい物体で、良く見ると、どうやらルギを下敷きにしてしまっているらしい。


ラシェルは慌てて、近くに落下して転がっていたランタンを拾い、ルギに近づける。


「…大丈夫!?」


ルギは眉間にシワを寄せて唸っていたが、


「…ああ、……大丈夫だ」


とだけ、返した。

ホッとして、ラシェルは辺りを照らす。


そこは、ただの石作りの真四角の部屋で、木製の扉が一枚ついているだけだった。


「…串刺しのトラップがなくてよかったな…」


背中の打撲だけで済んだルギが、痛てて、と身体を起こす。

それを見て、ラシェルが呟く。


「…ゴメン」

「いや…。あんたは、怪我はないか?」

「うん、私は平気」

「なら、良かった…」


ハァ、と小さく息をつき、ルギは壁に背を預けた。


「…悪いけど、少し休んでいいか?」

「どこか痛むの!?」

「…いや、そうじゃない。ちょっと疲れた」


そう言ったルギは、立てた膝に片腕を乗せ、顔を埋めた。


「背中、怪我してない?」


と、ラシェルはルギに問い掛けた。

ルギは、顔を見ずに答える。


「ああ…。大丈夫。あんた、軽いから」

「…でも、擦り傷とかついたら、ばい菌が入っちゃうから、消毒しないと…」

「いや…」


ラシェルが、ポケットから消毒液を出そうとすると。


「…スマン。今、俺に近づかないでくれ」


と、ルギはキッパリと言った。

流石にムッとして、


「なんで?」


とラシェルは返す。

すると、ルギは少し動揺した。


「いや……」


そのまま言葉を濁そうとするルギを、ラシェルは鋭い眼光で睨む。

観念したように、ルギは俯き、顔を背けて呟いた。


「…………あんた、いい香りがするから…………」

「は?」

「…………あんたが傍にくると、罠の独特の香りや、毒や空気の臭いがわからなくなるんだ………」


ルギが言ったことは、半分は本当だった。

ラシェルの、髪のフワッとした甘い香り。

その甘美な匂いに酔いしれ、脳が危険に鈍感になり、罠が良くわからなくなる。


それに加え…

先程落ちたときに、庇うためだったとはいえ、うっかり彼女を抱きしめたせいで、自分の鼓動が早鐘のようになり、苦しかった。

今、彼女が傍に来たら、自分がどうなるのかわからなくなる。

ルギは、再び腕に顔を埋め、目をつぶった。


「…少し休んだら、出発しよう」

「…………」


ラシェルは、なんだか良くわからない事を言われたが、自分のせいで罠に引っかかって、ルギを危険な目にあわせてしまったので、何も言えなかった。

ますます機嫌が悪くなり、部屋の片隅に座って、先程の地図の続きを書きはじめた。



*******************************************



数分後―

二人は、さらに遺跡の奥へと向かっていた。

地下にある遺跡は石壁でしっかり出来ていて、何処かに空気穴もあるのか、息苦しさはなかった。


通路や小部屋が多かったが、遺跡内でこれといった発見はなかった。


「古代人の作った遺跡は、直線的な建築様式が多いから、地図製作は楽だな」


ルギがボソッと言う。


「どういうこと?」


思わず、ラシェルが問いかけた。


「間取りが規則的だから、地図が書きやすいだろう? これが、自然の洞窟を利用している遺跡だと、訳がわからなくなる」

「なるほどねー」

「しかし…罠ばかりだな。宝もないのに」


後ほど、盗賊団が訓練にくるとしても、ほぼ全ての罠をルギが解除しているので、再び誰かが入ってきても、作動しない罠が多い。

ルークは、ここを訓練場に使用するといっていたが、果たして罠解除の訓練に使えるのか疑問だった。

まぁ、罠のある場所すべてに目印を付けたので、あとで当事者が、嫌らしい罠を再度設置するんだろうが…


遺跡に入ってから数時間程経過した頃。

ラシェルの書いた地図を見ていたルギが、だいたいの位置を把握した。


そしてルギはずんずんと進み―しばらく長い通路を進んだあと、急に天井が高くなり、かなり広い空間へ出た。


「わぁ…」


と、思わずラシェルが声を上げそうになり、慌ててルギが大きな手で口を塞いだ。

ラシェルが声を上げた理由、それは―


土砂崩れの地盤変動のせいで、高い広間の天井が崩れ、地下だというのに、地上からの光が斜めに部屋を照らしていた。

その部屋は、崩れかけた石壁と柱が、数メートルも天に向かってそびえ立ち、それぞれに、緑豊かな蔦が幾層にも重なって緑が生い茂っていた。

地面にも、苔と共に、湿地に生息する植物や胞子が生え、さながら地底の森の中のようだった。


天井を支える頑丈な巨大な柱には、規則正しく宝石が埋め込まれ、太陽の光を反射して、数多の星のように瞬いている。

