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黒烏盗賊団  作者: 朝霧 知乃
=ルギ編=
5/14

第四章

ラシェルと話をした日から、ルギは少し変わった。

食事には顔を出すようになったし、団員で行っている訓練にも参加するようになった。

日中帯の、武術訓練の合間に、ネオスに一騎打ちを申し込む事が増えた。

ネオスもそれに応じ、当然のように、ルギを完膚なきまでに叩きのめした。

ルギはそれでも、さらに自分を鍛え、ネオスを超えてみせようと、修行に没頭した。

しかし、なかなか団員達との会話はせず、進んで仲間に打ち解けようとはしなかった。

もともと、誰かと進んで話をしようなんて考えたこともない。

いつも仕事以外で話すとすれば、妹-ユイリだけ。

彼女と他愛もない会話さえ出来れば、それだけでルギは満たされていたのだ。



***************************************************



黒烏団のアジトに来てから、2週間程度が経過した。

夕方になり、ルギは、ルークの野外での罠感知解除訓練を終え、疲れた脚で自室へ戻った。

ドロドロに汚れきった装備を乱暴に外し、床に投げ捨てると、そのままベットにドサッと身を落とした。

ハァーッ、と、肺の深いところから息を一つ吐き、きつく目を閉じる。

ルギは、以前在籍していた、ルドベキアという街の盗賊ギルドで鍛えられていたため、技能的にはかなり高かったが、野外での実践が乏しいため、応用に対応することが苦手だった。


(陰険すぎんだよ、あいつの罠は…)


ルークは野外での罠を解除できず、無様に罠に引っかかっているルギに、無数の棘の嫌味を浴びせる。

ルギはムッとしたが、言われていることが正論過ぎて、反論することが出来なかった。

自分の実力不足は、その都度痛感するし、ルークごときの罠に引っかかっているようじゃ、ネオスに敵う筈もない。

再び、フゥと息を吐き、両手で顔を覆う。

そして、そのままゴロンと身を転がす。


(……あいつ、どうしてるかな……)


ルギは、2週間ほど前に、部屋でラシェルと話したことを思い出した。

あれ以来、なるべく彼女に近づかないよう、意識的に避けていた。

自分では、もう二度と彼女に触れないつもりだった。

しかし、また何かがきっかけで、妹の幻が見えたら…

きっと、無意識で手を伸ばしてしまうかもしれない。

ルギは、それが怖かった。

決して、妹ではない誰かを、傷つけるつもりなんかない。

しかし、意識すればするほど、何故か視線は彼女を探してしまう。

そして、偶然視線が合うと、そのまま目を逸らし、それ以上近づかないことにした。

…再び、触れてしまうことを恐れて。

ここ数日は、ルークの訓練に没頭し、ラシェルと顔を合わせるのは、食事の時のみ。

しかし、給仕で忙しいラシェルにはなかなか会えないし、食事中は、ラシェルはルークや他の団員の側にいるので、一番遠い席に座っているルギは、そちらを見向くことはなかった。


(…今なら…訓練道具の片付けか…)


なんとなく、団員達の一日のスケジュールを思い出してみた。

しかし、すぐに思い留まる。


(…何がしたいんだ、俺は…)


フゥ、と息をついてベッドから立ち上がった。

ラシェルに会っても、傍に行くのは怖い。

傍にいけたとしても、話すことなどない。

それに、自分でも、なぜこんなに彼女が気になるのか、わからない。

自分を落ち着かせるため、ルギは部屋を出て、夕食まで散歩することにした。


***************************************************



晩秋の澄んだ空には、すでに幾つかの星が瞬いていた。


この大陸―セイクリッド大陸は、魔法の神が治めている大陸。

アジト周辺の気候も、魔力で安定しているようで、雪こそあまり降らないが、流石にアジトのある山脈の標高だと、上着がそろそろ必要だった。


(…そういえば、あまり荷物、持ってきてないな…)


少し身震いして、皮上着のポケットに手を入れる。

以前まで稼いでいた金は、ほぼ妹の薬代に消えたため、所持金もほとんどない。

妹が死んだ直後に、殆ど何も持たない旅支度で家を出てきたため、今後寒くなってきたら衣類も乏しい。


(…一度、山を下りるか…)


