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黒烏盗賊団  作者: 朝霧 知乃
=ルギ編=
4/14

第三章

「今日から、新人のルギが団員になる。みんなよろしく頼む。…以上」


黒烏盗賊団、アジトのダイニング。

朝食がほぼ終わるという頃に、おもむろに頭領のネオスがそう言うと、食事中だった団員達は、ざわめいた。

当然だ。紹介された、当の本人がいないのだから。


「…頭領、ルギは昨日拾ってきた奴ですよね? いきなり団員て、ちょっと危なすぎじゃありませんか? いくら素性は調査したとはいえ…」


そのルギを発見し、つれて帰ってきたシーマが、不安げな顔をした。

ネオスは、それに答えた。


「……あいつはルドベキアの盗賊ギルドの精鋭だったが、事情があって脱退した。脱退時に、ギルド内で少々手荒い仕打ちを受けて来ている。精神的にしばらくは、不安定かと思う。…だが、皆の力なら、ルギを立ち直らせることが出来ると、信じている」


その言葉を聞き、ダイニングの隅で、窮屈そうに椅子にすわりながら爪楊枝をくわえていた、大柄な無精ひげの戦士が立ち上がった。

巨漢の男―ダインは、両肩を大げさに落とし、やれやれとため息をつく。


「…そんで、俺らは、何をすればいいんですかぃ?」

「あいつは盗賊の腕は一流だ。普通に接して、一緒にいつもどおり修行に励んでくれ」


ダインの問いに、ネオスは静かに答えた。

しかし。


「頭領…私は反対です」


そういったのは、ルークだった。


「…頭領は優しい。しかし、無用心すぎます」

「ルーク、どういうことだぁ?」


ダインが言う。


「……ルギは頭領の命を狙ってここまできたんですよ」


ルークが吐き捨てるように行った瞬間、団員たちがどよめいた。

ネオスは、目を細めた。

ダインは、あごひげに手を当て、小首をかしげた。


「あぁ、そういえばさっき中庭で一騎打ちしてたっけなぁ。んぁ、あれは模擬戦だったんじゃねぇのか?」

「…貴方は黙っていてください」


ルークがぴしゃりと、ダインに言った。

しかし、ネオスは動じない。


「…団員に加えることは、もう決定だ。有能な仲間は多いほうがいいだろう。それに…」


そこでルークを睨む。


「…目的をすりかえているような臆病者に、俺が負けるはずがないだろう」


ネオスはそう言い切った。

ルークは、意味がわからず、ネオスを見る。


「…まあ、頭領の強さはみんなわかってるし、何が起こっても、みんなで守ればいいんじゃねぇの? 仲間が増えるのはいいことだ!」


そういって、ダインはガッハッハと笑ったが、ルークは渋い顔で、


「…一緒に居ても、仲間になるとは限らないでしょう…」


眉間にしわを寄せて、呟くのだった。



***************************************************



―― 一方、ルギは。

朝一でネオスに敗退してから、だからといってすぐに、団員になろうとは思わなかった。

一騎打ちで負けたのだから、殺されるんだろう。

そう思っていた。

しかし、惨めに生き残り、敵の配下になれと…

そう言われたのだ。


…確かに、負けは認める。

自分の今の実力では、かすり傷を負わせることがやっとだ。

だからといって……このまま、死ぬわけにも行かない。

妹との約束を、果たすまでは。


しかし、敵の世話にもなりたくない。

しかし、敵の近くにいれば、何かをつかめるかもしれない。


いろいろな葛藤が心中をよぎり、朝食を他の団員と一緒に摂ろうとも、仲良く修行をしようとも思えなかった。

どうすればいいんだ―

そんな思いだけがグルグルと頭を支配し、とりあえずネオスの様子を、遠くから観察する。


ネオスは、他の団員と共に、修行に励んでいた。

野外訓練では、他のどんな団員にも負けずに武器戦術訓練を行う。

細くてしなやかに見える身体だったが、しっかりと鍛えられているのか、どんなに動いていても、息を切らせることがない。


(そういえば、俺は他の人間と、修行なんかしたことがないな…)