そして、その広間の隅に、まばゆく輝く山のような財宝があり、柱の瞬きと、宝物で反射する光で、部屋の中が虹色のプリズムで満たされていた。


ルギは、ラシェルの口を塞いだまま、通路までズリズリと引きずると、ゆっくり座らせ、耳元で囁いた。


「……やばい敵がいる。手を離すから、静かに聞いてくれ」


ラシェルは黙って、ルギを見上げながら頷く。

ルギは、一つ深呼吸してから言った。


「…広間の奥に、ブラッドスパイダーという、巨大な蜘蛛がいる。あれは、古代人が人工的に作り出した、合成怪物だ…。かなり強いと…思う。で…」


ルギは、広間の奥を見ながら言った。


「遺跡の作り的に、真っ正面に、外に出れそうな通路が続いてると思ったんだが…、見た目には、土砂で埋まってるみたいだ。そこで…」


今度は、広間の右にある、巨大な倒れかけの柱を指さした。


「俺が、敵を引き付けてる間に、あんたはあの柱を登って、天井の隙間から脱出してくれ」


ラシェルは、一瞬キョトンとなった。


「…一緒に出ればいいんじゃない?」

「…俺には、あの隙間は無理だな…」


確かに天井には、細かい隙間が無数に開いていたが、どれもこれも幅が小さいため、ルギが通るのは無理そうだった。


「あんたは、壁登りは得意だろ? 蜘蛛は石壁や柱は上れないから、先にでて、ルークに作成した地図を渡して、報告して欲しい。」

「ルギは?」

「…俺は、あいつを倒しておくから…」


そうルギに言われ、ラシェルは悟った。

ルギが囮になる間に、逃げろと言われているのだと。

ラシェルは、顔を青くして言った。


「…じゃあさ、どちらかが囮になってる間に、もう一人が攻撃したら…?」


しかし、ルギは首を横に振る。


「…正直言うけど、あんたじゃ、囮も攻撃も無理だ。…見たところ、戦闘経験だって殆どないんだろう? 死にたくないなら、あんたは怪物には手を出さない方がいい」

「でっ… でもっ…!」


ひどく焦りながら、他にいい方法がないか一生懸命考えるラシェルを見て、ルギはつい、口元をほころばせた。


(あ…)


ラシェルは、ルギの笑顔を久しぶりに見た。

ルギ自身が、妹の死以降、笑ったのは2回目―ラシェルの前でだけだった。

そうは言われても―、ラシェルは、不安げに、おろおろとルギの顔を見上げる。


一つ息を吐いたあと、ルギは、ラシェルを真っ直ぐ見て言った。


「じゃあ… 俺が戦ってる間、あんたは蜘蛛の背後から攻撃してくれ。 俺が、危なくなった時… その時は、助けを呼びに行ってくれるか?」

「う、うん!」


ラシェルは、何もしないで、一人で逃げるよりはいいと思った。

その嬉しそうな笑顔に、ルギはドキッとした。


久しぶりに、彼女の笑顔を間近で見れたことが、嬉しかった。

思わず、ラシェルに手を伸ばしたくなる衝動にかられて、ルギはグッと、自分の手を抑える。


「どうしたの?」

「いや…なんでもない」


ラシェルに言われ、慌てて目を逸らしながら、ルギは立ち上がる。

その視線の先に…


先程は、土砂のようにしか見えなかった大きな固まりが、垂直に立ち上がるのが見えた。


「~~~~~~っっっっっ!!!!」


ラシェルは叫びそうになり、慌てて自分の口を抑えながら後ずさる。


巨大な…赤紫の蜘蛛。

足がそれぞれ2m近くあり、毛がビッシリ生えた、固そうな甲羅で覆われていた。

身体はどす黒い赤で、1.5mほどはあるだろうか。

その先端に、遠慮がちについた頭部には、複数の緑色の目があり、口には巨大な牙が覗いていた。


「…大丈夫なの…?」

「多分、な……」


(…それに、アレを倒せないようでは、ネオスに勝てない…)


背中から、双剣を抜きながら、心の中で呟いた。

蜘蛛は、ゆっくりと脚を動かし、財宝の山のほうに向かう。

こちらに、調度背を向けた。


チラッとラシェルに視線を移し、ルギは言った。


「…準備はいいか?」

「うんっ」

「…いくぞ!」



*******************************************



ルギは、二本の剣を構えてダッシュした。

蜘蛛はそれに気づき、長い足をワサワサと動かしながら、真正面から来たルギに突進して行く。


(ひぃぃ~)


ラシェルは、その動きの気味の悪さに心の中で悲鳴を上げながら、蜘蛛の背後に、そおっと周りこんだ。


ルギは、蜘蛛の釜のような前足の攻撃を避けながら、少しづつ打撃を与えて行く。

その度に、蜘蛛の足や身体から、どす黒い血が飛び散った。


ブラッドスパイダーの、前足の2本が、鎖鎌のように鋭く湾曲していた。

ルギに向かって、両方の鎌を振り下ろした瞬間。


ガキィィィィィィン!