次の修行の休日にでも、装備を整えよう。

やりたいこともある。

ルギは、夜空を見上げながら湖へ向かった。

アジトから10分ほど歩いたところにある湖につくと、ドサッと腰を降ろした。

一人でいたいときは、いつもここにくる。

秋の満点の星空が、静かな水面に反射して、地底にも夜空が広がっているようだった。

小さな三日月が、二つの小船のように寄り添ってキラキラと輝いている。

その湖を眺めているうちに、ルギは、自分が住んでいた森のことを思い出した。

ルギが住んでいた森は、クランクレア王国というところにあった。

魔力により、ずっと暖かい気候が続いていたため、別名「常春の森」と呼ばれていた。

そして、自宅近くも、小さな池があった。

体が弱い妹は、散歩といえば、せいぜいその池のほとりまでだった。

いつもシロツメクサやクローバーが咲き乱れる岸辺で、心地よい木漏れ日の中。

花冠を編んで、ルギにくれた小さな手-。


『お兄ちゃん、はい、あげる…!』


しかし、ルギが「ありがとう」と言っても、いつも、困ったような、寂しいような、はかない笑みを浮かべていた。


(あいつが心の底から笑ってるところ、結局、見ることはなかった…)


きっと、自分のために無理をして、必死で稼いでくるルギに、遠慮や申し訳ない気持ちがあったんだろうと、ルギは気づいていた。

しかし、ルギは、金を稼いで、薬を買って持ってくる以外に、妹を笑わせる方法がわからなかった。


(あいつも、恋をしていたら、もっと笑えていたのか…?)


ネオスが家にいた夜。

ルギが見たことのない、本当に幸せそうな微笑を浮かべていた。

今まで、一緒に食事をしても、一緒に暮らしていても、ずっと見たことのなかった花のような笑顔。

自分が、ずっと敵だと言ってきた相手だったとしても―。

ユイリにとっては、唯一で最後の、初恋―。


(…もう一度、会いたかった、か…)


ユイリに貰った手紙を思い出し、心の中で繰り返す。

そう思った瞬間、何故かラシェルの笑顔が浮かんだ。

思わず、片手で顔をバッと覆う。

すっかり冷えきっていた頬が、ジワリと熱くなった。


(……なんで思い出すんだ)


最近、妹のことを考えているうちに、ラシェルを思い出すことが増えた。

彼女の笑顔が、忘れられない。

アジトに居ても、つい、目で探してしまう。


(俺は…どうかしてる)



***************************************************



ルギは、水面に映る月を見つめた。

最初にラシェルと話をした日、自分はここに残ると決めた日から、ルギは自らを鍛えることを望んでするようになった。

自分は、敗者なのだ。

それを認めたうえで、必ずいつか乗り越えるために。

ネオスに服従するかわりに、自らを精進させることに活用させてもらうことにした。

ルドベキアの盗賊ギルドでも、フリーの盗賊として動いていたルギは、他人を利用することに罪悪感はなかった。

しかし、このアジトの団員達は、顔を見れば挨拶はしてくるし、食事は団体で摂ることが多いし、修行時以外でも、頼んでもないのに、勝手に話しかけてくる。

正直、ルギはどうしたらいいかわからなかった。

だから、なるべく一人でいるようにしていた。


…そんな時に思い出すのは、ラシェルのこと。

余計、自分がわからなくなってくる。

誰とも接触したくないはずなのに―なぜか気になる。

自分の感情がたまにわからなくなり、余計なことを考えたくなくて、ルギはぶんぶんと頭を振った。

冷たい風が、少し火照った頬をひんやりと冷ます。

空を見上げると、高く上がった星が、先ほどより少し高度を下げていた。

ハァ、とため息をつき、胸に入れていた懐中時計を見る。

とっくに、夕食の時間は過ぎていた。


(今日は、飯はもういいか…)


寒さと疲れで痛んだ脚をほぐすため、軽く遠回りに山道をランニングしながら、ルギはアジトへと戻った。



***************************************************



アジトに着き、そのまま自室へ戻ろうとすると…

廊下の向こうから、タオルやシーツを運んできたラシェルが見えた。

久しぶりに見るラシェルの顔に、ルギの頬は少し和らいだ。

しかし、ラシェルがこっちに気づいた途端、視線をそらす。

なんだか、見てはいけないような気がするのだ。

そのまま、廊下を無言で通り過ぎようとしたとき…


「…肩、葉っぱついてるよ」


と、ラシェルが小さく言いながら、通りすぎた。

ルギが目をやると、右肩に、森でついたのであろう枯れ葉がついていた。


「…ああ…」


ルギは、つまんで、その葉をクルクルと回す。


(…有難う)


枯れ葉を見つめながら、言えなかった言葉を、心の中で呟いた。


* fin *

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