黒烏団の団員達がトレーニングをしているのを、遠巻きに眺めながら、ルギは自分のこれまでを振り返った。


幼い頃に、他にお金を稼ぐ方法を知らずに、とりあえず何かを盗んでお金になればと、ルドベキアの盗賊団に入った。

盗みや簡単な罠の解除方法、戦闘の方法…

いつも一人で、家の鍵を開けてみたり、木に向かって訓練したりと、孤独に行っていた。

少しづつ仕事にも慣れ、盗賊ギルドの訓練場を使用できる許可を貰ってからも、誰かと合同で修行を行うということはなかった。


黒烏団の団員達は、修行中こそみな真剣に行っているものの、休憩のときは、笑顔で会話が弾んでいるようだった。


(…俺も、ゆっくりしている暇はない。もっと強くならなければ…)


ルギは、拳を小さく握ると、一人で山の中へ駆けていった。



***************************************************



三日後。


ネオスの部屋を、ラシェルが訪れた。


「頭領…? ラシェです」

「あぁ、開いてる」


ドアの向こうからの声に答え、ラシェルはネオスの部屋に入った。


「失礼します」

「ああ。どうした?」


ネオスは自分のデスクで、書類に目を通しながら、顔を向けずに声だけで問いかけた。


「あの…ルギって人。ここ2~3日、ご飯食べていません」

「……」


ネオスは黙って、書類をめくる手を止めた。

ラシェルは続ける。


「ルギに当てたお部屋なんですけど。朝早くにはいないし、夜も遅くまで帰ってないようだし。どこで何をしているのか…」

「…部屋には、寝るときは帰ってるんだろう?」

「でも…」


心配そうにしているラシェルに、ネオスは振り向いて、小さく微笑む。


「大丈夫だ。ルギが、いつもどこにいるのかは大体把握している。…飯は、せっかくお前が作っているのに…すまないな」

「いえ、私はいいんです。残ったらダインさんが食べてくれるし。だけど、ルギは…」

「まぁ、奴も子供じゃない。腹が減ったら、意地を張らずに喰うだろう。それまで、放っておけ」

「…了解しました」


ラシェルは小さく頭を下げると、ネオスの部屋を出た。

少女の姿が見えなくなった後、ネオスはため息をつく。


「……そろそろ、限界だろうな…」



***************************************************



ルギは、アジトに来てから、ずっと食事をとらず、自分で持ってきた干肉と、アジト周りにある香草などを食べていた。

食事は、自分の分も用意されていたようだが、自分はこの盗賊団の頭領を狙ってきた身。

それなのに、他の団員と、仲良く馴れ合って食べる気にはならなかった。

その事情をわかっていて、ネオスは「団員になれ」と言ったのだが、だからといってすぐには打ち解けられなかった。

毎日、朝から晩まで、山の中でトレーニング。

数十キロのランニングや、剣の修行。

アジト回りに張り巡らされている、罠の発見や解除。

そして、自作罠の創作。

夜中まで、へとへとになるまで修行して、数時間だけ寝る。

それの繰り返しだった。

そうでもしないと―

また、あの夢を見てしまいそうだったのだ。


そして、3日目の夜-


さすがに疲労と空腹のため、今夜もトレーニングに行く体力がなかった。

ベッドの上で仰向けのまま、天井を見上げ、ため息をつく。


(…もしあの時、薬が間に合っていたら…)


思い出すのは、あの日のこと。

ルドベキア盗賊ギルドから、薬を盗んできたとき。


(…俺は、ネオスの言葉を信じて、薬を使わなかった…。確かにそれは、正しかったのかもしれない。だけど…)


あの時、薬があれば、その薬が麻薬で偽物だったとしても、少しは命が永らえたのか…?

思い出すのは、最後の一言。


『…待てなくて、ゴメンね…』


苦しそうな、悲しそうな顔で死んだ妹。


(せめて、笑わせてやりたかった…)


たとえ本物の薬が間に合わなくても、持って帰った薬が偽物だったとしても、自分を信じて待っていた妹を、最後に喜ばせてやることができたのではないか…?

いつまでも残るのは、後悔と悲しみの念。

ルギは、右手で顔を拭った。


(俺は…ネオスを倒したら、気が済むんだろうか…)


窓からベットに差し込む、青い斜光がルギの頬を照らす。

薬さえあれば、妹の喜ぶ顔が見れると思っていた。

毎日、薬を買うために働いていれば、いつかは幸せにしてやれる。

ただただ、そう思っていた―。



***************************************************



いつの間にか、ルギは眠ってしまっていたようだった。

喉の渇きを覚え、水を飲もうと、フラつく足どりで廊下に出る。

すると、目の前に、死んだはずの妹が、後ろ向きに立っていた。

そして、ゆっくりとこちらを振りかえり、『…お兄ちゃん…』と呟く。


ルギは思わず、力いっぱい抱きしめた。


「…辛い思いをさせて…すまなかった……!」

「~~※○☆×■△◆◎っきゃーー!」


突然、腕の中の妹が暴れだし、華奢な腕でルギの腕を引っかいた。

ルギの腕の力が緩んだ隙に、今度は左頬に、強烈な平手打ちを食らった。


っぱぁぁぁぁぁぁん!