と、鋭い金属がぶつかる音が響き渡る。

ルギが頭上で交差した双剣で鎌を受け止め、気合を込めて、その鎌を打ち払う。


「ハッ!!」


気合で押し返したルギは、よろける蜘蛛の頭上に高く飛び上がり、背中めがけて双剣の猛打を浴びせた。

しかし、蜘蛛も長い脚を器用に動かし、すばやく追撃を避ける。


(…す…すごい)


見ていたラシェルは、思わず感嘆の息を飲んだ。

二本の剣を持って、素早い動きで蜘蛛をかわしながら、まるで舞う様に攻撃を入れる。

非常時だというのに、ルギの戦術は、見ていてとても綺麗だった。


ルギが頭上で二本の剣を交差させて、気合いを込める。


「ハアッッ!!!」


すぐさま、双剣の乱舞が始まった。

まるで舞踏のように、ルギの双剣の軌跡が弧を描きながら、宙に紋様を描く。

ガンガン、ガンガンと、蜘蛛の脚や胴を剣が打ち抜き、赤黒い血飛沫を上げながら、蜘蛛がどんどん後ずさる。


―――しかし、そこには。


後ろに回り込んでいた、ラシェルがいた。

ルギの猛攻を受け、すごいスピードで下がってくる蜘蛛を避けきれず、ラシェルは声を上げた。


「きゃっ!」


「ラシェル!」


悲鳴に気づき、ルギが打撃を止める。

その瞬間、蜘蛛が再びルギに向かって突進し、長い二本の鎌状の前脚で、ルギを締め上げた。


「しまった…!」


蜘蛛の鎌はそのままルギを締め付け、頭上へ掲げた。

日本の脚は、革鎧の上から、ギリギリとルギの肺を圧迫した。


「うっ…」


苦しみながらも、まだ手にある剣で、蜘蛛の頭部を狙う。

左腕を振り上げた瞬間――

その左腕に、蜘蛛が鋭い牙を突き立てた!