小気味良い音が、アジト中に響き渡る。

痛みで呆気にとられていると、抱きしめたのは妹ではなく、ちょうど通りかかったラシェルだったことに気がついた。

ラシェルは、顔を真っ赤にして、肩で息をしていた。


「な、な、な、な、…!」


その声にルギは、ハッと我に返った。


「……あんたは…ラシェル、か…」


自分の名を呼ばれ、ラシェルはビクッと後ずさる。

ルギは、眉間に手を当て、目を閉じた。


(幻覚まで見るなんて、もう壊れそうだな…)


そのままラシェルに呟く。


「……すまなかった…忘れてくれ…」


そして、フラフラとまた歩きだした。

ラシェルがハアハア言いながら混乱していると、


「おーい、どうした?」


と、ダインや、他の団員がゾロゾロと、広間からやってきた。

しかし、屈辱を受けたラシェルは、


「な、なんでもないですっ!」


と言いのこし、足早に、その場を後にした。



***************************************************



その後、ダイニングへ向かったはずのルギだったが、途中で意識がなくなった。

…気がつくと、自分の部屋のベッドにいた。

外がうっすらと明るい。

自分は、夜中に部屋を出たはずじゃ…?

少しぼんやりしてから、記憶を呼び戻す。


(…たしか、夕べ、腹が減ったから水を飲みに行こうとして…)


廊下で、妹をみた。

振り返った彼女は、悲しそうだった。


(………っ)


そんな顔、見たくない。

思わず、両手で顔面を覆う。

しかし、妹の顔は、瞼の裏側に見えた。


(いつまでも…消えないのか…)


と、ふいに手に痛みが走った。

手の甲についた傷。

夕べ、妹と間違って抱きしめてしまった女-ラシェルに、引っかかれた跡だった。


(―悪いこと、したな…)


突然現れた、見ず知らずの男に抱き着かれるなんて、相当嫌な思いをさせたはず。

後で、謝ろう。

――気付くと、妹の影は、脳裏から消えていた…

そんな折、コンコンと、ノックの音がした。


「…開いてる」


ルギが言うと、ラシェルが、居心地悪そうな顔をしながら、食事の皿を持ってきた。


「…頭領に、貴方にご飯を持って言って、話し相手になれって言われて来たの」

「ネオスに?」


ルギが意味がわからず問いかけると、ラシェルは唇を尖らせた。


「……貴方が、ご飯を食べなくて、廊下で倒れちゃってたから、心配してるのよ」

「あ、あぁ…」


あまりにも、唐突に来たから、ルギは焦った。

ラシェルはベッド脇のテーブルの上に食事を置くと、椅子をテーブルから少し離し、ルギと距離をとるように、用心深く座った。

おそらく、彼女は、ネオスに命令されなければ、あんなことをされた昨日の今日で、ルギの部屋になんかに来なかったのだろう。

ルギは、ベッドから降りると、ラシェルの逆側に座って、食事に手をつけた。


「…あんた、わざわざありがとうな」

「…命令されたから」


キッパリと言い放つ。

先日、自分を助けてくれた時とは違って、笑顔はない。


(怒ってるんだろうな…)


ルギはパンをかじりながら思った。

その時、不意に、テーブルの上のフォークに手をぶつけてしまった。

カラーンと転がり落ちたフォークを拾いに、ルギは立ち上がる。

その時、ビクッと動いたラシェルが、椅子ごと、ズサーっと後ろに移動した。


「……」

「……」


一瞬の沈黙。


「…あんた、俺が怖いのか?」


フォークを拾い上げて、ルギは言う。

ラシェルは少し怒った様に言った。


「なんでそんな事聞くの?」

「なんでって…そんな態度とられればな…」


ルギは椅子に座り直し、ため息をつきながら、ラシェルに言った。


「夕べは…すまなかった。あんたを傷つけるつもりはなかった。…怖がらせる気もなかったんだ」

「じゃあなんで、あんなことしたの?」


ルギは言葉に詰まった。

でも、やってしまった相手に、言わないわけにはいかない。

少し視線を落として、呟いた。


「…あんたの後ろ姿が、1週間前に死んだ妹に見えたからだ」

「…妹?」

「ああ」

「………そう」


そういうと、ラシェルはズリズリと椅子を戻しながら言った。


「…もう二度と、しないっていうなら、いいよ」

「…しない。あんたは、最初に俺を助けてくれた恩人だからな…」

「助けたのは頭領だし、私は命令されただけだよ」

「それとこれとは別だ」


正直、ここに来て最初に見た、ラシェルの笑顔が印象に残っていた。

ルギは、だれかのあんな笑顔をみたのは初めてだった。

…妹の、心からの笑顔すら、見たことがなかったかもしれない…。

少し食事を進めている間、二人は無言だった。

不意に、ルギが口を開いた。


「…そういえば、あんた、ルークに気があるのか?」


頬を赤くして、ラシェルはガタン!と椅子から立ち上がる。


「な、な、な、なんで……っ!」

「…図星か」


ラシェルは答えなかったが、顔を隠すように俯いたまま、椅子に座りなおした。

ルギは、毎日、団員の訓練終了後は、ネオスの動きを伺っていた。

そこには、必ずといっていいほど、ルークがいた。

ルークはネオスの側近であり、参謀。

常に傍に仕え、打ち合わせなどをしていた。

そして、そのルークの周りに常に見えているのが、ラシェルだった。

楽しそうに、笑顔でルークの周りを取り巻く彼女。

確かに、ラシェルは団員みなに笑顔で接しているが、ルークと話をするときだけは、また格別な、花のような笑顔を見せていた。

笑顔の彼女と、さっき目の前にいた彼女とは、別人のようだった。


「…あんたは、笑ってるほうが可愛いな」

「え?」


怪訝そうな目で睨まれた。

しかし、恋をすると、こんなに楽しそうなのか…。

冷めたスープ皿を見つめながら、ルギは呟いた。


「恋は…辛いだけじゃなかったか…?」


ルギの言葉に、ラシェルは首をかしげた。


「…どうしてそんなこと言うの?」


思わず、考えてることが口に出ていたらしく、しまったと言うふうに、ルギは口を押さえた。

ラシェルは、きょとんと、不思議そうな顔をしている。


「…別に。したことがないから、わからないだけだ」

「そうなんだ」

「でも、…あんたを見てると、幸せそうだな、とは思うよ」

「幸せだよっ。傍にいるだけで、嬉しくなるもの」


そう言って、ラシェルは、本当に幸せそうに笑った。

ルギは、その顔を見て、心が和んだ。

最初は、妹と髪型や髪の色が似ていて気になった。

だけど、顔立ちも、もちろん性格も全然違う。

そんな彼女の、明るい笑顔を見ると、悲しみに沈んでいた心が癒された。



***************************************************



しおりをつける

「あ! ルギ、初めて笑った」


自分では気づかなかったが、ラシェルの笑顔を見て、自分の頬も緩んだらしい。

ラシェルは、そんなルギをみて、元気が出たのかと、少し安心した。


「…俺は、あんたに笑っていて貰ったほうがいい」

「え?」


何気なく呟いた一言に、ラシェルは戸惑う。


「ごちそうさま」


そういって、ルギは、ラシェルのほうに盆をソッと押した。


「あ、こんな時間! もう行かなきゃ」

「ああ、…来てくれてありがとう」

「…だから、命令で来たんだよ?」

「それでもだよ」


命令がなければこなかったよ、と言いたげなラシェルに、ルギは言葉を返した。

ラシェルは素早くお盆を持って、ドアのところでちらりとルギを振り返り、部屋を後にした。


…少しだけど、闇が軽くなった気がする…


ルギは、朝日が差し込み始めた窓の外を見た。

妹のためにと、今まで生きてきた…

今まで自分がやってきたこと、本当にそれがすべて正しかったかどうかは、わからない。

しかし、今は、自分のやれることをやろう。

もう、ここまで来たのだから。

たとえ敵の世話になっても、ネオスに勝つことは、自分と妹の変わらない目標であり、約束。

自分が納得する結果が出るまで、何でもやる。やりつくす。

そう決意し、ルギはアジトの広間へと足を向けた―



=fin=

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