「ぐあっ!」


皮鎧の上からザックリと深く刺さった蜘蛛の牙は、腕の奥深くまで到達し、ジュウジュウと嫌な音をたてて吸血を始める。

ガッチリと喰わえられた顎に、ルギの腕の骨が、ミシミシと悲鳴を上げるのが聞こえた。


「……………っっ!」


苦痛に思わず目をつぶり、左腕の剣が、ガシャンと地面へ落下した。


「ルギ!」


大変だと思い、ラシェルは、吸血に夢中で動きが止まっている蜘蛛の後ろ脚に、小剣を刺した。


「えい、えい!」


殆どが固い甲羅で弾き返されるが、運よく、関節部分に深く刺さり、蜘蛛がバランスを崩す。

ルギは、そのチャンスを見逃さなかった。

一瞬牙が緩んだ瞬間、無理矢理に蜘蛛の顎から腕を引き抜き、残った右腕の剣に力を込める。


「ヤァーーッッッ!!!!」


と、気合いとともに、頭部の接続部分に剣を突き入れ、剣を捩りこんで、頭部を切り裂いた。

部屋の中を、赤黒の鮮血を迸らせながら、蜘蛛の頭が宙に飛んだ。

―途端、蜘蛛が、八本の肢をばたつかせながら暴れ始める。


胴を締め付けていた鎌が緩んだルギは、急いで落ちていた剣を拾うと、ラシェルを右腕で抱き抱え、通路へ走った。


息を切らせながら通路に座り込み、ハアハアと呼吸を整えながら、広間を振り返る。

頭部を失った蜘蛛は、縦横無尽に暴れまくっていた。

柱や壁、財宝にぶつかる度に、轟音と埃と苔が舞い上がり、砕けた宝石が、キラキラと飛び散った。


「…どうなったの?」


ラシェルが、青い顔でルギに聞く。

ルギは、肩で荒い息をしながら答えた。


「…頭部を切断したから、じきに死ぬだろう。…しかし、虫の生命力は凄いな…」


そう言ったルギの顔が、苦痛に歪んだ。

ラシェルが視線を落とすと、左腕上腕部がいびつにへこみ、肩から下が血まみれだった。


「た、大変!」


慌てて自分の救急道具を取り出し、腕の血を拭く。

しかし、出血がなかなかおさまらずに焦ってしまう。

その様子を見たルギは、ラシェルに静かに言った。


「…大丈夫だ、自分でやる…」


そういうと、ルギは腰から幅のある長い布を取り出し、左腕肩付近に巻き付けると、右腕と口を使って布を縛り上げた。


「…止血すれば、そのうち血は…止まるはずだ…。…くっ…」


そう言っても、痛みに顔を顰める。

ラシェルはそのままにしておけず、汚れた腕を拭いて、傷口を手当してくれた。


「…あんたに手当して貰うのは、二度目だな…」

「私…、治癒術がまだあまり上手くできないのだけれど…。しないよりマシだと思う」


そういって、ラシェルはルギの腕に手をかざし、呪文を唱え始めた。

多分ヒビが入ったであろう左腕に、添え木を当てて、丁寧に包帯を巻く。

ギュッと包帯を縛ったときに、ルギが顔をしかめる。

ラシェルは、顔を上げた。


「大丈夫?」

「…ああ…」


そう言った後、小さくルギが呟く。


「…ありがとう」

「パートナーだから、当然だよ」

「いや…手当のことじゃない」


ルギは目をふせた。


「あんた、蜘蛛が怖そうだったのに、俺のこと助けてくれたろ? …感謝してる」

「だって、あれは…」


ラシェルは、無我夢中で、怖さなんか忘れていた。

とにかく、なんとかしなきゃ、と言う思いでいっぱいだった。


「…それに、俺があんたを守らなきゃいけなかったのに、蜘蛛の動きを読めずに危険にさらしてしまって…すまない」

「そんなの関係ないよ! だって私も、蜘蛛のこと避けきれなかったのが悪いんだし…」


ラシェルは、最初にルギの言うことをきいて一人で逃げていれば、もしかしたらルギが怪我をしなくて済んだかもしれない、と思うと、チクリと胸が痛かった。


「…まあ、お互い、なんとか無事に調査がすんでよかったな。…ほら、出口も出来たようだ」


ルギが指さした方向を見ると、蜘蛛の、最後の命の灯火が消える頃だった。

壁や柱に、縦横無尽に体当たりを続けていたが、最後にぶつかった柱が倒れ、通路奥の土砂と共に、蜘蛛は柱の下に崩れ落ちた。

その向こうには、光のさす出口が見えていた―――



*******************************************



―――その日の夜は、大宴会だった。


ルギとラシェルが見つけた財宝で、しばらくは、黒烏団の財源が潤うということで、アジト中が活気づいた。

いつもなら、節約節約と煩いルークだったが、今日だけは、どんな贅沢も許可してくれた。

それに便乗し、ダインやシーマは、浴びるように酒を飲んでいた。


ルギは、アジトに帰ってから、もう一度左腕をラシェルに治してもらい、細かい傷やふさがらなかった部分は、包帯を巻いておいた。

宴会の最中、疲れたから、と先にルギは退席した。


宴会が終わり、ルークに褒められたので、ラシェルが良い気分で部屋にもどって、しばらくしたころ。

コン、コンと扉を叩く音がした。


「はーい」


楽しい時間の余韻に浸り、ベッドに突っ伏してゴロゴロしてたラシェルは、少しだけドアを開けた。


「あ…」


そこにいたのは、先に寝たはずのルギだった。


「…今日はお疲れ」


ルギがいう。


「…お疲れ様」


ほろ酔いのラシェルは、少し上目遣いでルギを見た。

先に休む、といっていて、今頃部屋を訪れて来られて、せっかくの余韻が少し冷めてしまった。


「どうしたの?」


ルギは、唐突にポケットに手を入れ、小さな箱をラシェルに差し出した。

無地の包装紙で包まれただけの、手の平にちょこんと乗る四角い箱。


「……?」


訝しげるラシェルに、ルギは言った。


「今日の訓練の労い…と、…先日の…詫びだ…」


暗い廊下の、揺れるランタンの明かりに照らされ、ルギの頬が少し赤い。


「えっ、いらないよ」


ラシェルは首を振る。


「今日はお仕事だったから、お互い全力を出したはずでしょ…? この間のことだって、もうやらないって言って貰ったから、もう済んだことだし」


と、ラシェルが慌てて言う。

しかしルギは、黙ってラシェルを見つめた。


「……いいんだ、俺があんたに、何かをあげたかっただけだ…。いらなかったら、売るか捨ててくれ」


と言って、ルギは小さな箱を、部屋の奥へと投げ入れた。


「あっ…」

「……おやすみ、……ラシェル」


そういって、ルギはバタンと扉を閉める。

ラシェルは慌てて、コロコロと転がる箱を拾い上げる。


綺麗に包装された、とても軽い箱だった。

そして、ふと気づく。


(…今日の労いって、今日は遺跡から真っ直ぐアジトに帰って来たから、買い物には行ってないし…)


今日買ったんじゃないなら、いつ…?

箱を胸に握りしめたまま、バタンとドアを開けたが、廊下にはすでに、ルギの影はなかった―。


* fin *

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